第30話 逃げ出した! だが、まわりこまれてしまった!

 ツァーシュが立案した逃亡計画は、いたってシンプルなものだった。


 戦える大人や年長の少年たち約六十人を、シリル、ラース、トモが率いて敵軍と交戦、注意を引きつける。

 その間に、自分の足で逃げることができる女子供、老人はアストル、ツァーシュとともに山を越えて脱出。

 そして、動くことが難しい病人や乳幼児、その母親や世話役の女性。それに加え、帝都から救出した地理に不慣れな子供たちを馬車に乗せて脱出するという手はずだ。


「《》の加護……地味なイメージあるけど、結構スゴいよね……」


 荷台の上から、後方を見送りながらつぶやく僕。

 アルバートが《地》の加護を使って、馬車が駆けるタイミングに合わせて荒れた道路を整えていく。

 そのおかげで、馬車の振動は最小限に抑えられているし、速度も上がる。さらには、通り過ぎた後の道は適度に地面を盛り上げたりして、車輪の痕跡こんせきをごまかしてしまうという完璧な仕事ぶり。


「ええ、《星の聖戦士》さまたちのお力は本当に素晴らしいですよ」


 そう応えてくれたのはキアーラさんだった。

 僕は武装した彼女にチラリと視線を向ける。


「君は戦えるんだ……」


 その言葉にキアーラさんは、任せなさいとばかりに腕を曲げてみせる。


「ええ、こう見えても子供の頃から剣や弓を使っていましたから。《星の聖戦士》さまたちに出会う前は隊商たいしょうの護衛をしていましたし、そこらの野盗やとう魔獣まじゅうくらいでしたら、簡単に斬り捨ててやりますよ」

「頼りにしてるよ」


 この先、もし、この一団が戦闘に巻き込まれたとして、僕は動くことができるだろうか。

 《むこうの世界》でも戦争や紛争ふんそうは起きていたが、僕が生活していた国──日本は、それらの争いとは縁がない平和な社会だった。当然、人を傷つけたり殺したりするということを想像すらしたことがない。


「でも、僕……いや、この子たちが危険にさらされたら」


 頭の中で、さまざまな考えがぐるぐる回り続ける。

 今すぐにでもしっかり答えを出さないといけない。でも、心情を整理することもできない。

 僕は焦燥しょうそうと恐怖に心を握りつぶされそうに感じていた。


 ──そして、その時は容赦ようしゃなくやってくる。


 前の馬車からピーノが大声を張り上げてきた。


「マズイ! 少数だけど、敵がこの先に待ち構えている!」


 ○


 ツァーシュの策は成功していた──かに見えた。

 だが、僕たちが逃げる先にいる騎兵の一団は、その策を看破かんぱしていたのだろうか。


「チィッ!!」


 アルバートが音高く舌打ちし、馬車を止める。


「キアーラ! ここを頼む!!」


 そう声を上げると、返事を確認せずに、御者台ぎょしゃだいに乗せていた長い木の棒を手に取り、敵の中へと向かって飛び込んで行く。


 ──グバァッ!!


 鈍い轟音とともに的の騎馬隊きばたいの足もとの土が盛り上がり、馬たちが混乱におちいった。

 そこへ棒を振りかぶって突入したアルバートが、何人かの騎兵きへいをまとめて地面に叩き落とす。


「キョウヤ様! こちらの馬車はお任せします!」


 キアーラさんも僕の返事を待たず、前の馬車へと向かっていった。

 突然の状況の変化に怯える子供たちに、大丈夫だからと声をかける僕だったが、その僕自身も襲いかかってくる恐怖に必死にあらがっている状態だった。

 なので、予想もしない方向から声をかけられたとき、僕は自分の心臓が口から飛び出すのではないかというくらい驚いた。


「ねぇ、《星の聖戦士》って、今、あっちで必死に頑張ってるヤツだけなのかな?」


 僕が慌てて振り返ると、敵兵とは反対側、馬車の後方からマント付きの立派な鎧を身につけた美少年が抜き身の剣を片手に歩み寄ってくるところだった。


「僕が聞かされた話だと、陛下へいかに逆らって逃げ出した《星の聖戦士》って、若い大人ってことらしいんだよね──そこのアンタみたいな」


 そう言うと、その美少年が剣の切っ先をこちらに向けてくる。


「……五大将軍ごだいしょうぐんカルミネ」


 子供たちの誰かが怯えたように呟いた。

 その呟きを、目の前の美少年は否定しなかった。

 逆にニヤリと凄惨せいさんな笑みを浮かべる。

 五大将軍──話には聞いているが強大な力を持つ恐ろしい敵だと言うことに間違いはない。

 なんとか、この場を切り抜ける方法を考えないと──と、焦る僕。


「帝都から逃げ出した《星の聖戦士》っていうのは、たぶん僕のことだ」


 背中の《星霊銀ミスリルつるぎ》を抜きながら、僕はゆっくりと荷馬車から降りてカルミネに相対あいたいする。

 カルミネが無邪気な笑みをみせた。


「じゃあ、アンタがキョウヤってヤツか。確かに毒にも薬にもならないって顔してるね」

「参考までに聞いておきたいんだけど、もし、僕がおとなしく捕まったら、他の皆を見逃してくれたりするのかな?」

「うーん」


 少年将軍の笑みが深くなる。


「それはムリだね、《》の《星の聖戦士》キョウヤは殺すことになってるし、子供たちは次の《聖戦士》召喚のにえになる予定だから」


 ──交渉決裂。


 「まあ、そうだよね」と僕は口の中で小さく呟く。

 この目の前の少年は、まともに話を聞くタマには到底見えなかった──

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