蒼天冷姫フィンブル大苦戦⁉ 堕天隷姫フィンブル 闇の誘惑!(6/6)

「……けほっ……けほけほっ……」


 先ほどの魔族の手に囚われていた幼稚園児を全員救出した事を確認した私は堕天隷姫エクリプス・フィンブルの姿のまま、生活の拠点である自分の邸にへと戻っていた。


 本来であれば、今すぐにでも変身を解除して学校に戻らないといけないのだけど、食虫花を住処としたスライムによる毒で全身を蝕まれており、私はこの忌々しい黒衣をまとったまま、ベッドの上の布団の上で身体を休めていた。


「……っ……! ごほごほっ……!」

 

 血の混じった飛沫が布団を赤黒く汚す。

 身体から気怠さが抜け落ちない。

 何度も触手で絞められてしまった首の感覚がまるでない。 

 筋肉痛よりも、もっと酷い激痛が全身にまとわりついて離れない。

 身体がベットに貼り付いた状態になって、起きようだなんていう気概の一欠けらすら起こしてくれない。


 本能的に分からされる。

 今、ここで変身前の本来の私に戻ってしまえば、いいや蒼天冷姫フィンブルに戻ったとしても、私は死んでしまうのだと分からされていた。


 私は、自分の闇の力によって生かされている。


 なりたくもない、認めたくもない、闇の魔法少女としての、初代魔王の転生体としての力によって、私は奇跡的に一命を取り留めて、首輪から延々と送られ続ける魔力によって微弱ではあるが少しずつ確かに回復されていく。


 そう思わされる事は、今まで蒼天冷姫フィンブルとして戦ってきた自分の過去を自分から汚しているようで、どうしようもないほどに歯痒い気持ちに駆られてしまう。


「……なんで……なんでっ……! 私はこんなに弱いのっ……!」


 止まらない血が混じった咳をして、私は己の情けなさに思わず目を背けたくなってしまう。


 自分の矜持を優先させてしまったが為に蒼天冷姫フィンブルとしての姿で戦場に駆けつけてしまったが、もしも私が最初から堕天隷姫エクリプス・フィンブルとしてやってきていれば、もっと早く戦場を鎮圧させて、幼稚園に向かったであろうスライムの存在にいち早く気付けて被害を最小に出来ていたかもしれない。


 光の装束ではなく闇の装束をまとって、嵐のような暴力を用いて早急に事を済ませていれば、子供たちは人質にならずに済んだし、私もこうして横にはなっていない。


 正義の魔法少女にこだわった所為で、守りたい存在を危険な目に晒した。


 そう思えば、そんなもしもを思えば思うほど、自分の判断能力の無さに涙が零れ出そうになる。


 結果論というのは、分かっている。

 嫌になるぐらい、分かっている。

 結果論だからこそ、完璧な理想を夢見てしまうのだ。


 本来であれば掌に爪が刺さってぽたりぽたりと鮮血でベッドのシーツを濡らすであろうに、堕天隷姫エクリプス・フィンブルに変身した事で覆われてしまった私の黒手袋は私の爪なんかを通さないぐらいに丈夫に作られていた。


「……悔しい……! 悔しいっ……! 悔しいよっ……!」


 指と爪先まで闇を思うような黒色で閉じ込められ、それでも閉じ込められた爪で黒手袋を破いて欲しいと願うように、私は無意味だと思っても全力で手を握りしめた。


 無意味でしかないと分かっていても、私は自分を罰するように掌に爪を突き立てて、闇の衣がそんな私から身体を守ってくれる。


「……私は……闇の力を使わないと何も出来ないのっ……⁉」


 以前の私であれば、どちらの変身の姿を望むのかだなんて考えたことも無かった。

 だって、それは当然と言えば当然だろう。

 私にとっては、戦う為に変身するのが蒼天冷姫フィンブルであって、戦う為にどの姿を選ぶだなんていう選択肢なんてものは始めから存在していなかった。


 だけど、今の私はどうだろう。

 蒼天冷姫フィンブルとして戦うか、堕天隷姫エクリプス・フィンブルとして戦うかの2択を迫られるのが現状だ。

 

 光の力を使うか、闇の力を使うか。

 弱い光の力を使うか、強い闇の力を使うか。


 自分の矜持を守る為だけに人々を守れない光の力を使うか、自分の矜持を捨ててでも人々を守れる闇の力を使うか――。


「……もうやだっ……! もう、もう……やだよ……!」


 闇の装束で全身を包み、闇の力に何度も助けられて、闇の力を行使する事が当たり前になっていく自分が本当に嫌になる。


 だけど本音を言えば――私は光の力でかっこよく戦いたいだなんて思っていない。

 白状すれば、自分の矜持を守りたいだなんて、噓っぱちだ。


「……怖いのっ……! この力が、怖いの……!」


 そうだ、怖い。

 私は、怖かったのだ。


 闇の力を使えば使うほど、今の私が消えてしまうのではないのかという漠然とした不安があるというのが実のところ。


 私は初代魔王の転生体であるらしく、その存在が使っていたとされる闇の力を使えば使う程、自分が闇に吞まれて――消えてしまいそうで、それがどうしようもないほどに怖かった。


 そう。今まで14年間培ってきた自分が消えて、いなくなってしまいそうで、別の何かになってしまうのではないかと不安になって、そんな妄想がどうしようもないほどに怖くて……挙句の果てには、この力が制御できないぐらいに暴走してしまえば私が守りたい街を滅ぼしてしまいそうだった。


 現に『魔槍・氷柱』という必殺技を両形態で使ったけれども、どちらが優れているかだなんて誰が見ても一目瞭然で、今回はたまたまコントロールが出来たから良かったけれども、もしも先ほどの戦闘で黒い氷槍が明後日の方向に飛んでいたら……?


「……っ……!」


 人質20人よりも多大な被害を、先ほどのスライムよりも甚大な被害を、いとも容易く起こしていたかもしれない。


 この強大な力を御する事が出来なくて守るべきものを害する最悪な未来を容易に想像してしまった私は今すぐにでもこの変身を解こうと念じるけれども、そんな私の想いに反してこの衣装は私の身体から離れてくれやしなかった。


 ――この力は、強すぎる。

 ――今の私では、扱いきれないぐらいに、強すぎるのだ。

 ――だけど、この力に頼らないとこれから先の戦いで生き残れない。


 もちろん、それもあるけれど。

 やっぱり、1番怖かったのは。


 ――

 


 

 


 そんなのって、まるで私が悪に堕ちたかのような感想でしかなくて――。


「……っ……違う……違う……! 私は、、闇に堕ちてなんかいないっ……!」


 口から血を零し、眼から涙を流し、爪はいつまでたっても黒手袋を破けず、全身を深い闇色の妖艶な衣装で囚われている私は――誰がどう見ても光の、正義の味方には思えないだろうけれど。


「……だけど、だけどっ……私は……!」


 だけど、それでも、私は絶対に悪にも闇にも堕ちてなんかやらない。

 例え、闇の力を使うにしろ、正義の心だけは絶対に忘れてなんかやらない。

 もしも、私が闇に堕ちるとするならば、その時は自分を殺してでも闇なんかに堕ちてやらない。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「メズキメ。私を看病してくださってありがとうございました。おかげ様で明日以降の活動も何とかなりそうです」


 変身を解いた私は愛用している藍色の着物を着用し、ジャージ姿で女性座りをしているメズキメの真正面に正座で座って、深々と頭を下げていた。


 スライムとの戦いから5時間後。

 今の時間帯は夜の7時ぐらいで、外はまだ明るい。

 その明るさはまるで闇に吞まれている私を彷彿とさせて、とても気に食わなかったけれど、それでもこうして変身を解いても身体に何の後遺症も残らないぐらいに回復出来た事だけは素直に喜ぶべきだろう。


 ……喜べる筈なんて、本当はできないのだけど。


「どういたしまして。むしろ、魔界に伝わる秘伝の毒を喰らって数時間で解毒してしまうフィンブルちゃんの凄さをまじまじと観察出来たからこっちがお礼を言いたい気分」


「何ですかそれ」


 はぁ、と私はわざとらしく溜息を吐いて……同時に私は彼女に向かって、更に頭を下げた。


「人質を助けて下さって、ありがとうございました」


 先ほどの戦闘で、悔しい事に私は人質を助ける事が出来なかった。

 精々1人が限度で、20人もいる人質を一瞬にして助けられるほどの技量も力も何もなかった。


 だけど、不思議な事にその20人もの人質はたったの1秒で……いいや、本当は1秒にも満たないぐらいの速度で、一気に解放され、更に摩訶不思議な事に人質として囚われていた時の記憶すらも無かったという事が起こり得たのだ。


 本当に魔法のようなことが起こり、私は奇跡的にあの外道極まるスライムを討伐する事が出来たのだが……逆に言えば、あの奇跡が起こり得なかったら、私は何も出来ないまま、何も救えないままに良いように痛めつめられていたに違いないのだ。


「あら……? 何の事かしら……?」


「とぼけないでください。貴女の舌を噛んだあの後、私に詰め寄ったあの速さを、文字通りの神速を知っています。あれならば、20人もの人質の救出なんて容易いでしょうし、あんな神業が出来るのはどうせ貴女だけでしょう」


 10秒だんまりだった彼女ではあったが、私が無言で問い詰めると観念したと言わんばかりに……いや、良く気付いたと言わんばかりの砕けた笑みを浮かべて、メズキメは素直に白状した。


「フィンブルちゃんが余りにも私の解釈通りだったから、ついつい本気の速度を出しただけ」


「解釈通り……? 私が惨めに悪の手に良い様にされていた事がですか?」


「違う違う。私はあくまで正義の為に戦う魔法少女がかっこよくて、可愛いから大好きなだけ。だからこそ、あの戦いの後にフィンブルちゃんを魔界に連れていって魔王に仕立て上げるんじゃなくて、こうして推しのヒモになった訳だしね」


 自分でも少し意地悪な質問をしてしまったと反省したが、当の本人は然程気にした様子には見えない。


 ……大人だ。

 感情に振り回されてしまうような私と違って、彼女はあくまで冷静で感情になんか絶対に振り回されないような立ち振る舞いを見せている彼女は本当に大人で、そんな彼女とついつい比較してしまう子供な私がどうしても惨めにしか思えてならないのだ。


「……ごめんなさい。虫の居所が悪くて、つい棘のある言い方を……」


「病み上がりなんだから気にしなくていいの。本当にフィンブルちゃんは心配になっちゃうぐらい真面目なんだから。こういう時ぐらいはムカムカした言葉をぱーっと吐き出せばいいのに……そうだ、お酒飲も? 未成年飲酒しましょ?」


「結構です」


 前言撤回。

 未成年にお酒を勧める時点でこいつ全然大人なんかじゃない。


 今にして思えば、このメズキメとかいう女淫魔は魔王軍の中枢的立ち位置にある四天王でありながら、魔法少女好きという自分の趣味を優先させて私の家に居候しているクズで、そもそも、未成年である14歳の私に様々な色事をしては私の情緒という情緒を狂わせたロリコンサキュバスだ。


 職務放棄。

 ヒモ。

 ロリコン。


「スリーアウトですね。本当に救いようがない」


「いやでも、人質20人助けたからちょっとは慈悲はくれてもいいのよ」


「そうですか。でしたらツーアウト……になるとでも思いましたか。未成年飲酒を勧めたという犯罪促進行為を付け加えてスリーアウトですよ。本当に救いようがありませんねこの職務放棄ヒモロリコンクソダメカスサキュバス」


「やめてー! 事実を淡々と冷徹に列挙するのだけはやめてー⁉」


 わざとおどけた調子でそう言って、私に思わず笑みを浮かばせてくれた彼女は本当に、私なんかよりも大人で、強くて、綺麗で、かっこよくて……だけど、そんな事は悔しいから言ってやらない。


「ところで、どうして助けてくれたんですか。前々から魔王軍に反逆したのがバレないように戦闘中の私に接触しないようにと取り決めていた筈です。いえ、別に助けるなと言いたい訳ではありません。むしろ、貴女のおかげで20人の命が救われた訳なのですし……」


「あら、それを快楽重視のサキュバスに、それも淫魔の女王である私に聞く? そういう気分だったから、助けただけ。ただのそれだけよ」


「それだけ? 本当にそれだけなんですか」


「えぇ、本当にそれだけ」


「……ふーん」


 それにしては、随分とタイミングが良い気がしてならない気しかしない。

 確か、私は半ば無意識に『誰でもいいから人質を助けて』と声に出したけれども、その直後にあんな事が起こってしまった訳なのだが。


 そんな私の疑惑の視線を真正面から受け止めたメズキメは観念したと言わんばかりに大きな溜息を吐いてみせた。


「……本音を言うとね。私は人質よりもフィンブルちゃんを助けたかったの」


「まぁ、貴女の事ですからそうでしょうね」


「ねぇ、フィンブルちゃん。私からのお願いを聞いて」


「お願い、ですか。内容によっては聞きませんよ」


「魔法少女はね、。魔法少女は死ぬ為に頑張らないの。より良い未来を生きる為に頑張るの。だって夢見る子供でしょう? 死ぬつもりで頑張るのは本来であれば大人の役割なのよ」


 何を言うのかと私は適当な言葉を投げかけようとして、メズキメの瞳が余りにも真剣すぎて、その言葉を口に出す前よりも早くに黙殺されてしまう。


 今の彼女は、初めて戦った時の彼女の何百倍も怖かった。


「……努力します」


 私はそう言うと、冷蔵庫がある居間の方に向かい、キンキンに冷やされた適当なアイスカップと木製の匙を2つずつ掴むと、それを持ってメズキメの隣に再び正座して座り込む。


「はい、どうぞ。今日の晩御飯です」


 私がそう言うとメズキメにしては珍しく黙りこくった。

 いや、虚を突かれたとでも言うべきだろうか。

 

 まぁ、確かに私がこうして彼女にアイスを渡すだなんて事はこの共同生活において初めての事であるので無理もないだろうが。


「……ちょっと待って、フィンブルちゃん。晩ご飯が……アイス?」


「はい、晩ご飯です。好きなだけ食べていいですよ。私は軽く10個食べますので」


「待って、待ちなさい。昨日はちゃんとしたご飯があったわよね? どれもこれもが冷蔵されてキンキンに冷えた食材を、冷房でガンガンに効いて5度になった部屋で頂いた訳だけど……まぁ、それには多少なりとも眼を瞑るとして……めちゃくちゃ冷たくて心身ともに凍えそうなご飯だったけれど栄養だけはあったわよね? 栄養バランスとか全然考えられなかったけど」


「何ですか、アイスに栄養が無いとでも? 糖分ありますよ糖分」


「病み上がりなんだからもっと栄養あるものを食べないと駄目じゃない⁉」


「ご飯を作る私が病み上がりなんですから仕方ないじゃないですか。ご飯を作る気力もないんですよ、こっちは」


「あーもう! だったら私が美味しいモノ作ってあげるから! 何か食べたいものある⁉」


「東京銀座の高級果物アイス。あれ美味しいんですよね」


「栄養あるものを食べなさいって言ってるの! 魔法少女がそんな偏った栄養を取るのだなんて解釈違いも甚だしいわ! 考えても見なさい⁉ お酒や栄養ドリンクをがぶ飲みする魔法少女なんて嫌でしょう⁉ 強くなりたいんだったら心身ともに満ち足りた食事が必要不可欠なのよ⁉」


 矢継ぎ早にそんな事を言ってのけた彼女が台所に入り浸って、数十分。

 彼女に渡した分のアイスと自分の分のアイスを食べながら彼女の帰りを待っていると、ニコニコ笑顔の彼女が湯気の立った皿を持ってきたではないか。


「はいお待たせ、出来立て熱々のホワイトシチューよ! 栄養満点の野菜もたっぷりで、疲労回復に良い鶏肉も入っているわ! 胃に重そうに見えるけれども、あっさり風味に仕上げたから案外パクパクといけると思うわ!」


「……メズキメ……貴女……」


「なぁに? 淫魔の女王だからって家事が出来ないとでも? ふふっ、冗談はやめて。様々なプレイに通ずる淫魔の女王たる者、これぐらいは朝飯前。理想の新妻シチュだとか不倫相手との愛人プレイだとか、出来て当然に決まっていてよ……?」


「いえ、別に貴女の特技にそれほど興味はありません。そんな事よりも貴女に私の猫舌の事を話していなかったなと思い至りましてね。というのも、私、熱いのが苦手なんです。ホワイトシチューを作るのなら冷製シチューにしてください。氷を30個入れたぐらいに冷たいヤツでお願いします。私はその間にアイスのお代わりを食べて待ってますので。後、きのこ苦手なんで入れないでください。お肉たくさん入れてくださいね」


「病み上がりの身体を冷やしたり好き嫌いしちゃ、めっ、でしょ――⁉」

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