赤ゑいの魚

数年振りに生まれた神奈川の海沿いの町へ向かった。

自動車免許を最近とったので、きつい歩きではなく快適なドライブを楽しむことができる。

私は、高速道路で走ることが趣味だ。

しかし、最近は仕事の作家業がきつくなり、帰省はおろか高速に乗ることさえ出来なくなってしまった。

まあ作家業のさなか面白い奴らに出会えたのは不幸中の幸運なのかも知れない。

とにかく、私は高速で海へと向かっている。

今の神奈川では、工場やら何やらのおかげで海の近くの町なんてあそこぐらいしかない。

口に含んでいる飴を噛んだ。

眠気覚ましの檸檬薄荷レモンハッカ飴だが、どうも苛々いらいらして噛んでしまう。

友達に勧められて舐めてみたが、すぐに溶けなくて苛々してしまうことを除けばとても良い菓子であるとは思う。

子供の頃から飴や錠菓ラムネ、その他舐めて溶かすような食べ物は食べれない性分の人間であったし、そもそもの性格が我慢強くないので、どうしても噛んでしまう。

と色々考えている内、インターが見えてきた。

インターで降りる。

私が生まれたのは三浦市のとある町だ。

近くには大きい海もあり、私は海が好きなのであそこの感覚が忘れられないのだ。

町へと車を走らせること数十分。

町が見えてきた。

町の無愛想な看板、潮風。

潮風がタイヤや鉄に当たって錆びそうで怖い。

砂利はねが多い車体にしばしの別れを告げ、道端へ降りた。

そこで、思わぬ邂逅を私は遂げた。

「やあ、宇賀神うがじん君。君もここに用があるのかい?」

私が見た中でーーーーー恐らく最高に自由な変態。

探偵・春夏冬晃太郎あきなしこうたろう

雑誌記者として彼を取材したことが一度だけある。

彼は科学や文学、歴史に論理といった普通の探偵としての知識だけではなく、妖怪・悪魔・神などの変態知識を持つ博識な探偵だとして有名だった。

その男にさる猟奇殺人事件のことを尋ねに行ったのだ。

取材時、彼は探偵らしくハンチング帽をかぶってこう言った。

「その事件は雑誌に載ってるかい?」

私はそうですとあっさり目に答え、その記事を見せた。

自分が書いたものでは無かったから内容はそこまで覚えてはいないが、恐ろしく噂に噂を塗りたくって嘘で固めたような内容だったことは覚えている。

彼はそれを見るなり、口を一旦つぐんだ後、私の苗字である「宇賀神」について語り始めた。

宇賀神について延々と話を聞かされたので、もう彼が病気で寝込んでいたという設定にして雑誌社に一文字も書かずに原稿を上梓した。

彼は公的な文書に自分の推理を載せたくないのだ。

そんな彼が今ここにいるということはなかなか面白い事件が三浦で起こっているのだろうか。

「今回の事件は面白いぞ!''存在しない島で死んだ男''だ!」

何?

存在しない島?

何じゃそりゃ。

春夏冬はたまにとんでもない事件に足どころか首をつっこむ。

そのとんでもない事件に影響されて気でも狂ってしまったかーーーーーと思った。

「存在しない島で僕が殺しました」

と後ろから声がした。

船に乗っていて後ろを向いていたのでよく顔はわからなかった。

「僕が全て悪いのですよ。これ以上詮索するのもおやめください」

何の事件なのか全くわからない。

存在しない島を自供する犯人、なぜか喜びまくる春夏冬。

多分世界にこれほど混沌とした事件は存在しないと思う。

さて、状況を整理してみようかーーーー。

私も作家だし記者なので多少の脳みそはある。

まず、存在しない島。

これに関しては、一種のトラップであろう。

犯人が存在しない島で殺害したということにし、錯乱状態になっていると見せかける技(技と言って良いかわからないが)だ。

まあ私の推理は多分間違っているのだろう。

なぜなら、私は推理作家でもない一介の幻想とかその他色々雑多なものを書く作家だ。

まあこんなやつが推理したとしても現役の探偵には敵わないのだろう。

そうして考え込んでいると、春夏冬は、君が何を考え込んでるのは知らないが、と切り出し、彼の推理を語り始めた。

まず、存在しない島。

これは、、つまり妖怪の類だろうというのだ。

あやかしだと?

そんなものがあってたまるか。

私の苛立ちに気がついたのか彼は、君が辟易するのもわかる、と言い、

「まああやかしというのは比喩に近いかな。僕の持論を知っている君ならわかると思うけれども、通り悪魔という妖怪は人に取り憑いて人を殺させる。縊鬼いつきという水死者がなるという鬼は人に取り憑いて首を括らせる。また、欧州ヨーロッパの悪魔は人に取り憑いて災いをもたらし…と挙げるとキリがないが、そう言った具合に、殺人と妖怪は密接に関わっているわけだよ、宇賀神君。妖怪や悪魔や神は頭の中に存在する生物だが、頭の中の妄想が事件や事故、宗教やら何やらに関わっている訳だから、まあこの事件でも頭の中の妖怪が関わっているんだろうな、というのが持論だ。この場合は海坊主、海和尚、まあ色々考えられるが、多分今回のはこいつだろうな」

と言って携帯をいじった。

そして見せられた画像は、何とも言えぬ奇妙な魚だった。

とにかくデカい。

赤い。

化け物という名前がよく似合う魚だった。

「赤ゑいの魚。まあデカいえいの化け物だな。2~3里と言われているからメートル法に直すと約10キロメートル。たまに砂を落とすために浮上するが、それを島と間違って上陸すると…」

そこで彼は怪談師の如く区切りをつけた。

「胃の中へ真っ逆さまだ」

なるほど。

餌は多分足りているのだろうが、怒って食うタイプか。

人間にこいつみたいな人がいたら恐ろしいレベルの話ではない。

カニバリズム常習者である。

「…でもまあ不十分だな。多分これからも事件は起こるだろう。その事件が全て揃った時に」

彼はまたもや区切りをつけて、

「恐ろしいことになるぞ」

彼はその事実とは違って、楽しそうだった。

謎を解くことがライフワーク的なものになってしまっている彼(というか探偵とか研究者全般に言えるかもしれない)にはちょうどいい事件なのかもしれない。

私たちは事件の真相を追うためにあるホテルに泊まることになった。

が。

ただ、本来の目的である帰省ができなかった。

親が殺人事件の後粛々と逃げ出していたからだ。

そういうところだけ行動力が半端ないからだ。

まあ、それだけが今のところ心残りである。






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