外道寄生粘液魔の罠、再び⁉ 女戦闘員に堕とされるフィンブル!(1/)

「……あら。これは、困った事になったわねぇ……」


 メズキメが用意してくれた食事を平らげた私はお風呂に入るよりも先に家の中にある道場内にて、蒼天冷姫フィンブルとして活動する為に必要不可欠な戦う力を獲得する為にも、太陽が落ちて辺り一帯が真っ暗になる時間帯まで特訓という特訓をメズキメと行っていた。


「……なにが……! ……はぁっ……! 困ったって……! はぁはぁ、うっく……! 言うん、ですかっ……!」


「んー? フィンブルちゃんには関係ないことだから安心して。それよりも疲れに疲れたのなら素直に休んでなさいな。無理して喋るのは疲れた身体に毒よ?」


「まだっ……まだまだっ……! 今日こそ、私は貴女に一撃入れてやるんですからっ……!」


 冷たい木造の床を裸足ではなく、蒼天冷姫フィンブルの正装であるガラスのヒールで土足で踏み入れてしまう事に少々胸は痛むけれども、それでも私は愛用の白金色の錫杖を文字通り杖代わりにして、疲れに疲れた身体に鞭を入れる。


 私は今日も蒼天冷姫フィンブルとして、いいや、あろうことかあの堕天隷姫エクリプス・フィンブルになったというのにも関わらず、敗北した。


 それはつまり、蒼天冷姫フィンブルの状態では絶対に勝てない相手という事だ。


 自分の弱さが認められない……いいや、認めざるを得ないからこそ、私はこうして魔王軍最強の4人という称号を意味する四天王を相手に特訓という特訓をするしかなかった。


 少しでも強くなりたい。 

 己自身の弱さに対しても、ピンチになっても闇の力があるから大丈夫だろうと無意識のうちに考え込んでいた自分自身の意志の弱さに対しても、私は少しでも……いいや、もっともっと確実に強くなりたかった。


「……私は貴女を休ませるつもりはありませんからっ……! 私に協力すると言った手前、何が何でも利用してやるんだからっ……!」


 今回の特訓内容は道場の中という事も相まって、白兵戦の徹底的な強化。

 仮にこんなところで【魔槍・氷柱】を放ってしまえば、道場が壊れてしまうので仕方がないと言えば仕方がない。 


 基本的に私の戦闘スタイルは錫杖で殴るか、氷槍を飛ばすかのどちらか。

 単純と言えば単純だが、単純がゆえに対策もされやすい。

 

 前回、私が負けてしまった相手は空中戦を得意とする相手で、しかも私の氷槍をインチキ染みた方法で防ぐことで私を文字通りに完封してみせた。


 そんな相手とまた戦うとなれば、氷だとか炎にも関係のない錫杖の腕前を、物理的な杖技を磨く事は絶対に不要なモノにはならない。


 何故ならば、杖術は暴力的なまでのエーテルを操れる堕天隷姫エクリプス・フィンブルでも、蒼天冷姫フィンブルとしての姿の私でも扱える事が出来る共通の技量であるのだから。


「エーテルを疑似的な土台に利用して、何もない空の上に立つ事は覚えましたっ……! なら、今度は少しでも錫杖を扱う技量を磨かないとっ……! そうでもしないと折角貴女が教えてくれたが使えませんからっ……!」


「うんうん、その意気や良し。杖は良い武器よ? 王様だとか知識人だとか持っているイメージがついつい先行しちゃうけれども、長杖の在り方はそれこそ多種多様。突かば槍。払えば薙刀。持たば太刀。杖は無限にして、不殺の意気を示す武器。ある意味ではフィンブルちゃんにぴったりの武器よね、あぁ尊ぇ尊ぇ!」


「どうぞ御勝手に尊いとやら抜かしていることですね……! いつもいつも余裕そうなその表情! 今日こそは崩してやりますからっ……!」


 私はそう言うと、錫杖をまるで長刃のように目線よりも高い場所で杖身を並行にするよう構え、まるで今から踏み込んで相手を串刺しにするが如く手を上げて、眼前にいるメズキメのいる場所に猛烈な冷気……否、ブリザードを直線状に吹き付け、逃げ場を無くす。


「あら、さっき教えた技の実践? いいわ、全力で当ててきなさい。全力で避けてあげる」


「言われ、なくてもっ!」


 そう吐き捨てると同時に足元のエーテルを超高速化させて動かし……いや、脚だけではない。今回は杖を握る腕にも、それを扱う全身の筋肉の隅々にまでエーテルを流し込み、意図的に加速度的に暴走させて、その暴走を完全に支配下に置く。


 縮地なんて言葉が生温く思えるほどの神速じみた速度で床を踏み抜き、メズキメの眼前まで文字通り飛び、全身の筋肉という筋肉を全て活用する事で爆発的な瞬発力と破壊力を生み出す錫杖の一撃が――否、六連撃を放つ。


「……【魔剣まけん六花りっか】……!」


 杖を剣に見立てて、超高速で切り裂く。

 ただのそれだけの事であるが、錫杖の隅々にまでエーテルを行き渡らせる事で、白銀の錫杖はまるで本物の日本刀のような冷たさと殺傷能力を有しており、冗談抜きで人を……人よりも強い魔獣や魔族さえも切り裂いてしまう武器にへと変化する。


 エーテルによる超高速歩法を足元だけでなく、全身に作用させる事で超高速の斬撃をも可能にするという生命と熱を一方的に奪い、冷気と痛みに死を与え続ける。


 苛烈な冬の嵐そのものとしか言いようがない氷の斬撃は確かに試し斬りの相手であるメズキメに届く――訳がなかった。


「……っ! 流石……! たった1時間でここまで完璧に使いこなすだなんて、フィンブルちゃんぐらいしかいなかったわ……!」


 流石と口にはするが、それでもメズキメは健在だった。

 今の攻撃は今までの自分が扱った中でも、かなりの威力と速度を有していると自惚れてもいいほどに凄かった……それでも、なお、魔王軍四天王である彼女にはまだ届かない。


「……ここまでやって……まだ、無傷だなんてっ……!」


「何を言っているのかしら……ちゃんと、傷、つけたわよ」


「……え……?」


 メズキメを全然信用していない私は、嘘だと言わんばかりにメズキメを食い入るように見るけれど、それでもどこを見ても切り傷という切り傷なんて見受けられない。

 

 もしかして、失敗した私を慰める為だけに彼女は嘘をついたのだろうか。


 そう思い込みつも、彼女と共に1つ屋根の下で過ごしてきた私は彼女がそんな事をする人間性を有していないという事も、また分かっていた。


「もう、ちゃんと見なきゃ駄目じゃないの。ほら、私の左手首を見なさい。ちょっとアザが出来ているでしょう?」


 そう彼女が告げるのと同時に、自分の事のように嬉しそうな満面の笑みと一緒に、自分自身の両手の手のひらを私の目に示す。


 そこには彼女が自分から申告したようにちょっとした、本当に見逃してしまうぐらいに、小さな、小さなアザがあった。


「……え……? う、そ……? ほんとう、だ……?」


 からんからん、と私の手から錫杖が滑り落ちる。

 何度も何度もまばたきを繰り返して、今起こっている状況が夢ではない事を何回も確認して、やはり夢幻なのではないかと思って、もう一度だけ目を開け閉めをする。


「……や」


「……や? どうしたのフィンブルちゃ――」


「――ったああああああああああああああああ!!!」


 2週間前、彼女と初めて会った日の戦闘では私は俊敏に動き回る彼女を捉える事が出来ずに、全ての力任せの攻撃は全て避けられてしまった。


 しかも、それは堕天隷姫エクリプス・フィンブルとしての私の攻撃の全てを、目の前にいる彼女は遊びのように避けていたのが記憶に新しい。


 だからこそ、こうして私が何度も何度も鍛えに鍛えて、ついに我が物にした魔族に伝わるとかいう必殺剣を用いて、それがようやく彼女に届いたという事実が堪らないほどに嬉しかった。


 しかも、それが闇の姿としての私ではなく、光の姿である蒼天冷姫フィンブルとしての私が成し得たという事実に私は本当に嬉しさを隠す事が出来なかった。


「どーですか! 見ましたね⁉ 見たでしょう⁉ やった! 本当にやってやりましたよ! メズキメ! ついに私が! しかも蒼天冷姫フィンブルの私が! ついに貴女を傷を与えてやりましたよ! どーですかどーですか! もっと褒めてもいいんですよーだ!」


「うんうん。今まで物凄く努力し続けてきたものねぇ。やっぱりフィンブルちゃんは魔法よねぇ。誰だって努力が実れば嬉しい……でも、そんな風に心の底から綺麗な笑顔を浮かべて喜べられるのは期間限定……! あぁ、魔法少女は魔界の業務で疲れに疲れた私の精神を回復してくれて本ッ当に尊ぇ尊ぇ……!」


「心の底から……? ……。……? ……っ⁉ わ、忘れなさいっ! いいですかっ⁉ 今すぐに忘れなさいっ! 私はクールなんですっ! 大人なんですっ! 子供じゃないんですっ! そんな幼い子供のように笑ったりだとかはしゃぐだなんて真似をする訳がないでしょうっ⁉ 貴女が今見たのは絶対に幻ですっ! きっと私が与えた痛みの余りに幻覚をみたのでしょうねっ! 特に頭っ! 頭を強打したに違いありませんねっ!」


「ふふふ……あぁ尊ぇ尊ぇ……! 自分の少女らしさを必死になって隠すフィンブルちゃんがマジで尊ぇ尊ぇわぁ……!」


「忘れろっ! 今すぐ忘れろっ! 忘れなさいっ! 忘れないのなら……【魔剣・六花】! くっ! 避ける、なぁっ! 【魔剣・六花】! その頭から記憶を失うまで何回も叩いてやりますからねっ⁉ 大人しく私に頭をぶっ叩かれなさいっ! 喰らえ【魔剣・六花】――!」 


 その後。

 私は何回かの斬撃をメズキメに与える事が出来たものの、全身がとんでもないほどの筋肉痛に襲われてしまったので、その日の夜は日課になっている全身のマッサージをメズキメにやらせて貰う事にした。


 筋肉の痛みと、身体の不調という不調が完全に消えて、ついでに何故かお肌の調子もよくなるというこの摩訶不思議が過ぎるマッサージは本当にマッサージなのだろうか……そう思いながら、私はマッサージをされている状態のまま、メズキメがいる同じ空間で目を閉じて、意識を手放して熟睡した――。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「そう言えば吹雪ちゃんって、最近肌が綺麗だよね。美容品変えたの?」


「はっ、肌ぁ……⁉ そ、そんなの別にいつも通りですよ、えぇ、いつも通り……!」


「でも、なんだか最近吹雪ちゃんがいつもより大人らしくなったというか……何というか……ほら、この前も男の子に告られてたじゃん? まぁ、今度は受験勉強が忙しいって断ってたけど。流石は男の子の初恋キラー。次はどんな断り文句を口にするのやら」


 私は学生なので、当然ながら平日には学校にいる。

 そして、蒼天冷姫フィンブルとしての活動に支障をきたさない為にもこうやって自分から進んで周囲の女の子から情報を収集しているのだが、あまり普段から人と接しない私に対しての話題の多くは基本的に、そういう事が多い。


「顔綺麗だし、胸あるし、肌白いし、なんかえっちだし、なんか目を離したら死んでしまいそうな儚い雰囲気あるし……まぁ、実際には雑草よりもしぶといと言いますか何といいますか物凄く頑固だけど、全然そうは思えないぐらいに高嶺の野花だよねぇ吹雪ちゃん」


「誰が雑草ですか。それとかえでさん。こんな朝早くで、しかも教室でそういう卑猥な言葉を言わないでください。私と同じ中学3年生なんですから、下級生の模範になるような行動を心掛けてください。全く……」


 はぁ、とため息を吐きながら、幼稚園の時からの腐れ縁である楓にそんな注意を促しつつ、こんな私なんかを気の置けない友達として扱ってくれる彼女に心からの感謝の念を抱いていた。


 というのも、私はコミュ障だ。

 基本的に人付き合いが苦手で、私自身も自分から人に声を掛けるような性格でない事ぐらいは認識しているつもりではあるし、最近は魔法少女の活動で忙しく、人付き合いが悪くなってしまった私にもこうして以前と変わりない付き合いをしてくれる楓には感謝してもしきれない。


「……本当に最近は付き合いが悪くてごめんなさい」


「良いって良いって。最近は魔王軍とかで物騒だし、何よりも私たちは受験生だしね。そういう時期だって分かってるから気にしなくていいよ? それに吹雪ちゃんの方こそ私のどうでもいい趣味に理解を示してくれているんだから。その程度で崩れるような友情じゃないでしょ、私ら」


「……楓さん……」

 

「という訳で! ほら私のスマホ見て! 最近なんかめちゃくちゃエロいコスチュームになったフィンブル様を一緒に見て英気を養おう英気! いやー! この画像だと胸が大胆に見えてこれはえっちですねぇ!」


「……楓さん……⁉」


 ちなみに、彼女は蒼天冷姫フィンブルの大ファンだったりする。

 幸いと言うべきか、フィンブルとして活動している際は正体がバレない為の認識疎外機能のおかげで身バレする心配性はないので、目の前にいる彼女はフィンブルの正体が瑠璃川吹雪だとは気づかない。


 いや、気づいたら気づいたらで私と築いた友情という友情が音を立てて壊れてしまいそうだから、絶対に気づかせないけれども。


「いいよねぇ! 魔法少女の強化形態が悪堕ちフォームって! 私ってばドローンでフィンブル様の隠し撮りをたくさん撮ってるんだけどさぁ……いやぁ、これで正義の魔法少女は駄目でしょ……! えっちすぎるでしょこのコスチューム……! 人は服装通りの人間になるってナポレオンが言っていた気がするけれど、こんなエロ衣装をかっこよく着こなしている時点でフィンブル様は絶対にえっちだよ! あんなえっちなフィンブル様は魔王軍を倒す為の治療薬でもあって、全人類を死に追いやる破壊生物兵器だよ⁉ エロは全人類を救うと同時に滅ぼすよね!」


「……………えっち、じゃないもん……………」


「あ。ごめんごめん! 吹雪ちゃんはフィンブル様なら蒼天冷姫派だったね! いやぁ本当にごめん。ほら私ってば己の闇を認めて使いこなす系の魔法少女が大好きだからさぁ」


「まぁ、いいですけれど……それで? 楓の趣味のドローン空撮で何か面白そうなネタでもありました?」


「おっ、最近吹雪ちゃんが私のドローン盗撮に理解を示してくれていて嬉しい!」


「盗撮は駄目です。私がその気になれば父の知人の警察官に引き渡しますよ」


「いやいや人間相手に盗撮してないってば。そんなのじゃ金は稼げない。私の盗撮対象は基本的にフィンブル様か魔王軍だから! 実際、フィンブル様のおかげで……ぐへへ……! 最近の広告収入が凄くてさぁ……! フィンブル様戦闘集とかそういう動画を投稿しただけで50万とかポンポン出ちゃってさぁ……! この3ヶ月間はフィンブル様で稼ぎに稼いじゃった……! フィンブル様、様々だよ、ホント! おかげ様でウチの家計がホントにウハウハでさー!」


 彼女は余りにも私とは正反対が過ぎる存在だった。

 たくましいというか、何が起きてもまず生き残っているようなそんな存在とでも言うべきか。ここまで色々と清々しいと逆に面白いというか。


「でもそうねぇ、最近面白そうなのはっと……あ、最近気になるというか、違和感を覚えた事があったっけ」


「違和感、ですか?」


「ほら、戦闘員いるじゃん? 全身黒タイツのダサくてむさくて馬鹿でフィンブル様に凍らされるご褒美を貰っている男の集団」


「いますね」


「アレが最近、。割合がなんかちょっと増えていってるってだけだけど。まぁ全身テカテカに黒光る黒タイツを着用した女戦闘員はそういう需要もあるし取れ高だからこっちとしては嬉しいんだけどね? でも最近、女性の行方不明者が多いらしくってさ――」


 そう彼女が話そうとした瞬間に学校のチャイムが鳴り、私はフィンブルとしての意識から瑠璃川吹雪としての意識を引き戻し、今日も平穏な学校生活に臨むことにした。

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