第3話 如月凛香と念力少女

 今の私の姿を一言で例えるなら、どら焼きである。

 2匹の巨大なテディベアに挟まれ、身動きが取れなくなってしまった。

 抜け出そうとしても体が動かない。


 しかも2匹がすごい力で抱きしめ合っているせいでかなり苦しい。

 このままだと普通に窒息してしまう。


 「だ、誰か......うぅ、重い......」


 「大丈夫?って、そんなわけないか。一体何があったのこれ」


 どこかで聞いたことがある声だった。しかし顔がよく見えない。

 

 「出られなくて......助けてください......!」

 「言われなくても助けるよ〜っと。うわ、重っ!全然動かないじゃん!」


 どうやら上のクマを引っ張っているらしい。

 一瞬だけ隙間が生まれたがすぐに塞がってしまった。

 

 「こうなったらアレを使うしかないかな。他の人には内緒だよ?」


 荷物を床に投げ捨てる音が聞こえる。何をしようとしているのか。


 「アレって......?」

 「魔法と呼ぶ人もいれば奇跡と呼ぶ人もいる。でもそんな言葉はフィクションの産物さ。現実を生きる私たちには似合わない。だから私たちはこう呼んでる。......ってね」


 その瞬間、私の体は謎の力で強く引っ張られ、クマ同士の強烈なハグから抜け出すことができた。

 

 「これが私の能力、【念力】。触れずに物を動かせる。以上!シンプルで分かりやすい説明でした......ってあれ?昨日の1年ちゃん?」

 

 姿を見てはっきりと思い出した。この人は昨日私を秘密新聞部に連れて行った先輩だ。

 背は私より一回りほど大きく、栗色のショートヘアがよく似合っている。


 「はい、一応今日から部員になりました」

 凛香は崩れた前髪を直しながら言った。

 「本当!?良かった〜!4人しかいなかったから大変だったんだよ。生徒会さえ6人いるのに」

 先輩は笑いながら話しているが、これは地味にすごいことである。


 中高一貫校であるこの学校では、基本的に中学生も高校生も同じ部活に入るため、必然的に部員の数は多くなる。

 それでも4人しかいないと言うのだから相当避けられているのだろう。

 ぶっちゃけ非公認の部活なんて誰も入りたがらないしね。

 

 「あっそうだ、名前を教えてなかった。」

 先輩は思い出したようにそう言うと、小さい子が使うような名前シールをいきなり私の手に貼ってきた。

 「私も今日は用事があってさ。名前、覚えてくれると嬉しいな。またね、凛ちゃん!」

 先輩の足は意外と速く、階段を降りる音はすぐに聞こえなくなってしまった。


 「もうあだ名で......」

 ひらがなで『ありまりあ」とだけ書かれたシールは思ったより丈夫で、なかなか手から離れなかった。


 *


 一方その頃。秘密新聞部の部室ではもう一つの戦いが繰り広げられていた。

 

 「なるほど。つまり貴女の能力はぬいぐるみの遠隔操作。手足に付けたリボンで動きを調整している」

 時雨は花恋の手を押さえながら仰々しく確認を行なった。


 「痛い痛い痛い!ちょ、分かったって!もう何もしないから!離してくれない!?」


 2匹のテディベアを階段の方へ向かわせた直後、花恋も部室を出ようとした。

 しかし時雨はそれを許さなかった。身長150cmほどの花恋を軽々と持ち上げ、床に押し倒してしまった。

 この間わずか3秒である。


 「駄目よ。だってまだ知りたいことが山ほどあるもの」

 「普通に聞いてくれたら答えるし!」


 必死の抵抗もむなしく、時雨の取り調べはしばらく続いた。

 数分の出来事とはいえ、あまりにも彼女の力が強かったせいで花恋の手は真っ赤になってしまった。


 「要するに一目惚れってこと?」

 呆れた顔で聞く時雨。


 「まあそんなところだよ。あーしは凛香ちゃんを最高のボーカルに育て上げたい。あの子の声にそれほどの魅力を感じたの」

 そう話す花恋の目は、まるで雨上がりの空のように、キラキラと輝いていた。


 「で、本当は?」

 「顔が好み!!!!」


 時雨は花恋の額にものすごい速度のデコピンを放った。

 普通ならデコピンで鳴るはずのない鈍い音が部室中に鳴り響く。

 意識を失った花恋を置き去りにして、彼女は部室を後にした。


 誰もいない廊下をスタスタと歩きながら、時雨は呟く。

 「ノブレス・オブリージュ......ですわ」

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