第45話 ハイシアの弱点

「実際逃がすにしても、協力するつもりじゃないか、追い出すんじゃないかって言われはした。望みの叶う目途を示したから受け入れられたようなもの――なのに」


 ハイシアの沈黙をセルーナは急かさない。

 最も深い、海溝のような傷をハイシアが自ら明かすまでは待つ腹積もりだろう。あるいは、かつてこれ以上ないほど痛めつけた兄をこれ以上は傷つけなくない弟心か。


「どうして、あの世界に残ったのだろう」


 泡だて器を洗う手は止まっている。

 瞳孔は開いて、細かに震える。セルーナは溜息を押し殺して唇を噛んだ。


「――みんな」

「セルーナ、本は見つかった?」


 言葉を遮って、ハイシアはボウルを乱暴につかむ。

 器具にぶつかって、甲高く不快な音が鳴る。

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