蒼天冷姫フィンブル大苦戦⁉ 堕天隷姫フィンブル 闇の誘惑!(4/6)
『当地区に緊急警報が発令されま――』
もう聞き慣れてしまったその警報を学校で確認したのと同時に、私は蒼天冷姫フィンブルに変身し、もうすっかり得意技になってしまったエーテルを用いたワープのような瞬間移動を思わせるような高速歩法で現場に辿り着く。
やはり、どんなに強くなれるとはいえ、自分から進んで闇の魔法少女を思わせるような堕天隷姫エクリプス・フィンブルの姿になる事だけは嫌だった。
「げぇっ⁉ フィンブル⁉ え⁉ 流石に速すぎない⁉」
「本当に凝りませんね、貴方たちは」
しゃらん、と愛用の錫杖から鈴の音を鳴らし、東京の路上コンクリートの上に立つ戦闘員たちを瞬時に凍らせる。
どうして、錫杖を鳴らすだけで戦闘員たちが為す術もなく凍るのか……私は今の今まで考えた事がなかったのだが、学校の休日に稽古をつけてくれたメズキメ曰く、無意識に私がエーテルの絶対零度現象を起こしているからとの事であった。
言ってしまえば、私の能力だとかいう『エーテル操作』を用いた空間凍結。
確か分子だったか? 確か学校かどこかで学んだような……まぁ、よく分からないけれど、そのエーテルは分子とやらに似て非なる存在のようで、私は空中内にあるエーテルを操る事で対象の空間の動きを凍結させる……疑似的な時間停止のような事をしでかしているらしい。
あまり理解はしていないが、あのメズキメから『どうしてそんなクソみたいに強い汎用性の原石とも言えるようなチート能力を持っているのに、どうしてそんなにクソザコなのよ。まぁそこが推せるのだけど』と言われてしまうぐらいには強い能力らしい。
「……っと。今日も魔獣はいるご様子で」
戦闘員たちを粗方凍らせたところで、視界に入ったのは狼をベースにしたような巨大な魔獣。
遠くからでも分かるぐらいに光る爪はそれは巨大で、20mもの距離があっても一瞬で詰められてしまいそうな瞬発力が絶対にありそうなモンスターがそこにいて――気づけば人1人を殺してしまいそうな爪が私の目と鼻の先にあった。
「本来であればこのまま即死だったんでしょうけれど……認めたくはありませんが、稽古をつけてくれたヒモ淫魔には感謝するべきですね」
私は悠々とそう告げて、巨狼を冷ややかに見射抜く。
そんな私の視線を受けた巨狼は若干ながら狼狽えたいるかのようだったが……それは当然だろう。
何せ、先ほどまで恐るべき速度で移動していたアレはいつしか児戯を思わせるような速度で動いている。
まるでスローモーション映像を見ているかのような……余りにもゆっくりすぎる速度。
流石に戦闘中なのであくびは出ないけれど、あくびを2回や3回はやっても余裕で避けれそうな攻撃速度だった。
「なるほど、確かに……自分より遅い相手との戦いとは中々にそそります。アレの気持ちも何となく分かってしまいますね」
エーテルの操作は何も空間を凍結させるだけでなく、空間に流れる時間にも作用する。
これは単純にあのモンスターの周囲のエーテルの速度を完全に停止させるのではなく、極限まで減速させたことによる起こり得る現象……俗に言う所のクロックダウンである。
そして、対する私は自分の周囲のエーテル速度を向上させて巨狼よりも早い速度で背中の真上の空に飛び、メズキメとの戦闘指南で身につけた必殺技を放つ。
「……【
3日間ぐらい、国語辞典とパソコンと睨め合いをしながら名付けた必殺技は文字通りの氷柱……というよりかは、透き通るように白く小さい氷槍を大量に出現させて、相手に突き刺すだけの簡単なモノ。
とはいえ、その氷塊は周囲のエーテルを吸収し、1つの形に押し留めただけの爆弾。
身動きも反応も出来ないまま、魔獣の肌に突き刺さった氷の槍は血を出させる前に肉体を凍らせ、体液や臓器に骨を極限まで凍らせて防御性能をギリギリにまで削ぎ落としてから、氷槍の中に詰まったエーテルを意図的に暴走させ、ゼロ距離の爆発を無数に引き起こす。
「……ふふっ。今の私ってなんかすっごく魔法少女らしいのでは……?」
必殺技……と言っても、今までの私の攻撃手法はこの錫杖で殴るかぶん殴るか、薙ぎ払うか、タコ殴りするかのどれかだったので、ようやく魔法少女らしく戦えるようになったことに喜びを隠し切れないのが実のところだ。
とはいえ、まだ戦闘中。
私は浮足立つ自分の心に喝を入れて、氷像になって粉々の木端微塵になった魔獣を蹴散らしてから、白煙が辺りに舞う地面にふわりと降り立ち、まだまだいる戦闘員たちを睨みつける。
「……降参しなさい。並の魔獣では足止めも出来ませんよ」
しゃらん、と威嚇のように錫杖の音を鳴らすとそれだけで戦闘員たちは恐れおののく。
今回は幸いにも、あの忌々しい堕天隷姫エクリプス・フィンブルに変身する事がないまま、一方的に勝敗は決した――そう思えば良かったのだけど。
「……っ⁉」
背後から嫌な予感がしたので、私は本能的に、奇跡的に避けてみせたのだが……その際にちらりと視界に映ったのは細長い針状のモノであり、絶対に当たってはいけなかったと本能がそう告げていた。
「……後ろから毒針とは、随分と卑劣な行いをする御方がいるようで」
自分を中心とした間合いに満ちるエーテルの動きを制御し、その空間内に入った自分以外の物体の速度を著しく落とさせる魔術を張ってから、私は周囲の状況を見渡すが……目に入ってきたのは珍妙な物体であった。
都会の東京には場違いとしか思えないほどの、巨大な、花。
いや、あれは花と言うよりも虫を食するような、食虫花。
ウツボカズラを彷彿とさせるような、葉先から伸びた蔓の先に巨大な捕虫袋をつける食虫植物の姿が、いつのまにか鎮座していた。
「……芸が無い。不意打ちが二度も通用すると思いましたか」
こうして観察を続けている間にも、何百もの毒針が飛来して私の肌を突き刺そうとするが、エーテルの流れが狂わされたこの空間内で正常通りの動きが出来る筈がない。
飛ぶ鳥を落とす勢いで放たれた針は、亀を思わせるような鈍い速度にへと変わり、私の身体に到達する前にエーテルで作成した障壁に弾かれ地面に落ちる。
「どーもどーも。初めましてですねフィンブル様ぁ?」
聞いていて耳に障るような、人の神経を何度も逆撫でにするような粘々とした声が、真正面の花の中から聞こえてきた。
……人並みの知能がある。
それだけでも十二分に警戒に値する存在だという事を私は理解し、錫杖を眼前の敵に向け、いつでも氷槍による連続爆発が放てるように構えた。
当然、あの大きさから察するに、あれが只の食虫植物である筈がない。
あの花から放たれる禍々しいエーテルは、魔王軍四天王のメズキメと比べると大きく下回るが、先ほど倒した巨狼とは比べ物にならない……だけど、それでも冷静に戦えば蒼天冷姫フィンブルの姿でも十分に倒せる相手なのは間違いない。
「やーん。そんな冷ややかな目で美人さんに睨まれたら怖い怖い。私みたいなザコが正面切ってフィンブル様に勝てる訳ないじゃないですかぁ? 後ろから神経毒が入った毒針を投げてチクッと刺すぐらいは許されてもいいと思うんですよねぇ」
今までに閉じていた食虫花の口が開き、そこから1人の少女が現れる。
青の肌に、蒼の髪に、赤い花を思わせるような魔性の瞳。
服も着ておらず、髪も含んだ全身がまるでゼリーのようで……ところてんを彷彿とさせるような魔族の少女がそこにいた。
(……スライムか何かですか……? では、あの巨大な花は……ふむ、一種の共生のようなものでしょうか。どちらが本体であれ、冷気に弱そうな敵ではありますね……)
誰がどう見ても魔族だと断定できるような少女が、ニマニマとした表情を浮かべており、傍から見れば食虫花に捕食されているようにも思えるが、あの余裕そうな表情を見るに、あの食虫花に住み着いているというのが正しいだろうか。
「不意打ちをするぐらいでしたら降伏なさい。先ほどの狼との戦いを見ていたでしょう? 貴女程度で私を止められませんよ」
「分かってるじゃないですか。えぇ、そうですよ。普通に戦ったら、そうでしょうね。……普通に戦ったら、ね?」
ぞくり、と鳥肌が立つ。
そういう含みのある台詞を口にするヤツは昔から、普通に戦うという事をしないのは悪い意味でのお約束というヤツでしかない。
「という訳でハイ注目! えーっと、何だったけ? まぁ、人質なんだから誰でもいいや。これはさっき捕まえたヨウチエンジ? とかいう人間の子供で――」
自分の名乗りもせずに、人質の存在を明らかにした相手の話を聞く義理なんてない。
私は一切の躊躇もなく堕天隷姫エクリプス・フィンブルにへと変身し、
黒い魔杖はまるで剣のように、そこらの建造物よりも固く丈夫であろう蔦をいともたやすく両断し、私は片腕で魔杖を携えたまま、もう片手で幼子を抱きかかえて救出してみせた。
「――え、ちょ、待って⁉ まだ話の途中なんですけど⁉ というか速っ⁉ なにその動き⁉ 気持ち悪っ! あのクソビッチゴキブリサキュバス女王みたいな動きしないでくれませんかねぇ⁉ いやいや、さっきと速さが段違いじゃありゃしませんかねぇ⁉ こんなん勝負になる筈もありませんよねぇ⁉ ズル止めて貰っていいですかズル!」
「――この外道っ……! こんな小さな子を人質にするだなんて、最低にも程がありますよっ……⁉」
力を温存だとか、蒼天冷姫フィンブルとして戦いたいだとか、そんな自分の都合を捨てて全力で人質を解放した私だが、この露出度の高い魔装束の自分に変身した事を後悔するどころか……むしろ、この子を無事に安全に確実に救えたと思えば、良かったとさえ思う。
蒼天冷姫フィンブルとしてだったら、こうも上手くいってはいない。
エーテルの操作も、自己が所有するエーテルも、何もかもが上位互換である堕天隷姫エクリプス・フィンブルだからこそ、この子を救えた。
自分からこの闇の衣を羽織る事になった事に思う事はないと言えば嘘ではないが、それでも自分の都合よりも人命の方が優先順位が上だった。
「えー⁉ 外道って私が⁉ いやいや私が外道ってありえませんってば! だって――この程度で外道ってナイナイ! ハイ、またご注目! 人質全員集合!」
彼女がそんな余りにも衝撃的すぎる台詞を口にしたと同時に、東京の路上コンクリートからヒビが入り、そこからあの食虫花を思わせるような緑色の蔦の触手が文字通りに生える。
そして、そこに果実のようにぶら下がっているのは、人間。
触手に囚われた総計20人余りもの幼稚園児たちが力なくぶら下がっていた。
「……なっ⁉」
「そこら辺にあったヨウチエン? って名前の人間牧場から現地到達したんですよぉ? いやぁ大量大量! あーでも安心してくださいね? ちょっとだけ毒は吸わせて意識を奪ったけど、多分死んでないんで! あ、ところでフィンブル様って……アナフィラキシーショック、とか知ってますぅ? 知らなかったら今から教えてあげますねぇ?」
緑の触手から更なる触手が生える。
注射器とは比べ物にならないぐらいに大きな毒針を露出させたソレが、ゆっくりと、本当にゆっくりと、ぶら下がる幼稚園児の柔肌に文字通り穴を開けようとして――。
「やめてっ! それだけはやめてっ……! 貴女の目的は私でしょう⁉ この子たちには何も関係ない筈ですよっ……⁉」
「そうですねぇ、今はまだ関係ありませんねぇ? ですからぁ? フィンブル様がかっこよく武器を持って、私を倒す気満々である以上、何でもいいから関係を作って私の身の安全を作らないとですよねぇ?」
「……ひ、卑怯者っ……!」
「えー? それフィンブル様が言うんだー? さっきから口先ばっかり達者で武器を捨てないし。フィンブル様ってもしかして口だけの卑怯者なんですかねぇ? あ、それともフィンブル様ってこんな小さい子を見捨てるような冷徹な人なんですねぇ? これは幻滅。正義の味方って案外酷い存在――って、話が早い」
魔杖を地面に落とし、両膝を地面に付け、無抵抗であるという事を示すべく両手を空に挙げ、今の表情を見られないように地面に視線を向ける。
「……やめて……やめてくださいっ……! 私はどうなってもいいからっ……! こんな小さい子に毒を注入するのだけは、やめてっ……! 本当にやめてくださいっ……!」
「くぅ~! これこれ! 自分より弱い相手にこうして屈服させられる元強者の哀れな姿は健康にいいですねぇ! じゃあそれが言葉だけじゃないかどうかを確認しますんで、絶対に抵抗しないでくださいねぇ? 少しでも抵抗したら……ねぇ?」
「……っ……!」
忌々しい魔族が居座る食虫花から触手が伸びてきて、無抵抗の私の身体を縛り上げ、私の身体を地面から離して宙にへと浮かす。
「よしよーし。ちゃんと抵抗しないで偉いですねぇフィンブル様ぁ?」
「は、離しなさいっ……!」
「えー。命令できる立場だと思ってんですかぁ? ま、それぐらいは聞いてあげますか。オーケーオーケー。触手からは、放してあげますよぉ……!」
余裕そうにそう答えた魔族は空中に浮かべた私を――そのまま食虫花の中に入れ込んだ。
「ふふーん! フィンブル様、私の口のどうぞいらっしゃーい! たっぷり歓迎してあげますからねー!」
私の下半身はもちろん、上半身も頭を除いた全てが食虫花の中に取り込まれ、まるで細長い壺状の何かに封印されてしまったかのよう。
花で完全に覆われてしまった身体に花の内側にびっしりと生えてある触手が私を更に絡め取り、縛り、物理的な抵抗を許さない。
そうして完全に動けなくなった私の背後から件の魔族が抱きつき、私の頬をニマニマとした表情で撫であげ、背後から胸を私の身体に押し当てる。
「ひゃっ……うっ……うぅ……⁉ 中で、何かが蠢いてっ……⁉」
「触手、スライム、毒、触手、媚薬、エナジードレインの贅沢フルコース! もちろん、何かしたら人質はちゃんと毒針をぶっ差して殺すから抵抗しないでくださいねぇ?」
「……っ! 止めてっ! そんな事しないでっ……!」
「だったら、私の中にずっと居てねぇ……? ちゃんと行動で示してねぇ……? それぐらいはできますよねぇ……? だって正義のヒロインなんだからぁ……! イイ悲鳴、たぁくさん出してぇ? そして心身ともに堕ちて、私だけの魔王様になってくださいねぇ……!」
「……こ、このっ……!」
「ふふっ。人質がいる以上、もう絶対に勝てませんね正義のヒロイン様?」
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