第32話 隻眼の魔将軍は復讐の刃を振り回す

 少年将軍カルミネ率いる追っ手から、かろうじて危地きちを脱した僕たちだったが、その後、アストルやシリルたち──他の二隊と完全にはぐれてしまい、各地を転々とする日々を送っていた。


「このままじゃ、ぶっちゃけジリひんだよね」


 しとしと雨が降る森の中、雨よけのほろを張った馬車の荷台の中で、ピーノが両耳を手で軽くふさいだ格好で口を開く。

 これは、遠く離れた場所にいる他の《星の聖戦士》との会話──《念話ねんわ》をするときのしぐさであることを、向き合って座る僕やアルバートは知っていた。


 今、僕らが滞在している場所は、アルバートたちが事前に作っておいた隠れ家の一つだった。簡易的ではあるが、一行が全員入れるくらいの建物があり、その中には食料や衣類、少量の金銭が蓄えてあった。


『──はい、ピーノ殿のご指摘通り、我々も相当に厳しい状況に追い込まれています。特にシリル殿たちは連戦に次ぐ連戦で』


 アストルの声が僕とアルバートの脳裏にも響く。

 ピーノが《そら》の加護を広げて、八人の《星の聖戦士》全員の意識を統合する。これにより、離れた場所にいても全員が一つの場所に集まって会議のように話し合うことができる。


『せやな、正直キッツいわ。なんやの、あの敵将てきしょう。意地が悪いってレベルやないって、あれ』


 トモが大きなため息交じりに愚痴ぐちる。


 ──ジワジワといたぶってやる、アンタらを絶望のどん底へと叩き落としてやる。


 敵将──カルミネは、僕たちにぶつけた言葉を着実に実行していた。

 当初の予定では、シリルやトモ、ラースが率いる主戦力で兵士の詰め所や野盗やとうのアジトなどを襲い、早い段階で新しい拠点を奪い取り、他の二隊も合流する目論見もくろみだった。

 だが、カルミネは兵士たちだけではなく、街や村の住民や商人、旅人、さらには盗賊などの裏社会の人間まで恐怖で縛り付け、完全に掌握しょうあくしてしまったのだ。

 そのため、表立って動くシリルたちの足取りは完全に捉えられてしまい、拠点を確保する度に軍を差し向けて叩きつぶされる──ということを繰り返していた。

 シリルがイラつくように声を吐き出す。


「アイツら、やることがえげつないんだ……クソッタレ!」


 カルミネのやり口は容赦がなかった。

 例えば、まったく関係のない村に軍隊を向かわせて、住民をすべて拘束する。

 その上で、近隣の村や町の人々に、こう告げるのだ。


「《星の聖戦士》の一党いっとうどもが期限までに出てこなければ、この村一つ燃やし尽くす、と」


 当然、あからさまな罠であるし、シリルたちも「はい、そうですか」などと、のこのこ出ていくわけにもいかない。民衆もそのことはわかっているので、カルミネたちのやることを冷ややかに見ていた。

 そして、期限が過ぎた。

 《星の聖戦士》の一行もあらわれず、カルミネたちの策は失敗に終わった。

 あとは、せいぜい見せしめに何軒かの家に火を放って、他の方法を考えるだろう。我慢していれば嵐は去ると人々は息を潜めていた。

 だが、その予測は激しく打ち砕かれる。


『──じゃ、やっちゃって』


 カルミネは無邪気むじゃきな笑みを浮かべたまま、村全体に火を放つように命令を下す。

 さらには、村の全員を閉じ込めた建物も同様に──と。

 文字通り、村一つをまるごと焼き払ったカルミネは、今度は違う村へと移動し、同じように布告を発する。

 さすがに、この暴挙ぼうきょを見過ごすことはできないと、シリルとトモが二人だけで村へと向かう。


「まあ、いったん捕まったとしても、村の人たちの危険を排除した上で、脱走なりなんなりすればいいと思ったんだけど」


 しかし、そんな彼らの前に立ちはだかったのは、女子供を人質に取られ、《星の聖戦士》を殺せと命令された村の男たちだった。


「シリル、こりゃアカン! 今は退くしかない!」

「いったい何がしたいんだ!? クソッタレ!」


 すべもなく逃げることしかできなかった二人。

 しかも、そんな彼らに追い打ちをかけるように、《星の聖戦士》を逃がした罰として、その村の人間すべてが、前の村と同じように焼き殺されてしまったのだった。


 《隻眼せきがん魔将軍ましょうぐんカルミネ》──右眼の傷と、容赦のないその行いに人々は恐怖に怯え、そう呼ぶようになっていた。


「……街や村の人たちは、もうアテにできないからなぁ」


 アルバートがぼやく。

 カルミネの絶対的な恐怖に支配された人々は、僕たち《星の聖戦士》一行に表立って協力することができなくなっていた。それどころか、我が身かわいさに、積極的にカルミネの手足となって働こうとする人たちも増えているくらいだ。


「食糧はあとどれくらいあるんだっけ?」

「そうだな、残り一週間分くらいは大丈夫だけど、その前に次の避難場所へ移動しなきゃ──」


 念話をいったん終えて、僕とアルバート、ピーノが馬車の荷台から降りようとしたとき、建物の中から子供のひとり、フルヴィオが飛び出してきた。


「キョウヤ兄ちゃん、大変だ! ビアンカが!!」

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