第31話 立ちはだかる少年将軍カルミネ

「んじゃ、サッサとやっちゃうね。抵抗してもイイよ、ムダなあがきってヤツ、僕の好物だから!」


 その言葉と同時に、カルミネは無造作むぞうさに剣を振り下ろした。

 間合いの外だったけど、僕は《魔皇まおう》と対峙したときの記憶を思い出して、身体の前に《星霊銀ミスリルつるぎ》を構えて強く握る。

 絶対に衝撃波か何か、魔法的な攻撃が来る!


「うああああっっ!」


 今まで出したことのない大声を張り上げ、剣のつかを強く握って気合いを入れる。

 瞬間、青銀色せいぎんいろ障壁しょうへきが僕を中心に展開し、カルミネの剣──鋼線こうせんに繋がれたいくつもの刃がムチのようにしなりながら叩きつけられてくる。


 ──シャギシャギシャギッ!!


 細かい光の飛沫ひまつが飛び散ったが、障壁はカルミネの刃を防ぎきった。

 カルミネが嬉しそうな声を上げる。


「やっぱり、そうこなくっちゃ! どこまで耐えられるか試してみなよっ!」


 そう言い放つと、僕が張った障壁に向かって、連続攻撃を繰り出すカルミネ。

 素早く激しい動きに圧倒される一方で、華麗な舞いのようにも見える少年将軍の攻撃。

 だが、僕はその動きを堪能たんのうする余裕はなく、力と精神力を総動員して、《星霊銀ミスリルつるぎ》にすべてをゆだねることしかできなかった。


「なかなかやるね──でも、いつまでからに閉じこもってるつもりなんだよっ!」


 最初は余裕の表情だったカルミネも、無限に続くかと思われる僕の守勢しゅせい苛立いらだちの色を隠せなくなってくる。

 僕は腹をくくった。

 カルミネが攻撃をいったん中断して距離を取ったタイミングで、《星霊銀ミスリルつるぎ》の構えを変える。


「思い出せ……戒理かいりの剣……」


 《むこうの世界》で何回も見てきた、おいの剣道の試合を脳裏のうりに再生する。


「あはっ、守ってるだけじゃ意味がないってこと、ようやくわかったんだ」


 カルミネは剣を持つ手を後ろに下げると、反対の腕を前に突き出してきた。


「いいよ、その力みせてみなよ。僕の盾を破れるものならやってみろ!」


 その声とともに、光り輝く障壁がカルミネの前面に展開する。

 僕は静かに息を吸い込みつつ剣を振り上げ、気迫きはくとともに一気に振り下ろした。


「はぁっ!!」


 瞬間、僕は自分の目を疑った。

 振り下ろされた《星霊銀ミスリルつるぎ》から青白い刃のような光が撃ち放たれ、まっすぐにカルミネへと向かっていく。


 ──シャギイィィンン!!


 金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響く。

 光の盾と青銀せいぎんやいばが激しくぶつかり合い、無数の光の粒が宙に舞う。


「なんだ、このちから……うぎゃぁっ!?」


 カルミネの叫び声が悲鳴に変わる。

 砕け散る光の盾。

 身をよじるように刃をかわそうとするカルミネ。

 間に合わず、右眼のあたりから吹き出る真っ赤な血。


「うぐあぁぁぁ……」


 カルミネは顔を押さえてうずくまる。


「──カルミネ様っ!!」


 何人かの兵士が異変を察して、カルミネを守ろうと突入してくる。

 だが、少年はそんな兵士たちへ怒声を放つ。


「よけいなことをするなぁぁぁぁっ!!」


 カルミネはふらつきながらも立ち上がり、ゆっくりと僕へと向かって歩いてくる。

 一方、僕は完全に気を呑まれたのか動くことができずにいた。

 自分の放った攻撃が、相手の、しかも敵とはいえ幼い少年を傷つけてしまった。

 相手の傷からは、まだ鮮やかな赤い血が流れ出し続けている。


「あ、あ……」


 早く治療しないと大変なことになる、と、僕の頭の中で警告が響く。

 敵の少年の足取りはおぼつかなく、いつ倒れてもおかしくない。でも、相手は敵だ。僕や子供たちの命をなんとも思ってないヤツなんだ──そんな思いが錯綜さくそうするが、いざ、自分が次にどう行動すべきか、そこまで考えることができない。

 完全にフリーズしてしまった僕に向かって、カルミネは何度か体制を崩しながらも、ついには剣を振り上げる。


「死ねぇぇぇっ!」


 僕は反射的に目を閉じる。

 だが、剣は振り下ろされてこなかった。

 恐る恐る目を開けると、僕の前に小さい影が立ちはだかっていた。

 肩に小鳥を乗せた子供──


「フルヴィオ!?」

「オマエェ、なんのつもりだ!?」


 激昂げっこうしたカルミネが剣のつかでフルヴィオの頬を殴りつける。

 衝撃で吹き飛ばされるフルヴィオ。だが、口元から血を流しつつも、再びカルミネの前に立ちはだかる。


「──!?」


 ここでようやく我に返った僕が、後ろからフルヴィオを抱きかかえる。


「キョウヤっ!!」


 後ろからアルバートの叫び声が聞こえた。

 だが、間に合わない。

 カルミネの剣が振り下ろされる──と覚悟した瞬間。


「……オマエ、イイ度胸してるね」


 怒りをみ殺すような声が頭の上から降ってきた。


「イイよ、行きなよ。今は見逃してあげる」


 その声に僕が顔を上げると、血に濡れた右眼のあたりを押さえ、怒りに歪んだ表情を浮かべた少年の姿があった。


「オマエらは絶対に許さない。今、オマエたちを逃がすのは、これからもっと大きな苦痛を与えてやるためだ。ジワジワといたぶってやる、アンタらを絶望のどん底へ叩き落としてやる……もちろん、わかってるよね……」

「──キョウヤ、ボーッとしてるんじゃねぇ!」


 アルバートがその場に駆け込んできて、地面に手を当てる。

 すると土砂が波打つようにして、カルミネたちの足許あしもとすくい、後方へと押し流していく。


「カルミネ様っ!」


 兵士たちは馬車や僕たちを放置してカルミネを追う。


「いくぞっ!」


 そのアルバートの声に押されて、僕はフルヴィオを抱えて馬車へと飛び乗る。


「やってくれ!」


 アルバートの指示でキアーラとベルトルドが馬車を走らせた。

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