蒼天冷姫フィンブル大苦戦⁉ 堕天隷姫フィンブル 闇の誘惑!(5/6)

「ひゃっ……うっ……うぅ……⁉ 中で、何かが蠢いてっ……⁉」


「触手、スライム、毒、触手、媚薬、エナジードレインの贅沢フルコース! もちろん、何かしたら人質はちゃんと毒針をぶっ差して殺すから抵抗しないでくださいねぇ?」


「……っ! 止めてっ! そんな事しないでっ……!」


「だったら、私の中にずっと居てねぇ……? ちゃんと行動で示してねぇ……? それぐらいはできますよねぇ……? だって正義のヒロインなんだからぁ……! イイ悲鳴、たぁくさん出してぇ? そして心身ともに堕ちて、私たちだけの魔王様になってくださいねぇ……!」 


「……こ、このっ……!」


「ふふっ。人質がいる以上、もう絶対に勝てませんねフィンブル様?」


 身体が熱い。

 分かる、分かってしまう。分からされてしまう。

 この巨大な食虫花の中は消化液ではなくて媚薬成分が入ったスライム状の粘液……それも魔物のように意志を持ったスライムで満たされ、否応なしに身体中の血流の流れが促進されてしまう。

 

 それらが私の顔を除いた全身にまとわりついて、離れない。


 意志を持ったスライム状の触手が動けない私を更に縛り、体の表面に張り付いた小さなスライム1匹が私の体内にあるエーテルを少しずつ……いや、全身にまとわりいた無数のスライム全てが私のエーテルを急速に奪っていく。

 

「……っ……ぁ……く……ぁっ……! 駄目……力が……抜ける……」


 ぐにゅぐにゅと粘魔の触手が無機質に脈動し、食虫花に囚われた私の身体を一方的に弄び、幾千ものスライムたちが我先にと言わんばかりに私の体内のエーテルを貪る。


 たったの1秒この中でいるだけで膨大なあのエクリプス・フィンブルの魔力がどんどん奪われていく。


 だがしかし、不幸中の幸いとでも言うべきか首輪から送り込まれる淫呪のおかげで変身は解かれずにいた。


 もしも、私が蒼天冷姫フィンブルとして囚われていたのであれば、1秒も持たずに変身を解除されていたに違いない。


「……これ駄目っ……はやく……脱出しないとっ……」


「えー? 脱出ぅ? だーめですよ? そんな事したらぁ? 人質がぁ? 危険な目になりますよぉ?」


「……っ……! ひ、卑怯ですっ……! こんなのっ……!」


 こんな拘束は堕天隷姫にへと変身を遂げた私からしてみれば余りにも拙い戒めだ。

 以前、魔王軍四天王のメズキメに片腕だけで全身の動きを完封されてしまったが、アレに比べればこんなものは風で飛んで消えてしまうぐらいに弱い束縛でしかない。


 だけど、20人もの幼子の人質という存在が私に抵抗を許さない。

 私が少しでも抵抗をしてしまえば、一瞬にして尊き20の命が消えてしまう……そう思うだけでも、恐怖で身体が動けない。


 私は必死に本能的に身体が拘束を解いてしまわないように、己が理性で自分の身体に神経を巡らせる……今の私は誰がどう見ても無抵抗の、囚われの哀れな存在でしかない。


「ふっふっふー。正義も大変だねぇ? 人質が殺されたくなかったら、そのまま調教され続けてくださいねぇ? だってそうでもしないと、私みたいなクソザコがあの魔法少女フィンブル様に勝てる訳ないしー? 仕方ないよねー? あー? でもー? 今じゃどっちがクソザコが分かんないねコレ!」


「……い、言わせておけば……この卑怯者っ……!」


「きゃー! 正義のヒロイン様かっこいー! 無様で無駄だけどがんばえー! どうせ負けるだろうけど負けるなー! 20人の人質のみんなー! フィンブル様を応援してあげてー! って、毒で全員の意識を無くしてるんでしたっけ? ふふっ、どうすっかなー? ちょっと痛い目に合わせたら、眼を覚まして応援してくれるかなぁ?」


「……やめてっ……! やめてくださいっ……! もうこれ以上、あの子たちに酷い目に遭わせないでっ……!」


「イイ声で懇願しますねぇ? ふふっ、正義の味方としては100点満点でしょうけれど……悪の魔王としては0点ですね。悪の魔王なら人質ごと私を殺しますよぉ?」


「私は悪の魔王なんかじゃないっ……!」


「その悪の魔王に、これからなるんですってば」


 嘲笑うかのようにそう言う怪人だったが、私は別の事に気を取られていた。

 人質も、今の私が置かれている絶体絶命な状況もそうなのだが、食虫花の中から新しい何かが私のすぐ近くに現れたのだ。


 花弁、だろうか。


 そう、それはまるでまだ何もされていない私の顔面に何かをしようと言わんばかりで、私の口を目標にじわりじわりと近づくそれはまるで、病院にいる呼吸が困難な患者にするような呼吸器のような形をしていて――。


「よっしゃー! それじゃ、毒花粉。いってみよー!」


「……なっ⁉ ど、毒……⁉」


 無事に動ける顔だけを右に左に揺らすが、その抵抗も虚しく水面から伸びたスライムの触手が私の首を絞める。


「……がっ……!」


 ぎりり、と触手が私の首を強く絞め、私から呼吸器の形をした花弁に対する意識を薄くさせたその瞬間に、花弁が私の口周りを完全に覆い、その瞬間に花弁から紫色の花粉が私の口の中に入ってくる。


「んんん……っ……んんんっ~~~⁉」


「うわっ、無様ぁ! あんな救う価値もないゴミみたいな人質の所為で、こんな目に遭うだなんてフィンブル様かわいそー! いやー、こんな目に遭うぐらいなら正義の味方とか死んでもごめんだわー!」


 身体からどんどん力が抜けていく。

 エーテルを全身から奪われ、口から筋肉を弛緩させるような毒を無理やりに吸引させられ、抵抗という抵抗が本当に出来ない。


「……ごほっ……⁉ けほっ、ごほっ……⁉」


 口から、血が零れ落ちる。

 毒の所為なのか、体内の臓器に何かしらの影響が起きてしまった事により、血が逆流し、口から血が滴り落ちる。


 咳が止まらない。

 体内の異常を排除しようと、咳が口から出て、その咳をするが為に外の空気を、更なる毒花粉を吸って、私の身体を私の身体が痛めつける。


「……ぁ……ぅ……ぁぁ……!」


 口を閉じて必死に呼吸しないように足搔いても、そうした瞬間に首にまとわりついた触手が再び私の首を絞め、私に呼吸を強制させ、酸素と共に毒花粉を体内の奥深くに吸引させ、意識を段々と朦朧とさせていく。


 身体が熱い。

 なのに、どうしようもなく寒い。

 視界がどんどん白く霞み始め、同時にどんどん暗くなっていく。 


 思考が段々と、死という文字で埋まっていきそうになる。

 手足の感覚が段々と消えていく。

 どうしようもない根源的な恐怖が全身を包み込む。


 こうして生きている事自体が、本当に奇跡のようだった。


「どーお? 助けてほしい? 助けて欲しいよねぇ? 誰だってそう思うに決まってますよねぇ? ざーんねん! 助けてなんかやりませーん! ほーらほらほら! お首ぎゅー! 首を絞められるの痛いですよねぇ? でもでも痛みが吹っ飛ぶぐらいに新鮮な毒も美味しいでしょー!」


(……たすけ……たす……けっ……たすけっ……!)


「ふっふっふっ! かわいくピクピク痙攣してる姿を見ると興奮しちゃうなー! もー! フィンブル様は情けなくてかわいいなー! こんな惨めな有り様で正義の味方を名乗れる神経が分かんないっなー! 本当に惨めだなー! ほらほらほらほら? さっさと人質ごと私を殺さないと死んじゃいますよぉ? あんな何の役にも立たないどころか迷惑しか掛けない子供なんてパーっと殺しちゃいましょうよぉ、パーっとね!」


(……ぁ……く……だ、だめ……いしきが……このまま、じゃ……しんじゃう……!)


「正義の味方なんて下らない“おままごと”はやめましょうよぉ? ねぇ? そうしないとフィンブル様はこのお花の中から出られませんよぉ? 魔法少女は少女らしく、お花と一緒に遊ぶしか出来ませんよぉ? 永遠に私が大切に飼われ続けるんですよぉ? もちろん、死にかけの状態を維持してねぇ……! 嫌でしょう? そんなの嫌でしょう? さぁ! 早く闇の魔王に相応しい御英断を! さぁさぁ! フィンブル様! さぁさぁさぁさぁ! その闇の衣に相応しい行動をするのは今ですよぉ!」


(……だ、め……このままじゃ……たすけ……られなっ……! ……はやく、…………!)


 一刻も早く、触手に縛られている人質のあの幼い子たちを助けないと……!


 それに、こいつは物凄く気まぐれだろうから、私が本気で抵抗を諦めた瞬間に人質に何か酷い事を絶対にやらかすに違いない……!


 それだけはどうにかして阻止しないとっ……! 


「おや? おやおやおやおやぁ? なんか考えてそうな顔してる。でも、絶対に無理だから。どう頑張っても、私の触手に人質が捕まっている時点で正義の味方のフィンブル様に逆転とか絶対に無理だから! 悔しい? 悔しいよねー! 何か言ってみてもいいよー? ま、無理だろうけどねー! ほらほらさっさと悪に堕ちて――」


「……っ……! うる、さい……! 私は絶対に負けない……! 絶対にあの子たちを全員助けてっ……!」


「――は? ――え? ――嘘でしょ? 私の毒花粉を直に吸いながら何喋ってんの? これ最上級の魔物も死ぬような毒なんですけど? バケモノ? ……くそっ! 毒の効きが悪い程度で私をひやっとさせるなよ、この生意気女っ……! 大人しく死の恐怖を前に惨めに命乞いしろっての……! 自分の命も守れないヤツに他人の命が救える訳がないじゃん……!」


「……がっ……! ぐっ……! うぅ……!」


 心底苛ついていると言わんばかりに、その苛立ちを私の首を絞める事で鬱憤を晴らす相手の顔には少しばかりの焦りが見えたけれど、人質がいる現段階では私はどうする事もできない。


 本当に、どうする事も出来ないのだ。


「……誰でもいいっ……! ……本当に誰でもいいからっ……! ……あの子たちを助けてあげてっ……!」


「あぁもう! こちとら全力で首を絞めてんだけど⁉ 何喋ってんの⁉ 余裕なの⁉ 違うよね⁉ 絶対にそんな余裕なんかないよね⁉ クソクソクソ! ホントにクソ! こんな状態でも自分の心配じゃなくて他人の心配⁉ 何なのその精神力⁉ 頭おかしいんじゃないの⁉ もしかして痛覚ないの⁉ 本当におかしいよアンタ⁉ 本当に気持ち悪い! 理解できない! あぁもう死ね! 気持ち悪い! 正義の味方なんてどいつもこいつも気持ち悪い! 自分の事じゃなくていつもいつも他人のことばっか! そんなに他人の為に死にたいんだったら、いいよ、お望み通り殺してあげる……! もう正義の味方なんかになれないよう、その魂にとびっきりの死を刻んであげる!」


 更なる力が首を絞めてくる。

 ぎりり、と触手が私を窒息死にさせる勢いで絞め、私の首の骨が冗談抜きで折れそうになってしまう。


 それでも、私は必死の形相を浮かべながら、人質になっている少女に視線を向ける。


 ようやく相手が人質に向ける余裕がなくなったというのに、それでも今の私ではどうあがいてもあんなに遠くにいる人質を助けられない――そう、思った瞬間だった。







 一筋の風が、吹いた。

 その風は、なんだか人の形をしていたような気がした。

 目にも見えない速さで吹いたそんな風に、私の家に一方的に住み着いたあの女淫魔のように気ままな風に、私は窮地であるというのに思わず想いを馳せてしまった。







「――はぁ⁉ ⁉ え⁉ 本当に人質どこいった⁉ 逃げたの⁉ いやいやいやいや滅茶苦茶にぐるぐる巻きにしてたから逃げられる筈がないでしょ⁉ しかも20人近くいたのに全員が綺麗に消えるってそんな訳……って、あ、あ、あ……アアアアアアアアァァァ――⁉」


 人質がいない。

 その言葉を聞いた私は意識が限界になりながらも内側からエーテルを爆発させ、囚われていた食虫花から命からがら逃げ出す。


「……痛い。痛い痛い痛い痛い痛い……! ちょっと待ってぇ……! 降参! はい降参! 降参しました! 降参ですよぉ! 穴が空いてめちゃくちゃ痛いから許してぇ……⁉ 私はか弱いスライムだよぉ……⁉ 殺さないでぇ……! 許してぇ……! このか弱き一存在にどうかお許しをぅ……!」


「……許す訳がっ……! 許す訳がないでしょうっ⁉ この外道っ! よくもあんな小さい子たちにあんな酷い目をっ……! あんな一生のトラウマに残るような酷すぎる事をっ! 自分よりも格上の存在に殺されるかもしれないっていう恐怖をっ! 年端もいかない小さな子たちによくもしてくれましたねっ……⁉」 


 いつもの氷漬けじゃ、到底この怒りは抑えられなかった。

 粘っこいスライムまみれになった私はつい反射的に、何も考えないまま、怒りのままにエーテルを操り、先ほど戦ったばかりの巨狼に放ったのと同等の……否、あれよりもかなり巨大で、黒い氷槍を作り、彼女を針山のように何本も突き刺す。


 彼女の断末魔が聞こえない程、その氷槍から織りなす闇の爆発の音は凄まじくて――。










 ――どくん、と。

 私の身体の奥深くの何処かで、闇の胎動が小さくした気がした。

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