第34話 星の巫女に導かれて

「──《星の聖戦士》たちよ、《星霊樹せいれいじゅ》へ集え」


 その言葉がビアンカの口から放たれたのと同時に、頭の中に青銀色せいぎんいろの光を放つ大樹たいじゅのイメージが映し出された。


「今の──!?」


 僕が声を上げようとするのを、ピーノが手を挙げて制した。《念話ねんわ》で他の仲間と会話しているようだった。


「今の樹の映像、他のやつらも見えたって言ってる」

「銀色の樹──《星霊樹せいれいじゅ》……?」


 戸惑いの表情を浮かべる僕にピーノがうなずく。

 しかも、イメージだけではない。全員がその《星霊樹せいれいじゅ》があるだいたいの場所、方角と距離などを認識できるようになっていたのだ。

 宙に浮いたままのビアンカの口から、同じ言葉がもう一度繰り返された。


「ビアンカ……いや、違う。あなたはいったい?」


 少女の瞳が開かれた。そこにあったのはいつもとは違う、澄んだ青銀色せいぎんいろの光を放つ瞳。


「わらわは《星霊樹せいれいじゅ》の意志──《星の巫女みこ》と呼ぶ者もおる」


 全身から青銀色せいぎんいろの光を放ちながら、少女は静かに言葉を続ける。


「すまぬ。本来であれば、わらわ自身がそなたらを導かねばならぬのだが、今は力を失ってしまっておっての。このように意識を失った幼子おさなごの身体を借りるのがやっとなのじゃ」


 ビアンカの身体を借りたという《星の巫女みこ》は淡々たんたんと言葉を続けた。

 良からぬ思惑おもわくの元、《星の聖戦士》召喚しょうかんが行われているのを察知していたが、力を失っていたことで、ささやかな干渉をすることが精一杯だった、と。


「とにかく、《星の聖戦士》たちには《星霊樹せいれいじゅ》へとたどりついて欲しい。そうすれば、わらわ自身も力を取り戻すことができる。そして、そなたらの未来をひらく手助けもできよう」


 突然のことに、その場にいた全員が、それぞれの表情で呆然としてしまっていた。

 そして、《星の巫女みこ》は最後に言い残す。


「最後にわらわの残り少ない力を、この幼子に与えよう。このような形で無理矢理身体を借りた、ささやかな礼だと思ってくれ──」


 その言葉を最後に、ビアンカの身体から光が消える。

 そのまま崩れ落ちる少女の身体を僕は慌てて抱き留めた。

 恐る恐る視線を落とすと、ビアンカの顔から赤みと苦しそうな表情が消え、呼吸も穏やかになっていた。


「キョウヤ兄ちゃん、ビアンカは……?」


 ずっと反対側の手を取っていたトビアが僕の顔を見上げてくる。


「わからないけど……なんか、熱も下がって落ち着いているようにもみえる……」

「あ、ああ、……ちょっと待て」


 驚愕から我に返った医者は再びビアンカの身体を調べはじめ、驚きの声を上げる。


「なんてことだ、完全に熱もひいている……《狂月病きょうげつびょう》ではありえないことです!」


 ○


 僕はビアンカを医者とキアーラたちに任せて、アルバート、ピーノとともに《念話ねんわ》を通じて他の《星の聖戦士》たちと相談を始める。


『──それでは、とりあえず《星の巫女みこ》殿の指示通り《星霊樹せいれいじゅ》を目指すことにしましょう』


 アストルの示した結論に、全員が同意を示す。


「あなたたちは《星の聖戦士》様だったのですね」


 ビアンカをていた医者が、僕のもとへと歩み寄ってきた。


「知らぬこととはいえ、失礼なことを申し上げました。お許しください」

「いえ、そんな!? こちらこそだますようなことをして、申し訳ありませんでした」


 慌てて手を振る僕に、青年医師は穏やかな表情で話しかけてくる。


「……ひとつ、提案です。私もここから先、《星霊樹せいれいじゅ》へ向かう旅に同行させてください。この子は《星の巫女みこ》様のお力で助かりましたが、今後のこともあるでしょう。私の力にも限りはありますが、子供たち、それに《星の聖戦士》様たちの助けになりたいと思いまして」


 僕がアルバートとピーノに視線を向けると、判断は任せる、と、それぞれの身振りで示してきた。

 確かに、子供や身重みおもの女性を抱えている中、医者が同行してくれるのは心強い。ただ、ひとつ気にしないといけないのは、同行を申し出てくれたことの真意だった。御者ぎょしゃのベルトルドのように途中で逃げられても困るし、最悪、この申し出自体が罠で、後々帝国軍へと裏切ってしまう可能性もある。

 不意に、頭の中にシリルの声が流れ込んできた。


『そんなに不安にならなくてもイイと思うぜ』


 一瞬、驚いたが、《念話ねんわ》がまだ続いていたことを思い出す。

 ツァーシュがシリルの言葉を補足した。


『その医者を今回連れてきたのも偶然であろう。しかも、アルバートが問答無用でさらって来たというではないか。敵の間者かんじゃである可能性はほぼなかろう』


 僕は《念話ねんわ》の中で皆に礼を言うと、怪訝けげんそうな顔でこちらを見ている青年医師に向き直る。


「──わかりました、お願いします。ただ、ここから先、苦しい旅の日々が続くと思います。それでも本当によろしいのですか?」

「はい、問題ありません」


 青年医師は僕の手を取った。


「私の名はパオロと申します。こう見えても昨年まで従軍医師じゅうぐんいしとして戦場に出ていたこともあります」


 そこまで言うと、医者──パオロはアルバートの方へ振り向いた。


「それに、私は奴隷商どれいしょうに無理矢理連れ去られたことになってます。家族たちも《星の聖戦士》様たちに協力したと帝国に疑われる心配もありません」

「ま、そーなるよね」


 アルバートが苦笑しつつ頭を掻く。

 僕は深々と一礼した。


「それでは、パオロさん。これからよろしくお願いします」

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