エピローグ いつまでもみんな一緒に
第36話 とってもにぎやかな、素敵な日々
そうして、ようやくもとの平和な暮らしが戻ってきた。
ヴィンセント様と一緒に日々の執務をこなしたり、夫婦水入らずで料理や裁縫をしたり。裏の森や中庭で、幻獣のみんなとお喋りをしたり。
けれどそんな幸せな暮らしは、またちょっぴり形を変えていた。
「ヴィンセント様、あの、この子があなたに会いたいって……」
「奇遇だな。ちょうど俺のところにも、来客があった」
ヴィンセント様の部屋に駆け込むと、彼の肩に美しい鳥が止まっていた。鳩くらいの大きさのその鳥は、七色に輝くとても美しい羽をしていた。
『貴方が彼の奥さん? 僕はこれから、ここで暮らすことにしたから』
七色の鳥が、どことなくつっけんどんな少年の声で喋る。
「……また、幻獣が増えたんですか」
「そういう君こそ、その手の中にいるのは……」
「はい、幻獣です。この子も移住希望です」
わたしの手の上では、片手に収まってしまうくらいに小さな金色のウサギがくつろいでいた。とても高い声で、可愛らしくあいさつしてくる。
『よろしくねー』
最近、この屋敷を次々と幻獣が訪ねてくるようになったのだ。どうも、前に南の戦場でフラッフィーズが大暴れしたことと関係があるらしい。
あの時フラッフィーズは、軍を二つ丸ごと飲み込んで黙らせてしまった。その時にフラッフィーズたちが放った夢の香りは、風に乗ってかなり遠くまで広がっていたらしい。
そして、それに交じってヴィンセント様の匂いも。
それらをかいだ幻獣たちは驚き、そして興味を持ったらしい。夢鳥がここまで大暴れするとは、何があったのだろうか。このかぐわしい別の匂いが関係しているのだろうか、と。
そうして彼らは、匂いをたどってこの屋敷までやってきた。そうしてここの現状を知ると、面白がって住み着いてしまうのだ。裏の森なり、中庭なりに。
「にぎやかなのはいいのだが……」
「少し、手狭かもしれませんね」
すっかり増えてしまった幻獣たちは、最近では屋敷の空き部屋で勝手にくつろいでいる。
それだけならまだしも、廊下の隅で寝ていて使用人に蹴飛ばされてしまったり、洗濯物と一緒に洗われてしまったり、ちょこちょこ問題も起こっていた。
「彼らがのびのびとくつろげる場所があればいいのだが……そのほうが、使用人たちも安心できるだろうし」
「ないのなら、作ってしまいませんか?」
思い切ってそう言うと、ヴィンセント様は目を丸くした。彼の肩の上では、七色の鳥も首をかしげている。
「ここは人里離れていますし、一棟くらい建てる場所はありますよね」
「なるほど、幻獣たちのために離れを作るということか。普段はくつろぐことができ、嵐の日などは避難することもできる、そんな場所を」
「はい。それで、その……陛下からの褒美の件も、まだ決まっていませんし……この件について、協力をお願いできないかなって」
さらにそう口にすると、ヴィンセント様は肩の鳥と、わたしの手の中のウサギを見た。それから、穏やかに微笑んだ。
「それはいいな。陛下にお願いして、腕のいい職人たちを紹介してもらおう」
そうしてわたしたちは、笑顔でうなずき合った。
それからは、毎日が忙しくなった。まずは陛下に相談して、王宮お抱えの職人を紹介してもらった。
そしてどういった建物にするのか、どこに建てるのかを、職人たちと話し合う。もちろん、ネージュさんたちの意見も取り入れて。
案がまとまったら、いよいよ職人たちが作業に取り掛かる。
屋敷の横手の草原にたくさんの石材や木材が集められた。職人たちは地面をならし、石材を並べていく。とても手際が良くて、見ていて飽きない。
そう思っていたのは、どうやらわたしだけではなかったようだった。
幻獣たちも身を隠して、離れが少しずつできあがっていくのをこっそりと眺めるようになっていた。屋敷の陰から、屋根の上から、土の中から。
わたしとヴィンセント様は、職人たちの邪魔をしないように幻獣たちにしっかりと言い聞かせ、さらに毎日現場をこまめに見張ることにした。
「今日は、何事もなく終わりそうですね」
どんどん形ができていく離れと、その周りで忙しく立ち働いている職人たちを遠巻きに眺めながら、小声でつぶやく。
「ああ。ネージュたちはともかく、新入りたちは人間が珍しいのか、ついいたずらをしがちだからな」
「……昨日は危なかったですね」
「まさか、大工道具をくすねるとは……無事に見つかったからいいようなものの」
「お化けが出た、って騒がれちゃって、ごまかすのが大変でした」
そんなことを話しながらも、わたしたちは二人とも笑っていた。昨日、大工道具に興味を持った子たちが、こっそり道具を持ち出して遊んでいたのだ。
そこを職人たちに見つかってしまい、大騒ぎになりかけた。やはりここには、何かいるんだ、って。
わたしたちの屋敷にはお化け屋敷というあだ名がついている、そんな噂のことを、わたしもヴィンセント様もきれいに忘れてしまっていたのだ。
結局、人を眠らせる力を持つ子にお願いして、職人たちを三十分ほど眠らせてもらった。
その間に道具を元の場所に戻し、幻獣たちを全員屋敷の裏の森に移動させた。そうして目覚めた職人たちに、「夢でも見たんじゃないですか?」としらを切ったのだ。
職人たちは気味が悪かったのか、さらに大急ぎで作業を続けていた。一心不乱に、わき目もふらず。
そうして、ついに離れが完成した。
『ほう、これはいい。これだけ広々としていれば、おれも気軽に歩ける』
『扉が開けやすいのもよいのう』
『木の香り、好き』
ネージュさん、スリジエさん、それにトレの三人を先頭にして、わたしたちは離れに足を踏み入れた。
幻獣たちの意見を取り入れて、壁も天井もしっくいを塗らない素の木のままだ。床も歩きやすいよう、やはり木の板を張ってある。
飾りの一つもなく、とても質素だけれど、明るくさわやかな雰囲気の場所だ。
「……子供の頃に暮らしていた家を思い出すな。もっともこんなにいい木は使っていなかったし、こんなに大きくはなかったが」
ヴィンセント様が辺りをぐるりと見渡し、懐かしそうにつぶやく。どうやら彼も、この離れを気に入ったようだ。
「わたしはこんな建物は初めてです。でも、とっても素敵で落ち着きます」
離れの正面扉は大きく、手の大きな幻獣たちでも開けやすいように大きな取っ手をつけてある。
さらに小さな幻獣たちも気軽に出入りできるように、扉のすぐ横にもう一つ小さな出入り口をつけた。職人たちには、賢い犬を飼う予定なんです、と言ってごまかした。
大きな扉をくぐると、そこは吹き抜けの広間になっている。上のほうに設けられたいくつもの大きな窓から、優しい日差しが降り注いでいた。
そして広間の両脇には、がらんとした部屋が一つずつある。くつろいでもよし、宝物を持ち込んでもよし。みんなはここをどう使うのか、楽しみだ。
広間と部屋を見て回ってから、広間の奥にある大きな扉をゆっくりと開ける。そこは広々としたテラスになっていた。
テラスの中心の辺りには石が敷かれ、端のほうには木が敷かれている。装飾の意味もあるし、その時の気分で好きなところに寝っ転がってもらおうという意味もあった。
「この離れは、お前たちの自由に使ってくれていい。ただし、壊すのはなしだ」
「みんなが気持ちよく過ごせるように、できるだけきれいに使ってくださいね」
ヴィンセント様とわたしがそう言うと、幻獣たちは一斉に声を上げた。『やったあ』『お家だ』『人間の家に住むのも悪くない』などなど。
『ねえ、さっそくみんなでひなたぼっこしよう』
そんな喧騒の中、トレがうきうきと叫ぶ。同意の声が次々と上がり、それからぞろぞろとテラスに出ていく。
「……俺たちも行こうか」
そう言って、ヴィンセント様が手を差し出してきた。その手を取って、二人で歩き出す。
広いテラスには、既に幻獣たちがごろごろと寝転がっていた。みんな、とても幸せそうな顔だ。
一番大きいのがネージュさんで、一番小さいのがフラッフィーズだ。白、桜色、黄緑、青、他にもたくさんの色がテラスいっぱいに広がっていて、とっても綺麗だ。
「……これだけの数の幻獣がひとところに集まっているなど、まず信じてはもらえないだろうな」
「ふふ、そうですね。こんなに素敵な光景なのに」
幻獣たちをうっかり踏んづけてしまわないように気をつけながら、テラスの奥に向かって進んでいく。しっかりと手をつないだまま。
『おまえたち、こちらにこい。特別に、おれの腹を貸してやる』
テラスのど真ん中に寝そべったネージュさんが、大きな前足をぶらぶらさせてわたしたちを手招きしている。
「腹を貸す……ということは、もしかしてここに寄りかかってもいいのだろうか?」
『もちろんだ。今日は離れにおれたちが足を初めて踏み入れた、めでたい日だからな。おれの素晴らしい毛皮でくつろがせてやる』
ネージュさんの厚意に甘えて、ヴィンセント様と二人してネージュさんのわき腹に寄り掛かる。とたん、もふもふの白い毛にすっぽりと埋もれた。
「うわあ、気持ちいい……」
「最高級の寝具のようだな。いや、こちらのほうが上か」
『そうだろう、そうだろう。……ああ、それにしてもいい天気だ』
そのままネージュさんの声が途切れ、やがて安らかな寝息が聞こえてくる。いつの間にかテラスは、幻獣たちの幸せそうな寝息の音で満たされていた。
そんな幸せな静けさを邪魔しないように、隣のヴィンセント様に小声で話しかける。
「……わたしがこのお屋敷に来た時には、こんなことになるなんて思いもしませんでした」
「そうだな。あの頃の俺は、君を追い返すことしか考えていなくて……苦労をかけたな」
「いいんです。今はもう、とっても幸せですから」
「……俺も、幸せだ。信じられないくらいに」
ごろりと寝返りを打って、ヴィンセント様のほうに向き直る。彼もまた、こちらを向いていた。
白いふわふわの毛に埋もれたまま、間近で見つめ合う。
この世界にわたしたち二人しかいないような、そんな気分だ。周り中に幻獣が寝転がっているし、わたしたちはネージュさんを枕にしているというのに。
「本当に、彼らには感謝してもしきれない。彼らがいなければ、俺たちはずっとすれ違ったままだっただろう」
懸命にヴィンセント様に話しかけては、つれなくかわされていたあの頃を思い出して、ちょっぴり悲しくなってしまう。あの辛い日々から抜け出せたのは、ネージュさんたちのおかげだ。
「エリカ、どうした」
ヴィンセント様が心配そうに、わたしの顔をすぐ近くからのぞき込んでくる。ふわりと広がっていたわたしの淡い金の髪が、彼の頬に触れていた。
「いえ……ちょっと、昔を思い出してしまって」
そう答えると、ヴィンセント様は腕を伸ばしてきた。そのまましっかりと、わたしを抱きしめてくる。
「もう、あの日々には戻らない。俺はもう、君を手放すことはない。もし君が離縁を望んでも、もうその願いはかなえてやれない」
「そんなこと、望みません。わたし、一度だってそんなことを望んだことはありませんから」
「……そうか。俺は本当に、果報者だな」
ヴィンセント様が、優しくわたしの髪をなでている。くすぐったくて、とってもどきどきする。
「俺は、器用なほうではない。これからもきっと、君には迷惑をかけると思う。だがそれでも、どうか俺と共にいてほしい」
彼にしては珍しい、哀願するような、頼りない声。こみあげてきた愛おしさに突き動かされるように、言葉を返す。
「はい。わたしは、あなたの妻です。何があっても、わたしたちは一緒です」
返ってきたのは、とても優しい口づけだった。
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