蒼天冷姫フィンブル大苦戦⁉ 堕天隷姫フィンブル 闇の誘惑!(3/6)

「は? えっちな表情を浮かべて快楽に沈みそうになりながらも、平和の為に戦おうと快楽を振り切りながら私を倒そうとする推しの姿ってマジで最高では? やだ……! 私の推し、尊すぎ……!?」







 ――あの死闘の後に、そんな馬鹿な事を言われたら誰だって力が抜けると思う。


 実際問題、その後に飛び出てきたヒモ宣言を耳にした私は余りの馬鹿さ加減に全身の力が抜け、張り続けていた気力も解けて、溜まりに溜まった疲労の所為で意識さえも手放してしまった。


 ……そして。

 そんな私が意識を取り戻して目を覚ますと、そこは見慣れた天井。

 瑠璃川吹雪としての私が生活している瑠璃川邸のベッドの上で、堕天隷姫エクリプス・フィンブルとしての私が横たわっていて。


「あら、おはようフィンブルちゃん。今日はすっごく楽しかったわね」


「……は?」


 ついでにベッドの上に敷かれた布団の中に裸の女淫魔がいた。

 外から漏れる月の光がメズキメの裸体を更に魅力的に彩らせていて、思わず見惚れそうになってしまうけれど、そんな場合じゃない。


「…………は?」


 いや、何で裸?

 いや、待って。

 本当に何で?


 ちょっと待って。

 本当に理解が追いつかない。

 理解が本当に難しい時って人間は本当に黙りこくる事しかできないのか。

 知らなかったし、知りたくもなかったそんな事。


「……夢ですね。あぁ、なるほど、夢。それなら納得ですね」


「夢じゃないわよぉ?」


「……幻聴ですね。あぁ、なるほど、幻聴。それなら納得ですね」


「いや、本当に夢じゃないのよフィンブルちゃん」


「悪夢?」


「正夢ね」


「夢魔ですよね?」


「淫魔でもあるのよね」


「マジですか」


「マジなのよ」


 事情を理解した私はベッドの上で横たわったまま深呼吸をする。


 なるほどなるほどなるほど……なるほど?


 良く分からないが、心の中で何回も『なるほど』と言葉にして、自分を無理やりに納得させてみる。


「夢ですよね」


「正夢なのよね」


「夢の住人は皆そう言いますよね」


「決めつけは駄目だと思うのよね」


 なるほどなるほどなるほど……なるほど?


 あれ? 本当にこれってどういう事?

 

 男女2人がベッドの中で……ではないか、女子2人だもの、うん。

 いやでも片方が全裸で……いやでも私は服着てるし、うん。

 いやだとしてもそういう破廉恥なプレイがあるって祖母の隠し書庫にあった官能小説に……いやいやいやいや……!


 そうだ官能小説!

 なんかすっごくえっちなヤツ!

 そういう濡れ場のシーンには絶対にそういうのある!

 そういうの知ってる! 官能小説にあった!


 しかも私が同衾してしまったヤツは、そういう事が大好きなサキュバスで! 女淫魔で! えっちなクソビッチで! 

 

 この状況から考えるに、私は絶対の絶対に絶対そういうえっちな……事……をされてしまってるに違いないではないか⁉


「死のう」


 私は吐き捨てるように呟いて、何もない手のひらにハルバートになった刺々しい破壊兵器じみた魔杖を召喚し、自分の胸元をぐさりと突き刺そうとして――。


「うわぁ! いきなり自分の喉に武器を刺そうとしないでぇ!? 死んじゃう死んじゃう死んじゃう! 死んじゃうわよそんな事したら!? 嫌よ私の推してる魔法少女の最期が自殺って! 私はそういう魔法少女モノが大嫌いなのよ!? というか私の推しグッズで推しを殺させてなるものですか⁉」


 光よりも速い速度で女淫魔の彼女が私の自害を止めてきた。


 本当に形相が凄まじい事になっている彼女を前に私の身体は思わず、びくりと震えてしまうのだが、それはそれ。これはこれ。


「いやっ! やめてっ! やめてください! 殺させて! 殺させてください! 私は……! 私はっ……!」


「前後の因果関係が本当に分からないのよねフィンブルちゃん⁉ 何がどうしたらいきなりそんな凶行をしようと思い至るのかしら⁉」


「はぁっ⁉ とぼけないでくださいよっ! したんでしょう⁉ 私にっ! えぇ! それはもう! 色々とっ! 言語化できないぐらいにっ! 凄いのをっ! したんでしょう⁉ 私の身体に色々と刻んだんでしょう⁉ 人の意識がなかった事を良い事にっ! 信じられないっ! 最低ですっ!」


「私が何をしたというのかしら⁉」


「奪ったんでしょう⁉ 私のっ! 処女をっ! 官能小説みたいにっ! 官能小説みたいにっ!」  


「この私が推しの処女を奪う訳がないでしょう⁉」


「サキュバスでしょうっ⁉ 女淫魔でしょうっ⁉ 絶対してるっ! 絶対にしてるってばっ⁉ 私がすやすやと眠っている間に襲うだなんて最低ですっ! なら私は死んでやりますよっ! えぇ死んでやりますよっ! どーせ私の攻撃なんて貴女に当たりませんしねっ! だったら動かない自分の身体をぶっ刺したほうがいいですよーだっ!」


「サキュバスに対する偏見が酷くないかしら⁉ だから本当に処女は奪ってないってば⁉ 魔法少女たる相手に絶対にそういう事はしないって私は決めてるのよ⁉」


「だったら淫紋を刻むなっ! 口紅を塗るなっ! 首輪を嵌めるなっ! 絶対にそういう事をする気満々だったでしょうっ⁉ このドスケベロリコン淫魔っ! くっ! 殺させなさいっ! 私の処女を奪ったであろうその手を離しなさいっ! 大人しく私を自害させなさいっ! こんな悪趣味な衣装を勝手に着させて私を性奴隷にする気なんでしょうっ⁉ この前こっそり買ったR18ゲームみたいにっ! 凌辱系魔法少女悪堕ち系R18ゲームみたいにっ! 悪堕ちさせて虚ろな目で奉仕させて、貴女の事をご主人様だとかメズキメ様だとかお姉様だとか言わせる元魔法少女みたいな事をさせるんでしょうっ⁉」


「だから道理でめちゃくちゃえっちに弱かったのね……! 常日頃からそういう事を考えているお頭だったのね、フィンブルちゃん……! 推しがむっつりスケベでちょっとだけ興奮を隠せない私がいる……! ふふふ……解釈違いだけどこれはこれで……!」


「はぁっ⁉ 私は常日頃からそういう事なんて全然考えていませんがっ⁉ それを言うんだったら悪に堕ちた魔法少女が正気を取り戻して自害して今までやらかした罪を雪ぐとかそういうパターンあるでしょう⁉ アレと同じですっ! それは推せるでしょっ⁉ 推しなさいっ⁉ 推せっ! という訳で私は死にますからっ! 貴女が推せるような最期をしますのでっ! それではどうぞ御達者でっ!」


「ぐっ……確かに私はそういうパターン好きだわ……推せるっ……! だけどね……! 私はハッピーエンドが好きなの! 魔法少女は死なない類のお話が大好物なの! それにね! 言わせて貰うけれど、貴女が死んだらこの街の平和はどうするの!? 誰が街の平和を守るの⁉」


「……っ! そ、それは……く、くぅ……!」


 それを言われると、私はどうしようも出来なかった。

 そうだ。私一個人のつまらない意地で、他の人を危険な目に遭わせるだなんて、そんな事は許される筈がない。


 例え、私が女魔王エクリプスだとしても、心は蒼天冷姫フィンブルだ。

 だから、人々の平和を魔王軍から守れるのは私1人だけ。

 それをまさか、目の前の女淫魔に諭されるだなんて、夢にも思わなかった。


「……すみません。少し取り乱しました。たかが非処女になった程度で……」


「いや、だから本当に処女は奪ってないってば」


「それは絶対に嘘ですよね」


「だから絶対にやってないのよ」


「ほぅ、では賭けますか」


「は?」


「私の処女膜があれば、私は貴女の言う事を何でも聞いてやります。魔王にでも性奴隷だって何だってやってやります。ですが、私の処女膜があれば、貴女は私の言う事を何でも聞きます。そんな賭け事です。簡単でしょう?」


「……フィンブルちゃんって、もしかして頭が悪かったりする?」


「ふっ、常日頃から情事の事しか考えていないような女淫魔に盤外戦術が出来るだなんて夢にも思いませんでした。とはいえ、まさかそんな揺さぶりで私の動揺を誘えるとお思いで? もしかしてチェスや将棋がクソザコであられる?」


「まさかこっちが逆に揺さぶられるとは本当に思ってなかったわ」


「で、どうするんです? 賭けますか、賭けないんですか」


「じゃあ、賭けるわね。フィンブルちゃんは絶対に処女。処女だったら私はフィンブルちゃんのヒモになるから」


「ふっ……まさか、こんな勝率0%の賭け事に乗るだなんて。やはり貴女は馬鹿ですね! 勝った! 魔王軍四天王のメズキメ、破ったり!」




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「……おかしい……絶対におかしい……なんであるんですか私の処女膜っ……! 魔王軍四天王に自害を命じて殺すチャンスだったのに……! なんでっ……! なんであるんですか処女膜っ……! はっ……! さては魔術とかそういうので処女膜を再生させましたね⁉ なるほど、だからあの賭けに乗って……! くっ、迂闊でした……! まさか盤外戦術の『ば』の字も知らないような貴女がそんな上手だっただなんて……!」


 ベッドの上で体育座りをしながら、賭けに負けた私はシーツの上で何度も『の』の字を書きながら、いじけていた。


 そして、そんな私の様子を憐れむように賭けに勝った彼女は眺めていた。


「フィンブルちゃんは想像力が本当に凄いわね……。もはやここまで来ると処女でいたいのか非処女でいたいのか分からなくなるわ……」


「魔王軍を根絶やしにして人々の生活を守る為なら処女膜の1つや2つが何だって言うんですかっ⁉」


「うーん、推せる。だけど頭が余りにも推せなさすぎる。いや、まさかのポンコツ属性と思えば推せるわね……」


「はぁっ⁉ 私のどこがポンコツって言うんですかっ⁉ これでもテストで1度も赤点になる30点以下を取った事はありませんよっ⁉ だって全教科赤点ギリギリですからねっ!」


「うわぁ、すっごくポンコツだったぁ……めちゃくちゃ勉強できそうな顔してるのにめちゃくちゃポンコツだったぁ……推せるぅ……」


 体育座りをしている私の真横で全裸の彼女が法悦とした表情を浮かべている訳なのだが、見ていて物凄くむかつく。


「あら、不満そうねフィンブルちゃん」


「不満に決まっているでしょう。だって、私はこれから永遠に堕天隷姫エクリプス・フィンブルとかいうふざけた存在なんでしょう。いくら変身解除って言っても変身解除出来ませんし……こんな姿じゃ学校にも行けませんし、買い物どころか期間限定のアイスを舐めたりも出来ません」


「あー、それはその首輪の所為ね。だったら今、それの効力をオフにしてあげるわね。要は首からずっと変身させ続ける為のエーテルが直に送り続けている訳だから」


 そういうと彼女は私の首輪に触れ――忌々しい堕天隷姫エクリプス・フィンブルの変身を解かせてくれた。


「……え? え? 変身が……解けた……?」


 何回も変身解除を試みて、絶対に無理だった呪われた衣装をこうも容易く脱ぎ捨てられたという事実に、私は喜びと驚きを隠せなくて、反射的にメズキメにお礼を言おうとして、止めた。


「これね、女淫魔族の秘宝なのよね。【エクリプスの首冠】っていう文字通りのチートアイテム。淫らに加工したエーテルを永遠に垂れ流して対象を無力化させる代わりに、体内がエーテルでいっぱいいっぱいになった相手を内側から暴走したエーテルで呪殺するっていう拷問道具。例えるのなら相手の体内に水を入れまくって風船みたいに破裂させる感じ?」


「物騒すぎません? よくもまぁ、そんなモノを私に嵌めてくれやがりましたね?」


「だけど、それは初代魔王エクリプス以外の存在が使えばそうなるだけ。本来の持ち主に使えば永遠に強大の魔力を流してくれる法外なエーテルブースターに早変わり。とはいえ、拷問道具としての側面が強いから女淫魔以外の存在には効力のオンオフが出来ないけれど」


「ほほぅ、そうですか。であれば外してくれませんか、そんな物騒なの」


「これね、拷問道具だから絶対に外せないのよね。相手がバラバラの肉塊になった時に回収しちゃおうって設定だから。逆に言えば、これを付けてずっと平気な存在こそが初代魔王エクリプスの転生体である……っていう事を裏付けるマジックアイテムなのだけど。だからこそ、首の冠。エクリプスの首冠って訳」


「……絶対に殺す気しかない拷問道具を果たして拷問道具と言っていいのやら……とはいえ、だから私がエクリプスだとかいう転生体だと断言出来た訳ですか……って、もし私がその転生体じゃなかったら私が死んでたのでは?」


「まぁ、理屈上では」


「……散々私を推しだとか何だとか言っておきながら殺す気ですか、貴女は……」


「という訳でフィンブルはこれからも魔法少女として活動するのであれば、女淫魔である私の存在が必要不可欠な訳。そして、その淫紋にルージュは私が死なないと解除は不可能……だからと言っても、私を殺したらその首輪の効果でフィンブルちゃんは永遠に悪堕ちモードから解除できないまま、一生を過ごす事になるのだけどね」


「待ちなさい。貴女の言った事が全て嘘だという可能性は?」


「まぁ、あるかもだけど……フィンブルちゃんなら、薄々は何となく分かっているんじゃないのかしら? 淫呪に混じってやってくる自分の記憶が、それが本当だって言っている気がしない?」


 認めざるを得なかった。

 理屈も理由も知らないから断言できない筈なのに、私の本能がそれが事実であると認めていた。


 恐らくも何も、彼女が言った事は全て本当なのだと……私の胸の中にある、闇色の何かが断じていた。


「んー、反応薄いわね。だったら、フィンブルちゃんの稽古もしてあげる。もっと強くなれるのもそうだけど、魔王軍も一枚岩じゃないのよね。というのも、最近になって現魔王様が暗殺されちゃってねぇ。今じゃ魔王の座に誰も座っていないの」


「……え? あん、さつ……?」


「で、我こそが魔王に! って存在……まぁ、私たち四天王の皆がフィンブルちゃんを狙っているって感じ? 内容は違えどフィンブルちゃんを利用する気満々なのは変わらないわね。初代魔王が好きな魔族もいれば、初代魔王が嫌いな魔族もいる。私はそういうのには興味ない中立派だけど、魔王軍にはそういう派閥があるのよねぇ……本当に面倒」


「派閥? てっきり魔王軍の全員が初代魔王とかやらを神輿として担ぐものとばかり」


「人間はそうじゃないでしょう? 魔族もそう変わらないのよ。で、初代魔王の転生体であるフィンブルちゃんがめちゃくちゃ弱いのが分かってしまえば、初代魔王が嫌いな派閥がこぞって人間界に行きたがるから本当に不味いのよねぇ」


「……ふむ」


「という訳で私は魔法少女フィンブルちゃんにやられてほしくないし、カッコよく魔王軍を倒してほしい。貴女も魔王軍にやられたくないし魔王軍を倒したい……ほら、利害が一致するでしょう? だから、稽古に情報提供だったり淫呪の緩和だったり何でもしてあげる代わりに私を養って? 推しの尊い姿を間近で見させて? そう悪い話じゃないと思うけど?」


 私は彼女の言い分を黙って聞いていた。

 彼女が言うとおり、確かにそれはそうかもしれない。


 確かに、私は弱い。

 戦う為の知識もないまま、3ヶ月もの間、自分の力をよく知らないまま何とか生き延びてきて、目の前にいる女に一方的にやられてしまった。


 当然ながら、このエーテルの力の扱い方を知っているであろう彼女に教えを乞えば、私はこの街を守る存在として格段に強くなれるのは、まず間違いないはずだ……が。


「だとしても……どうして? 貴女は魔王軍の、それも四天王でしょう。どうしてわざわざ敵に与するような事をするのでしょうか。余りにも都合が良すぎてスパイという考えも捨てきれません」


「敵、じゃないでしょう? フィンブルちゃんは初代魔王なんだから、それを護衛するってのも四天王としての仕事ではあるし、淫魔女王として己自信の快楽を重視した結果、魔法少女で推し活がしたいの」 


「サキュバスが魔法少女の推し活って……いや、まぁ、他人の趣味嗜好にどうこう言うつもりはありませんが……」


「私自体が魔法少女っていう存在の生き様が大好きなのよ。特に私はフィンブルちゃんが人生で最大最強の推しなの。実際こうして職務放棄して依怙贔屓してしまうぐらいにね? 私は貴女を特別扱いしたいの。世界の誰よりもね」


「ふん、スパイの言いそうな台詞ですね」


「言葉じゃ信用できない? ならフィンブルちゃんが今までに戦ってきた映像を盗撮した全てのデータを提示して、フィンブルちゃんがどれだけ尊いかを3日かけてプレゼンテーションすればいいかしら?」


「結構です。鼻息荒くしないでください。気持ち悪い……って、あぁもう鼻血を出して……ほら、このテイッシュでさっさと拭いてください、全く……」


 分からない。

 私は、彼女が分からない。

 だけど。


「ヒモ……でしたかね。なりたければ勝手になればいいんじゃないですか。私の家は広いですし、誰もいませんし、人1人が増えたところで別に何も変わりませんしね。とはいえ、様々な制約はつけさせて頂きます。基本的に私が上です。家主ですからね。貴女はヒモ。下です。一番下です。家主の言う事には基本服従。いいですね?」


 分からなかったから。

 私は、彼女が分からなかったから。

 私は、余りにも何も分かっていなかったから。

 私は、どうやって強くなればいいのかも分からなかったから。


 この3ヶ月間、誰にも魔法少女の事を相談できる筈もなかったから。


 いきなり現れたこの変で、綺麗な顔をしているのに気持ち悪い笑みを浮かべていて、眼から嬉し涙と鼻血を出している珍妙極まりない存在を私は、少しだけ、ちょっぴり警戒心ありで、信頼ではなく信用をしてみる事にしたのだった。


「やったあああああああああああああああああああああああああああ!!! 今日から私は推しのヒモよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「喜ぶのは結構ですが、それより先に四天王の情報を聞かせてください。もちろん、正しい情報を出来るだけ正確に吐いてくださいね」


「もちろん! と言っても今のフィンブルちゃんじゃ絶対に勝てない相手だから、名前と種族名だけでいいかしら? 基本的に全員が全員魔界最強の猛者の集まりだから下手に話してフィンブルちゃんに変な自信を与えさせるのもアレだし」


「構いません。それに私が四天王よりも強くなればいいだけの話です。ですので、どうぞ」


「オーケィ。今の四天王はそれぞれ火・土・水・風の属性を司っているわね。風は言わずもがな私、メズキメ。淫魔族最美にして現魔族最速」


 私は取り敢えず手元にあった紙で彼女の情報をまとめておくことにした。


「水は粘魔族……スライム。そして四天王の名前はオチェーアノ。粘魔族最大級群生生物にして現魔族最凶最悪。クソ女よ」


「……最凶最悪……?」


「趣味が悪いってコト。で、土は獣魔族。多種多様な種類がいるけども現四天王は人狼族のウルツァイト。獣魔族最賢にして現魔族最新最終兵器。獣魔族なのに獣魔族が大嫌いっていう変わり者にしてマッドサイエンティスト。歴代で最も獣魔族を殺した獣魔族でしょうね」


「……ウルツァイトは名前だけ何度か耳にしました。確か、戦闘員のスーツを開発しただとか……」


「ウルツァイトもオチェーアノも人間界を侵攻する気満々の過激派。とにもかくにもこの2人だけには絶対に気を付けなさい。最悪、フィンブルちゃんが殺されるかもしれないし、堕天隷姫エクリプス・フィンブルになったフィンブルちゃん相手でも目をつぶってでも瞬殺が出来てしまうほどの猛者よ」


「……そうですか。では最後の1人は……?」


「とっても穏健派で素敵で人間大好きな愉快なおじ様よ。火の四天王は吸血鬼。俗に言うところのヴァンパイア……本来であれば、火が苦手な吸血鬼なのに火を操れるという文字通りの規格外。名前をケーニヒスシュトゥール。吸血鬼族最古にして現魔族最強……というか、初代魔王様の直属眷属にして2代目の魔王様なのよね、彼」


「に、に、2代目……⁉」


「えぇ。初代魔王様がお亡くなりになられた1000年前にエクリプス様の後を継いで、魔界全体に平和をもたらした賢君中の賢君。とはいえ、その後に魔王の座を後継者に明け渡して隠居生活なさっていたのだけど……8代目になる現魔王が暗殺された後に四天王として再び表舞台に現れたのよね。今のところ、何事もなければ彼が魔王の座に再び座るだろうから、他の過激派にとっては目の上に出来たたんこぶ。人間界がまだ持ちこたえているのはおじ様のおかげと言っても過言じゃないわね」


「……つまり、今の魔界は火の四天王を打破すべく、土と水の四天王が結託していると……」


「そういうこと。ま、一種のどこにでもあるような派閥戦争よねぇ」





━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「……フィンブルちゃん……? ねぇ……フィンブルちゃん……?」


「何ですか」


「何であの魔法少女死んじゃうの……? 何で幸せそうなシーンから頭からぱくりって食われて絶命しちゃうの……? アレ殺す必要あった……?」


「脚本がそういう人ですからね。基本的にハッピーエンドは少ないです。私はそれがいいと思いますが」


「これが人間のやることなの……⁉」


 カップアイスをぱくりと食べながら、当時の記憶を思い返しながらも、今にも血の涙を流しそうな感情荒ぶる哀れなヒモに私は目を向ける。


 随分と、まぁ、魔法少女がお好きなようで。


「……魔法少女好きは、信じてあげてもいいかもですね……」


 私はそう判断しながら、スプーンで掬ったカフェオレのアイスを口の中に放り込む。


 ……甘い。


 アイスも、私も、何もかもが、本当に甘い気がした。

 正義の味方であるのであれば、私は全ての敵を消滅させるべき役割にあるはずだというのに、どうして私はそんな事をせずに目の前の悪をほったらかしにしているのだろう。


 自分でも、よく分からない。

 分からないけれど、今こうして、目の前の彼女を考え無しに否定して排除する事も、それはそれで悪のように思えてならない。


 ……自分でも、中途半端だという自覚はある。

 だけど、その中途半端がなんだか心地いい気がするのも否定できないのだ。


「本当に。何なんですかね、貴女は」


 ぼそり、とそう吐き捨てて。

 私は牛乳とコーヒーが、光と闇のように入り混じったアイスを再び口にする。


 子供の時から大好きなバニラの味と、子供の時では美味しさが分からなかったコーヒーの苦みが合わさって、絶妙な美味が口の中いっぱいに広がった。

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