第33話 弱り目に祟り目

 逃避行とうひこうを続ける中、僕は、特に子供や女性たちの体調管理に気を配っていたつもりだった。

 だが、心身両面から追い詰められていく中、風邪かぜのような症状が流行はやりだし、発熱する子供も出てきていたのだ。

 そして、そんな子供たちの中にビアンカもいた。


「ビアンカ……しっかり……」


 紅潮こうちょうした顔を苦しそうにゆがませる妹の手を握る兄トビア。

 僕はその隣に膝をつくと、そっとビアンカの前髪を払って額に触れる。


「……熱い」


 それは想像以上の高熱だった。

 僕は後ろにいるアルバートとピーノへと振り返る。

 アルバートは赤毛をグシャグシャと搔き回しながら考え込んだ。


「しかたない、医者を連れてこよう。食糧はともかく薬がない」

「それに、やっぱり《こちらの世界》の病気はボクたちの知識では判断できない。危険はあるけど、専門家に助けてもらう方が確実だと思う」


 ピーノもうなずいた。もちろん、僕にも異論いろんはない。

 アルバートが立ち上がり、声を上げる。


「ベルトルド、悪いけど近くの村から医者を連れてきてもらいたいんだ」


 ベルトルドは、隠れ村から逃げ出した二台の馬車のうちの一台の御者ぎょしゃを務めている無口な青年である。馬車や馬を操る技量ぎりょうは確かなもので、悪天候の森の中も、彼ならば馬をって昼夜ちゅうや問わずに走ることが可能だと思われた。

 しかし、アルバートの声に応じて姿を見せたのはキアーラだった。

 困惑こんわくの表情で僕たちのもとへと歩み寄ってくる。


「その……ベルトルドの姿が見えなくて、それで、荷物の中からお金もなくなってて……」


 その返事に、アルバートは慌てて建物を飛び出した。

 少し遅れて僕たちも続く。


「……ふぅ、馬は残ってたか。ベルトルドも多少は気をつかってくれたんだな」


 アルバートは僕たちへ振り返って笑ってみせた。


「どうやら、ベルトルドには逃げられたみたいだな。お金はられたけど一部だし、馬や馬車は残していってくれたから、最悪はまぬがれたけど」

「でも、危険になったことは変わりない」


 そうピーノが指摘した。

 ベルトルドがここから逃げた以上、敵に居場所が漏れる危険性が高くなった。彼の良心を信じたいところだったが、《魔将軍ましょうぐん》と称されるカルミネのことだ。本人の意志に反して情報を聞き出すことも造作ぞうさもないだろう。

 アルバートが馬を一頭引き出して身軽に跨がった。


「医者はおれが連れてくる。ビアンカを医者にせたらすぐにここを離れよう」


 ○


 アルバートが近くの街から半ば拉致らちするようにして若い医者を連れてきたのは、ほどなく深夜に差しかかろうという頃合いだった。

 いつでも出発できるよう、ビアンカ以外の子供たちは外の荷馬車にばしゃ分乗ぶんじょうして休んでいる。

 今、建物の中にいるのは僕とアルバート、ピーノの三人とキアーラ、苦しそうにあえぐビアンカと心配そうに妹の手を握るトビア、そんな二人をジッと見守るフルヴィオ。そして、アルバートが連れてきた医者を含めた八人だけだった。


「……どうだ? 治療できそうか?」


 アルバートが医者の隣にしゃがみ込んで問いかけるが、彼は小さい眼鏡を押し上げながら頭を横に振る。


「これは《狂月病きょうげつびょう》の症状です。感染の危険はありませんが、高熱が体力を蝕み、そう遠くない先に命を落としてしまうでしょう」


 その言葉に周りにいた僕たちは息を呑んでしまう。

 アルバートが医者の肩を掴む。


「なんとかならないのか! あんた医者だろ!? 薬とか何かで助けられないのかよ!」

「無理です」


 医者は無慈悲に吐き捨てるとアルバートの手を強く払った。

 僕は真剣な面持ちで医者に頭を下げた。


「頼みます、あなたしか頼れる人はいないんです。僕はこの子の父親と約束したんです、無事に家に送り届けると……」


 その言葉と態度に、医者は何かを感じたようだったが、それでも答えは変わらなかった。


「無理です、熱冷ましの薬草を使えば多少は苦しみを和らげることができるでしょうが、最悪の結末は変えられません。例え、今、あなたたちにこの場で殺すと脅されたとしても、この子を救うことは不可能です」

「そんな……」


 僕は落胆らくたんのあまり、力なく両膝をついてしまう。

 トビアが必死に訴えるような視線を向けてくるが、すべはない。


「ビアンカ……ごめん、僕がふがいないせいで……」


 そう呟きながら、僕は再びビアンカの額に触れる──


 その時だった。

 急にビアンカの全身が青銀色せいぎんいろの光に包まれたのだ。


「なんだよ、これ!?」

「知りません、わかりません!」


 アルバートが医者の襟首えりくびを掴んで揺さぶっている。

 僕が慌てて手を握ろうとした瞬間、ふわりとビアンカの身体が宙に浮き上がった。


「──《星の聖戦士》たちよ、《星霊樹せいれいじゅ》へ集え」


 その言葉がビアンカの口から放たれたのと同時に、頭の中に青銀色の光を放つ大樹のイメージが映し出された──

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