第27話 続・過去はいろいろ

 昨晩、話を聞いたのはツァーシュだけではない。

 僕よりも未来の日本から来たと言ったピーノ──この名前は《むこうの世界》でのネットワークコミュニケーションで使うニックネームみたいなものだ。本名よりも他の人たちが呼びやすいから使っているとの説明だった。

 ちなみに、ピーノだけ《こちらの世界》の服を着ずに、シャツにスラックスという学校の制服っぽい服を着ている。その理由も含めて、僕はいろいろきたいとアプローチしたのだが──


「今は、そんな気分じゃない」


 と、だけ言い残して、ツァーシュと同じようにさっさと寝床ねどこに潜り込んでしまった。

 その後、残ったメンバーが順番に自己紹介してくれた。

 まずは、少年たちのリーダー格だというアストル。


「私は第二百十四代ローマ教皇きょうこう御世みよのローマに滞在していました……」


 そう話すアストルの表情に、やや暗い影を感じたのは僕の気のせいだっただろうか。

 みごとな明るい金髪の穏やかな貴公子然とした外見とは裏腹に、幼くして領主の地位に就き、領民たちを率いて強大な敵軍と激しい戦争を繰り広げたという話に心惹こころひかれたが、それについても「また機会がありましたら」とはぐらかされてしまった。

 続いて、皇宮こうぐうで出会った、シリルとアルバート。


「オレはフランスの田舎出身さ、まあ、それでも十字軍じゅうじぐんに参加して結構活躍してたんだぜ」


 そう胸を反らして緑色の瞳を光らせるシリル。クセのある淡い茶色の髪もあいまって、好戦的な野良犬を彷彿とさせる少年だ。

 そして、ふんわりとした赤毛のアルバート。そばかすのあとが残る愛嬌のある顔に照れ笑いを浮かべる。


「おれはそんなに大層な出じゃないんだよな。ゴールドラッシュの新大陸──アメリカで一旗げようと、イングランドから渡った貧乏一家の小倅こせがれだからなぁ」


 だが、そんな率直な態度に、僕は好感を覚えた。アルバートが謙遜している可能性が無いわけでもないが、僕だって平凡な人間だったわけで、そういった意味で同志めいた感情を覚えたのかもしれない。


「馬の上で、少し話したよな」


 と、切り出したのはトモだった。


「たぶん、キョウヤ兄ちゃんよりも古い時代の日本なんやろな、寿永じゅえい──俺たち平家へいけ源氏一党げんじいっとういくさばっかやってた時代なんやが」

源平合戦げんぺいかっせんの時代かな、平清盛たいらのきよもりとか源義経みなもとのよしつねとか」

「そやそや、それや!」


 トモはポンと膝を打った。


「呼び捨てにするのは、ちょい抵抗あるけど、清盛──六波羅ろくはら入道殿にゅうどうどのは俺の祖父やで。でも、キョウヤ兄ちゃんの時代がどれだけ先の時代かは知らんが、名前が残ってるちゅうのは、やっぱりうれしいのう」

「あ、でも……」


 申し訳なさそうに、僕は少し頭を下げる。


「──トモアキラって名前は知らない。というか、あまり有名じゃないと思う」

「そこんとこ、時間のあるときにじっくりと聞かせてもらおうやないかい」


 最後に残ったラースが、生真面目きまじめな表情で咳払いをしてトモを牽制した。


「残りは俺だな」


 そう呟いてから、いったん目を閉じて少しだけ時間をおいてから口を開く。


「俺はドイツ出身だ、ヒトラー総統執政下そうとうしっせいかの時代──世界が戦乱の渦に巻き込まれていた」


 ドイツの首都ベルリンで軍務についていたと淡々と語る。

 きちんと整えられた金髪が印象的な少年。そのブルーグレイの瞳には、やや憂いのような色がたゆたっていた。影のある美形といった趣だが、あまり感情を表に出すタイプではないように僕には感じられた──


 ○


「──うーん、まだ、理解が追いつかないなぁ」


 朝の湿った風を身体で感じながら、僕は空を見上げた。

 昨晩聞いた少年たちの身の上話。僕が学校で学んだ授業や、読書で接してきた過去の歴史の世界からやってきた彼ら。しかも、ピーノに至っては、想像すらできない未来から来たという。

 隣に立つ、ツァーシュが少しだけ僕に視線を向けたようだったが、何も言わずに《みず》の加護の力に集中し続ける。

 そこへアストルが姿を現した。


「おはようございます、キョウヤ殿」

「お、おはよう……ございます」


 どぎまぎと返事をする僕に、アストルが笑顔を見せる。


「そんなに畏まらないでください。キョウヤ殿の方が年上なのですし、相応の態度を取っていただいてかまいませんよ」


 そう言われても。アストル自身の気高い態度というか、雰囲気から、つい、身構えてしまう僕だった。


「これから、あの桶の中の水を温めます。そうすれば、温かいお湯で身体を洗えますよ。シャワーでしたっけ、ピーノ殿とラース殿が教えてくれて、アルバート殿が作ってくれました。気持ちいいですよね」


 アストルは梯子はしごおけの上へと登り、ツァーシュが貯めた中の水に、そっと手をかざす。すると、手のひらから光が溢れ出し、《星霊銀ミスリルつるぎ》が再度光を帯びた。

 しばらくすると、桶の上からうっすらと湯気ゆげが立ち上りはじめる。


 アストルの加護は《よう》──太陽の力。


 立て続けに《ほし聖戦士せいせんし》の加護かごの力をたりにして、さすがにコンプレックスを感じてしまう僕だった。

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