第28話 向き合うことの第一歩、僕はもう逃げない

 が昇り、人々が起きだしてきたことで、《隠れ村》の中に活気が出始めた。

 僕はアストル、ツァーシュと共に、泉を離れて近くにある大きな建物へと向かう。

 そこは、村の集会場兼食堂になっており、普段の食事の時間になると、村の住人はここに集まることになっているそうだ。

 集会場の一角には、すでにやってきていた他の《星の聖戦士》の仲間たちが座を占めている。


「──え? 敵? こんな早く?」


 この《隠れ村》の近くに敵軍がやってきている──それは、今朝早く偵察ていさつに出たトモがもたらした報告だった。


 水車小屋からこの《隠れ村》まで子供たちを連れて逃げる間、シリルの《つき》の加護で一行の姿を周囲からくらましていた。

 また、移動の痕跡こんせきについても、足跡あしあとはアルバートの《》の加護で、匂いや声などはラースの《かぜ》の加護で消しながら進んできたのだ。

 しかし、それだけ念を入れたにも関わらず、今朝早く、偵察に出たトモが追っ手と思われる兵士たちの姿を確認した。しかも、軍団規模の兵士たちを──


「まあ、まだ見つかってはいないはずやけどな。一応、この《隠れ村》への道もシリルが目くらまししておるし」


 そのトモの言葉にうなずく僕たち。

 とりあえずは、交替で偵察に向かったシリルの報告を待つことにして、それぞれの持ち場へと散っていく。

 だが、僕だけは、まだこの村に来たばかりだ。そもそも、召喚されて間もないこともあって、あえて役割は割り振られなかった。

 そんな手持ても無沙汰ぶさたな表情で立ち尽くす僕に、アストルが声をかけてくれた。


「とりあえず、ここの村の人たちの生活を見ていただいて、まずは慣れることを考えてください」

「あ、うん……」


 僕は小さくうなずいた。

 おそらく、その上で自分ができることを見つける、というところまでがセットなのだろうと自分に言い聞かせる。

 そこで、僕はひとつ──ずっと棚上げにしていた課題を済ませることを決意した。


 ──ピアージオさんの子供、トビアとビアンカに真実を話すこと。


 そのことをトモに相談すると、何か言いたげな表情になったけど、結局は何も言わずにキアーラという村人の元へと僕を連れていってくれた。

 彼女はトビアとビアンカが所属するグループの面倒を見ている女性とのことだ。


「話は聞いているわ。その……余計なことかもしれないけど、あたしが代わりに伝えてもいいのよ?」


 キアーラさんは僕と同世代くらいの若い女性で、質素ではあるが鎧と剣を身につけていた。《隠れ村》の用心棒ようじんぼう的な存在も兼ねているとのこと。


「うん、ありがとう。でも、これは僕が伝えないといけないことだと思うから……」


 今回、僕たちと一緒にのがれてきた子供たちは、まだ疲れが完全に抜けきっていないし、隠れ村にも馴染なじめていない。そのため、ほとんどの子供たちは、泉のほとりの草むらの上に所在なげに座り込んでいた。


「ビアンカちゃんとトビアくんは、ほら、あそこ」


 すでに、全員の名前と顔を覚えたというキアーラが、集団から少し離れたところにいる兄妹きょうだいのもとへと僕を案内してくれた。


「あ、《ほしのせいせんし》のお兄ちゃんだ!」


 妹、ビアンカの方が僕の姿に気がついて顔を上げると、隣にいた兄のトビアもつられて振り向いた。

 二人の側にはフルヴィオという少年もいる。

 僕は兄妹きょうだいと視線の高さを合わせるように草むらに片膝をつく。


「その……君たちのお父さん、ピアージオさんのことなんだけど……」


 そう切り出した僕だったが、すぐに言葉に詰まってしまった。

 トビアとビアンカが正面から見つめてくる。

 僕は目をそらしたい衝動に駆られたが、自制心じせいしんを総動員して兄妹を正面から見つめる。


「ピアージオさんは、僕のことを助けてくれたんだ。でも、その時、魔物まものに襲われて……」


 声が震える。

 トビアが僕のズボンのすそをギュッと掴んできた。


「もしかして……お父さん、もう帰ってこれないの?」


 同じようにビアンカも、もう片方の足にしがみついてくる。


「……お父さんに、もう、会えない……の?」


 何も言えない僕の様子から察したのか、兄妹は僕の足を掴んだままうつむいてしまう。

 だが、少し様子がおかしいことに僕は気づいた。ふたりとも肩をふるわせているが、泣き声は一向に聞こえてこなかったのだ。

 隣に立つ、フルヴィオが僕の戸惑いに気づいて、そっと呟いた。


「ぼくたち──もう、泣かないって、決めたから……」


 その言葉に、僕は慌てて兄妹へと視線を落とす。

 ふたりの身体が震えていたのは、今にも泣き出しそうになるのを全力でこらえていたからだった。

 僕はそんなふたりを両腕で抱きしめた。


「僕、ピアージオさん──君たちのお父さんと約束したから。君たちを守る。そして、無事にお母さんに会わせてあげるって……」


 僕の腕の中で、必死に声を押し殺してむせび泣くふたり。

 トビアが声を押し出した。


「お父さん、《星の聖戦士》様の仲間……だったの?」

「うん、そうだよ。僕を助けてくれた大事な命の恩人。だから、今度は僕がピアージオさんとの約束を守る。星に誓って、君たちを守るから」


 僕は兄妹の耳元で、そっとやさしく語りかける。

 そんな抱き合ったままの僕たちを、キアーラさんとフルヴィオが見守っていた。

 小さな青い鳥がフルヴィオの肩へと舞い降りてくる。

 ふたりの兄妹をなぐさめるかのように、泉の方から爽やかな風が吹きつけ、その場にいる全員の髪を優しげに揺らしていく。


 ──だが、そんな穏やかな空間を残酷な叫び声が引き裂いた。


「──敵襲てきしゅうだ! 帝国軍のヤツらが襲ってきたぞ!!」

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