蒼天冷姫フィンブル大苦戦⁉ 堕天隷姫フィンブル 闇の誘惑!(2/6)

 私の名前は瑠璃川るりかわ吹雪ふぶき

 正義の味方にして魔法少女、蒼天冷姫フィンブルとして毎日性懲りもなく現れる魔王軍の構成員たちと戦う日々を送っているだけの、どこにでもいるような中学生3年生の14歳である。


「……さて、今日の夕食は何を作ったものですかね……」


 当然ながら、フィンブルとして活動する最中で私は中学生活を営みつつ、日常の生活を送る必要性がある訳で、私は学校の友達を連れずに1人きりでレジ袋を両手で抱えながら帰路についていた。


「……エーテル使って移動したい……あれ早いし……いやでも、流石に隠れて変身するのはちょっと……それに買い出しする際に変身姿を店員さんに見られるし……前にそれしたら買った卵がぐちゃぐちゃになったし……」


 とぼとぼと帰りながら、私はレジ袋に入ったアイスに、イチゴアイス、チョコアイスにミントアイス、それからキャラメルアイスとコーヒーアイス、それから紅茶アイスと抹茶アイスなどと言ったフレーバーを箱で買い、自家製アイスを作る為に購入した卵と半額シールが貼られた牛乳に思いを馳せながら、何度目になるか分からない溜息を漏らす。


「……はぁ……」


 ようやく辿り着いた私の家の門の前で私は足を止める。 

 私の家……いや、私の祖母の家は東京都内では珍しいぐらい大きな純和風建築でかなり広大な面積をもつ元武家屋敷で、土地を巨大な石垣で囲んでいるという超豪華仕様。


 本来であれば、警視総監だった父と自衛隊の幹部だった母を幼い時に無くした私と祖母の2人暮らしだったのだけど、唯一の肉親である祖母は病院に入院中で不在。 


 なので、私1人で管理できそうにないぐらいにだだっ広いこの屋敷は、本当に私1人しかいなくて……だからこそ、深夜にこっそりフィンブルに変身して屋敷内にある道場で訓練が出来ていた訳だけど、それはそれとして、やはり心寂しいとでも言うべきだろうか。


 帰っても誰もいない家というのは、孤独を感じるぐらいなら帰りたくないけれど、フィンブルとしての活動をする為の休息をする為にも絶対に帰らないといけない――筈なのだが。


「……はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 どうしよう。

 本気で帰りたくない。

 帰れば大量のアイスが私を待っているというのに、帰りたくない。

 何で帰りたくないって、そりゃあ家にロクでもないヤツがいるからだ。


 そもそも、どうして魔王軍四天王のメズキメが我が家にいるのかという話になるのだけど、彼女が私の家に住みたいってお願いされたから、止むを得ず……というか、私が一度でも堕天隷姫エクリプス・フィンブルに変身してしまうと、


 元はと言えば、制服姿の今でも首回りを囲んでいる首輪から延々とエーテルが流れ続けてしまうのが原因であるので、その動きを制御すればいいだけなのだが、それをする為には他の第三者に首輪に触れて貰わないといけないという制約がある事を私は知ってしまった。


 だから、私はメズキメを利用するべく、家に住まわせているだけなのだ。


 そして、メズキメという魔王軍の中でも屈指の実力者相手に拷問……テレビゲームさせたり、ご飯を用意してあげたり、お風呂に入れさせてあげたり、オススメの魔法少女アニメを紹介したり……をすることで、魔王軍の弱体化を図っている。


「……あの居候っ……! くっ……! まぁ確かに⁉ 元はと言えば力不足の私が悪いですけど⁉ 真っ当に戦ったら一方的に殺されるような相手でしたけれど⁉ だからと言ってどうして私がこんな辱めをっ……!」


 制服姿の私はぷるぷると震えそうになってしまうが、私は平然を装うべく気合でそれを押し殺す。


 そもそも、今の段階でも少しでも興奮してしまえば、凍結封印させている下腹部に刻まれた紋様が全身に淫熱を送り込み、妖魔の口紅は私の魔力を吸い上げ、隷属の首輪が無理矢理に私のあの姿にする為の魔力を送り始めて強制変身させてくるのだから、例え本気で悔しくてもその感情を露わにしてはならない。


「……落ち着きなさい私。えぇ、落ち着くのです私。私はクール。めちゃくちゃにクールです。どれぐらいクールかって言うとそれは物凄くクール。余りにもクール過ぎてクラスメイト達から怖いって言われ、いつのまにか教室で孤立していたぐらいにクール。実際、今日も私はトイレでアイスを食べていたおかげで人目を気にせずトイレで変身して現場に急行できるぐらいにはクール……」


 今にして思えば、この淫呪たちがエーテルを感知できない人には見えないのは幸いだった。


 制服の上から透けていやらしく光る淫紋を見られるだけでも恥ずかしすぎるし、そもそも、口紅に首輪は校則違反だ。


 どうやっても解除できない淫呪を抱えながら、学校に登校した私は人に気付かれたらどうしようと危惧していたのだが、良くも悪くもこれらが人間界にはない代物であったという事に私は救われた。


 後、友達という友達が少ないことにも。

 悲しい事実ではあるけれども、もしも同性の友達が私の身体をコミュニケーションと称して軽く触られただけでも、今の私にとっては劇薬すぎて、感情が暴走して堕天隷姫エクリプス・フィンブルになってしまう自信しかない。


「……違うし……私ぼっちじゃないし……コミュ障じゃないし……やれば友達1000人とか余裕だし……まだそっちの方面に本気を出してないだけだし……そういうのに全然興味ないだけだし……本当だし……友達いなくても生きていけるし……そもそも魔法少女で忙しかったし……」


 これ以上考えるのは止めよう。

 このままでは身体が勝手に闇に包まれて堕天隷姫エクリプス・フィンブルになってしまう。


「……ふんっ、何を迷う必要がありますか。確かに私はあの女に敗れそうになって魔界に拉致されかけましたが、何だかんだで実質的には私が勝ちました。えぇ、私の勝ち。圧勝でした圧勝ですよ圧勝。しかも、相手はあの魔王軍四天王の1人のメズキメ。それに勝利したという事はこの戦いに5分の1勝ったのと同意義ですよ、流石は私」


 魔王軍最強の存在である4人のうち1人を倒したという実績は、内容がどうあれ、変わらない。


 今でも思い出せる。

 そう、あの時のヤツが私を本気で快楽に堕とそうと口の中に舌を入れてきて、その舌を力一杯に嚙んでやったあの事は絶対に忘れてなんかやらない。


「要するにアレは敗北者。えぇ、敗北者。私みたいな14歳の小娘に負けた敗北者。しかも、私の家に勝手に住み着くようなクソゴミダメダメヒモニートカス女。何を恐れる事があるというのでしょう」


 入りたくなかった状態から反転。

 私は意気揚々と敗北者の顔を拝みに、自宅の門を開けた――。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「んっ、やめっ……! メズキメ……! もっ、やめっ……! んっ……! やめなさっ……! ぅぁ……! ……もう本当に無理、だからぁ……!」


 それから10分後。

 私は自室のベッドの上で、欲望に敗北して堕天隷姫エクリプス・フィンブルに強制的に変身してしまい、クソゴミダメダメヒモニートカス女ことメズキメに襲われていた。


「ふふっ、でもそうして変身しているって事は……そういう事なんでしょう? 今のフィンブルちゃんは感情が荒ぶると変身魔術が制御できなくなって、自分からえっちな姿になるんだから」


 ベッドの上で仰向けになった状態で、私は玉のように大きな汗と涙を流しながら、それでも泣き声を出さずに私の上に跨った元凶を睨みつけて否定の声を出そうとして……すぐさま、自分の内側から出てくる衝動によって意志も声も蕩けてかき消されてしまう。


「声も出ないぐらい気持ち良い? なら良かった。その姿はフィンブルちゃんが負けて闇に堕ちたって証明なの。ベッドの上で敗者になったフィンブルちゃんは勝者の私に媚び続けてね」


「ち、違っ……! 負けてなっ……! 私、まだっ……! 堕ちてっ……なんか……いない、からっ……!」


「ふふっ……! そう、その顔! いいわぁ……! やっぱり生の魔法少女の諦めない表情っていうのは良いわねぇ……! 永久保存版だわぁ……!」


「な、何を訳の分からないこと言って……⁉ ぁっ……! それ強いっ……! 痛いっ……! やめてっ……!」


「やめて、じゃないでしょう? フィンブルちゃんから私にお願いしたんだから……やめてくださいメズキメ様、でしょう?」


「……っ。……や、やめて……ください……痛いから、やめてください……」


「ふぅん? じゃあ、どうして欲しいの?」


「……やさしく……してください……」


「メズキメ様は?」


「……っ! ……ぅ。……。……お願いします……やめてください……痛いから、もっと優しく、してください……メズキメ……様……」


「イイ表情。でも、今の私は淫魔女王でも魔王軍四天王でもなく、フィンブルちゃんの家に居候するヒモだから、そういうプレイは封印。私はヒモだからフィンブルちゃんを、たぁっぷり、ご奉仕して気持ち良くさせてあげる」


「っ……は、話が違っ……! や、やめてっ……! お願いだから、もうこれ以上、私に触らないでっ……! 頭、おかしくなるからっ……! 本当にやめて……くださっ……!」


「やめない。やめてあげない。だって、フィンブルちゃん。本当はもっと欲しいんでしょう? ほら、もっと自分に素直になってお願いしなさい? 気持ち良いから止めないでくださいメズキメ様って」


「そんなのっ、死んでも願い下げですっ……! こんなの、全然っ……! 気持ち良く、なんかっ……ありません……っぁ……からっ……!」


 先ほどから彼女が私の身体を触る度に、文字通りに意識が飛んでいってしまいそうになる。


 メズキメが私の頬を撫でる度に、私の腕を撫でるごとに、頭の中がどんどん真っ白になっていって、抵抗という抵抗が出来なくなってしまって、抵抗という選択肢が頭の中から消えていくかのような気持ち良さに全身が包まれてしまうのだ。


「でもねぇ。だからと言って普通のマッサージをしただけで気持ち良すぎて悪堕ちするのはちょっと解釈違いなのよねぇ。悪堕ちするのなら敵の手で無理矢理にさせられるのがそそられるのであって、自分から進んで悪に堕ちるのは本当に解釈違いなのよねぇ」


「うるさいっ……! 貴女のマッサージが上手すぎて気持ちよすぎるのが悪いんですっ……!」


「まぁ確かに3ヶ月もの間、1人きりで魔法少女活動していたら全身筋肉痛になっていてもおかしくないけれどねぇ? だからと言って軽く揉んだだけでえっちな悪堕ちフォームになるってクソザコ過ぎない? 身体が素直すぎない? フィンブルちゃんが怪しいマッサージ屋さんに騙されそうで私ちょっと怖いんだけど」


「う、うるさいですっ! 黙りなさいっ! この家の家主は私ですっ! 私が1番偉いんですっ! ご飯とお風呂にアイスを抜きにしてやりますよっ⁉ 分かりましたかこのヒモっ!」


「ふふっ、はーい、黙りまーす」


「ふ、ふん。分かればいいんです……んぁ……⁉ 痛いっ……! やめっ……! メズキメッ……! もっ、やめっ……! ぅ……! やめなさっ……! ぁ……! それ気持ち良すぎて、怖い……! 痛いのにっ、気持ち良くてっ……! 頭おかしくなる……! もうやめて、くださっ……! やだやだやだやだぁ……! 本当に、もう、駄目っ……!」




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「くぅ~! ニホンのご飯めちゃくちゃ美味し~! ニホン酒も美味し~! 推しが作ってくれたご飯が美味しい~! 駄目……! このまま光堕ちしたら……無職になっちゃう……! あぁでも推しのヒモになりてぇ~! もうなってる~! 推しと魔法少女アニメを見ながら飲むお酒サイコー!」


 何故だろう。

 メズキメが私にやってくれた全身をくまなく揉んでくれたマッサージの後、日々行われる魔法少女活動の所為で私の全身を絶えずに襲っていた筋肉痛が全て嘘のように消えていた。

 

 腕は上がり過ぎてこのまま空にまで飛んでいきそうな程の軽さで、脚は軽すぎて本当に地面に立っているのかが怖くなるし、視界はいつもの何倍も明るくて、魔法少女活動の所為で寝不足気味だったせいで全身を覆っていた倦怠感も嘘のように消えていた。


 実際問題、物凄く身体が軽くなった私は上機嫌でご飯を作れたし……彼女と共同生活をし始めて3日になるけれども、以前よりお肌がいつもよりもプルプルと弾力があるような……というか、なんか勝手にツヤ出てるし……気になっていたニキビも消えてるし……あのマッサージがこれから毎日経験できるのなら、彼女をこの家に住まわせるのは……まぁ……いいんじゃないかなって思う私がいる。


「……気持ち、よかった……」


 思わずぼそりとそう呟いてしまった私は、思わずはっとして、メズキメに聞かれていないかどうかで全神経を使う……が、私を気持ち良くさせてくれた当の彼女は魔法少女アニメに夢中であり、本当に助かった。


 あんな屈辱そのものの発言をもしも聞かれていたら……そう思っただけでも私の腹部に刻まれた淫紋の所為で、全身が熱くさせられる。


「特にあの金髪の魔法少女かわいい~! 頼れるお姉さんって感じで推せる~! ニホンってやっぱり魔法少女を娯楽で楽しめられるから最高の国家よね~! 魔界から襲って国家侵略して良かったわ~!」


「あ。その人、次話で頭から食われて死にますよ」


「なんでそんなネタバレを言うの⁉ 解釈違い! フィンブルちゃんがそんな事するだなんて解釈違いだわ⁉ でも冷たく言い捨てるフィンブルちゃん推せる! 着物姿のオフのフィンブルちゃんがめちゃくちゃ尊いから許してあげるわ!」


「無理。気持ち悪い。救いようが無い」


「ありがとう! 推しに罵倒されてすっごく嬉しいわ、私!」


「ひょっとして無敵ですか貴女」


 ジャージ姿でそんな事を言いながら、日本酒を飲む彼女は誰がどう見てもダメ女のソレだった。


 何て言えばいいのだろうか。

 彼女は例えるのであれば、親戚とか近所にいる無責任で自由奔放なお姉さんのような行動しかしないのである。


 どうして私はそんなダメでクズなカスみたいな女に一方的に弄ばれてしまうのだろうか……そんな事を思いながらも、物凄く軽くなった私の身体に、冷蔵庫の中に30時間ぐらい放置した冷えた唐揚げを口の中に放り投げ、冷凍保存してから常温に戻しておいた枝豆をポリポリと咀嚼し、大好物のエイヒレをかじり、味が無くなった頃合いを見計らってキンキンに冷えたウーロン茶で流し込む。


「……ふぅ……」


 冷凍食品は便利だ。

 魔法少女の活動で時間がない私でも作れるし、私は猫舌だから熱々のカップラーメンとかそういうのが苦手だし、冷凍食品は基本的に常温に戻して食するから火傷する心配もない。


「ところでフィンブルちゃん。少し質問があるのだけど」


「何でしょう」


「あれ、確かエアコンって言うのよね?」


「言いますね」


「めちゃくちゃ寒くない? 何なら外の方が温かくない?」


「5度に設定してますからね。当然ながら、寒いでしょう」


「何でそんな事するの?」


「誰かさんの淫呪の所為で私の身体が熱いからですが」


「そのまま悪堕ちしちゃえばいいのに」


「悪堕ちなんか絶対にしませんが」


 あぁ、本当に、私はどうしてこんな事をしているのだろう。

 互いの尊厳を賭けて勝負をした相手と、私の尊厳を奪うような呪いを掛けた相手と、どうして同じ屋根の下でこんな日常みたいな事をしているのだろう。


「本当に。何なんですかね、貴女は」


 ぼそり、とそんな事を吐き捨てて、私は冷水よりも冷たいウーロン茶で喉を潤しながら、夢中になって魔法少女アニメを幼子のようにはしゃぎながら見ている女淫魔を冷ややかに見る。


 ……余りにも、隙がありすぎる。

 今なら不意打ちで変身して、後ろから回り込んで、背中から錫杖を突き刺せば倒せる、けれど。


「……魔法少女らしくありませんね」


「え、何? どうしたの? 確かにあの黒髪の子は魔法少女らしくないけれど、そこが魔法少女らしくていいじゃないの! クールでかっこいいわぁ!」


「それラスボスですよ」


「だからネタバレしないでってば⁉」


「そうですか。ネタバレが嫌ですか。なら私の淫呪を解きなさい」


「だーめ。私は魔法少女が光と闇の狭間で苦しむ姿を生で見たいの」


「交渉決裂ですね。分かりました、では横から勝手にその魔法少女アニメのネタバレを全部やってくれましょう。後で後悔してくださいね」


 何度目になるか分からない溜息を吐きながらネタバレをして、私は何度も見て頭の中に叩きこんだ魔法少女アニメのネタバレを口から出し、彼女のリアクションに適当に相づちを打ちつつネタバレをし、横目で彼女の新鮮そうなリアクションを見たついでにネタバレを挟み、魔王軍四天王にして淫魔女王メズキメとの戦いの後に起こった事を思い返しなながらネタバレをした――。

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