化け鯨
超常現象研究家である三田村典彦は三浦の大衆食堂でアジフライを頬張っていた。
サクサクとした薄茶色の衣。
脂の乗った身。
最高だ。
さらにアジフライに
そして付け合わせの
美味の極み。
付け合わせの
蜆の香りと味噌の色が食欲をそそる。
なのだが、人がいなさすぎる。
休日ど真ん中というのに極端に人が少ないのではないか。
少しばつが悪そうな気がする。
まあそんなことは気にせず食欲のままに食べ続け、締めに白米をかき込む。
白米は釜炊きなのかしっとり感が強い。
烏龍茶を一口含んだ後、味直しに
檸檬炭酸水は三田村の旅のお供である。
砂糖系の甘味はなく、檸檬の甘酸っぱさが良いのだ。
三田村は、いつも大衆食堂はいいものだと思っている。
大衆食堂はこれくらいの
本をいくつか(いくつかと言えないほどの多さかもしれない)出しているが、それでも儲けは少ない。
年収が安定していない三田村にとっては最高の飲食店である。
いや、飯を食いに来たわけではない。
三田村はある研究(というか取材の方が適切かもしれない)に来たのだ。
気を引き締め直す。
骨があるという。
はあ?と思うかもしれないが、人の骨みたいな骨があるらしいのだ。
殺人事件な気がする。
骨にまつわる妖怪やUMAとしてガシャ
まあでも骨が何者かの手によって大量に並べられているだけでも説明はつかない。
誰が並べるんだろうか。
宇宙人がなんかよくわからん自分の宇宙船でも暗示したいようなミステリーサークルやら何やらを作るのはまだわかるが、鯨の骨を並べるなんて何の意味があるのだろうか。
ただ。
怪異は骨だけではないという。
どうにもよくわからない怪異であるが、とりあえず調べてみようじゃないか、と思ってここまで赴いたのである。
潮風が吹いている。
今日は上天気らしい。
やっと車がやってきた。
車でその骨が見つかったという島へ送ってくれるという。
何とも有難い田舎のおもてなし。
車に乗り込んだ。
もう秋だが日差しは暑い。
冷房がよく効いた車内は良いところである。
「さて、お願いしますよ、研究者さん。結構」
ドライバーが言った。
女性の、透き通った良い声だ。
私のような三十路に入りかけた汚い男はもっと気を遣わないといけないかもしれない。
「いえいえこちらこそ。三浦の取材は私も初めてでしてね」
と丁寧めに声をかけた。
彼女は少し間を置いて世間話を始めた。
「ここの町長さんは女性なのですよ。すごく美人でしてね、いろんなところで有名ですよーーーーーーあ、そういえばなのですが、ここいらでは“宗教”が流行ってましてね。あの骨の現象とも関わりがあると思うのですがーーーー」
彼女は長く間を置いた。
「海を信仰する宗教です。数年前辺りから流行り始めましたね。まあただの宗教ならいいんですが、それで殺人事件が起こったんですよ。何でもね、存在しない島で殺人を犯したっていうんですよ」
これまた
海って、精霊信仰をする人々じゃあるまいし。
私の友人の探偵が好きそうである。
「しかもね、その人が殺した死体が見つかったんですよ。それで今、急遽調査中ですね」
なるほど。
とても奇妙な事件である。
「まァそれ以上何も起こらなきゃいいんですけどね」
彼女は話をそう締めた。
私もそう思う。
ここいらでは警察署はおろか交番も見かけなかった。
まあ多分私が見落としているのだろうが。
車に揺られて数十分が過ぎた。
何となく車に長く乗るというのは嫌いな性分である。
早く降りたい。
「ここら辺ですよ。ここらには島はこいつぐらいしかないんで」
私の願いが伝わったのか、島はもう目の前にあった。
浅瀬にある島だから泳いでいけるレベルの島ですよーーーーと彼女は言った。
車から降りてゆっくりと彼女を見てみると、結構綺麗な若い娘である。
ーーーーー都会にでも出れば女優とまではいかなくても、かなりの速度で結婚できるだろう。
私はいらぬ考えを頭の中に浮かばせた。
今日は引き潮なのでほぼ陸続きの状態となっていて嬉しい限りである。
私は、かねて島へ上陸した。
潮風。
荒れた土。
狭い島の領域。
少しだけ生えている名も知らない草。
無人島である。
あの草はススキに似ているなーーーーー私はそう思った。
島を見回していると、私は骨を見つけた。
鯨の骨ーーーーー。
もっとも、私は農学者でも獣医でも何でもないというかマニアに近い人間なので、ネットで信頼できる情報網から得た写真と照らし合わせただけなのだが。
一揃いあるかどうかはわからなかった。
というのも、骨がほとんど粉のように風化していて、触るにもさわれなかったからだ。
鯨の骨もこう骨粉みたいになるとただのチョークの粉である。
ここら辺に鯨がいるかどうか調べた。
少し遠いところに結構いるらしい。
何もない島だ。
骨を見ても何の価値もなかった。
まあ一応また後で骨粉を採取して標本として取っておくか。
がっかりしつつもう一度島を見渡した。
海に何かが輝いている。
綺麗だ。
島にその輝きが上陸した。
白い。
コンクリートのような色だ。
そこにはーーーー白色の髑髏が浮かんでいた。
「ああ、それですよ。怪異の本体は」
そう彼女が言った。
周りには、骨、骨、骨。
ああ。
箱。
漆色の気味悪い箱。
あそこから骨が流れ出ていた。
私は、この骨の風景から出られないだろうーーーー。
骨は、海をゆっくりと泳いでいた。
鯨の骨粉が口の中に入った。
何故だろうか。
塩の味がする。
こんな奇妙な経験をした私にかの宗教への取材をする以外の選択肢はなかった。
惑わす海 永字八法 @happoe
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