第29話 三十六計逃げるにしかず

「ムリ、ありゃぁムリ。逃げるっきゃない」


 シリルがお手上げといったふうに両手を挙げる。

 《星の聖戦士》たちと子供たち、それに村の住民たちが集まった集会場に緊張が走る。

 先程、《隠れ村》から偵察ていさつに出たシリルは、ほどなくして遠くにの帝国軍の姿を認めたのだった。


土煙つちけむりが大きく舞い上がってたからな、たぶん騎兵きへいだと思う。だとしたら、ここまで一日かからないぜ」


 そのシリルの言葉に、隣に座っていたピーノが目を閉じたままうなずいた。


「……当たり、騎兵ばかりの部隊だね。数は千騎せんきくらいかな」


 床の上に置いた簡易的な地図の上に石を置いていく。

 彼の《そらの加護》のひとつ──《俯瞰ふかん能力》。

 自分の位置を中心に、まるで空から見渡すかのような光景を脳裏のうりに描くことができるらしい。

 ピーノ曰く、《むこうの世界》でいう衛星画像を用いた拡縮自在な地図のようなカンジとのことだった。しかも、リアルタイムで情報が更新されていく──もっとも、その説明を理解できたのは僕だけだったが。


「山道だから進軍しんぐん速度も落ちるし、山の中から襲いかかって混乱させることもできるとは思うけど、どうする?」


 そう問いかけるピーノに、アストルは目を閉じて頭を振った。


「……ピーノ殿のお見立て通り敵兵が千人だとすると、抵抗したところで勝てる見込みは少ないです。ここは逃げの一手しかないでしょう」

「え、この村を捨てるの?」


 思わず口に出してしまってから、僕はしまったとやんだ。

 まだ、この村に加わったばかりの新参しんざんなのに、余計よけいな口を挟んでしまったと思ったのだ。

 だが、アストルはいつもの笑顔のままだった。


「ええ、確かにもったいない気持ちはありますが、今の私たちにはここを守り切る力はありません。加護の力といえど残念ながら万能ではないので──ツァーシュ殿、例の策で行きましょう」

「ああ、承知した」


 アストルに名指しされ、ツァーシュが立ち上がる。


「前に皆に話した通りだ。村の住民を三隊に分けて脱出する。帝都ていとから救出してきた子供たちもいるから、再編する必要もあるが、今、この場で決めてしまおう──」


 ○


 ツァーシュが指示した編成は以下の通りだった。

 第一部隊は幼い子供と母親、それに帝都から逃れてきた三十人の子供たち。

 第二部隊は年長の子供たちに女性、それに老人たち。

 第三部隊は戦える一定以上の年齢の男子と大人たち。


「キョウヤは第一部隊に同行してくれ」


 ツァーシュの要請ようせいに、僕は素直にうなずく。

 皇宮こうぐう脱出の時と同じように、他の仲間にすべてを任せることに決めた。

 僕が加わる第一部隊は、二台の馬車に幼児や赤ん坊、それらの母親。それに帝都からの子供三十人が分乗することになる。

 リーダーはアルバート、一台目の御者ぎょしゃも兼ねる。

 そして、僕とピーノがサポート役となり、他に護衛役として女剣士キアーラ、もう一台の御者ベルトルドというメンバー構成になった。


「よろしく頼むぜ、キョウヤ。おれたちの目的はとにかく逃げ切ることだ」


 そう言いながら、アルバートが僕の肩に手を回してくる。


「一応、避難先は一時的なものだが、いくつか用意してある。とりあえずは、そこを目指そう」

「そうだね、場所も確認したし大丈夫、道案内は任せて」


 アルバートの反対側にピーノが立つ。


「あと、言っておくけど、ボクは周囲の状況監視と皆との連絡に専念しないといけないから、いざというときの戦力にはなれないからアテにはしないでね。そこんとこよろしく」


 ピーノの言葉を受けて、肩越しに《星霊銀ミスリルつるぎ》に視線を向ける僕。

 いざとなったら、自分も剣を取らないといけない──そのことはわかっているつもりなんだけど、果たして、身体が動いてくれるだろうか。

 いや、それ以前に人と戦う、殺し合うことについて心がついていくのだろうか。正直言って不安どころの話ではない。

 その心情を察したのか、アルバートが僕の背中を叩いて明るい声ではげましてくれた。


「なあに、あまり怖がらなくても大丈夫さ。万一の時は、おれの《》の加護で皆を守るし。それに、そもそもピーノの力があれば敵に会わないように逃げられるよ」


 お気楽なアルバートに、ピーノが小さくため息をつく。


「……そんな簡単な話じゃないんだけど。まあ、ボクだって戦うのはイヤだからね。そうならないようにせいぜい頑張るよ」


 アルバートはニヤリと笑うと、ボクとピーノの手を取って力強く握ってきた。


「んじゃ、なにはともあれ、気楽に頑張っていこーな」


 後ろから剣をいた軽鎧けいよろい姿のキアーラが準備できたと声をかけてくる。

 僕たち三人は互いに視線を交わしたあと、それぞれ笑みを浮かべて馬車へと向かった。

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