第三章 八人の聖戦士(僕も含む)

第26話 過去はいろいろ人に歴史あり

「で、ボクに聞きたいことがあるんだよね」


 ピーノと名乗ったボサボサ黒髪の少年が、ウンザリしたようなため息をつく。

 夕食を再開した周りの少年たちも、興味深そうに聞き耳を立てているのがわかった。


「あの、君、もしかして日本人だったりとか──」


 おずおずと問いかける僕に、ピーノは逆に質問で返してきた。


「キョウヤが召喚される前は何年だった? 西暦せいれきでイイ。あと、たぶん日本のどこかだろうけど、最後にいた場所はどこ?」

「え、西暦? 二〇二四年、最後にいた場所は渋谷駅前しぶやえきまえ……東京、だけど、もしかしてわかるの?」


 ピーノが少し考えるような表情になった。


「ああ、その時代だと、僕の世代から二、三世代くらい前あたりかな。ということは、やっぱりアレに関係するってことか……」


 僕は思わず口をポカンと開けてしまう。


「ってことは、もしかして──」

「そうだね、僕はオッサンがいた日本の未来からばれたってこと。まあ、信じるかどうかは好きにして」


 完全に言葉を失った僕を見て、ピーノを除く六人の少年たちは笑いをこらえるような表情になっていた。


 ○


 薄暗い家の中、屋根と壁の隙間から差し込んできた朝日が、僕のまぶたの上をかすめた。


「……う、うーん」


 疲れが残っているのか身体が重い。

 この家の中では、僕の他にトモとツァーシュ、それにピーノが何人かの子供たちと一緒に休んでいた。

 僕は、そんな彼らを起こさないよう、剣だけをたずさえて、そっと外へ出て行く。


「んー、ちょっと気持ちイイかも」


 外へ出た僕は大きく伸びをした。

 目が覚めたのが早すぎたのか、空がようやく白みはじめたというタイミングで、地面のあたりには白いもやがうっすらとかかっていた。

 村の中央にある泉の周りには人の姿は無く、近くにある木々に巣があるのだろうか、小鳥たちのさえずりと水音みずおと心地ここちよく響いている。

 僕は顔を洗おうと泉へと歩み寄る。


 ──バシャッ!


「……んっ、冷たいけど気持ちいいな」


 《星霊銀ミスリルつるぎ》を脇に置いて、僕は勢いよく顔を洗った。冷たい水で顔の汚れを洗い流して、ポケットからハンカチを取り出そうとしたとき、不意に横から布が差し出された。


「あ、ありがとう」

「使い終わったら、あそこの洗濯籠せんたくかごに出しておくがいい」


 ツァーシュはぶっきらぼうに言い残すと、泉のほとりの木で組まれた台座へと歩いて行く。

 その上には大きなおけが置かれていて、といのような筒が泉の水面に繋がっていた。


「これって……」


 手渡された布で顔を拭きながら、僕はあとに付いていく。

 ツァーシュは、一瞬面倒くさそうな表情を浮かべたが、説明はしてくれた。


「あの桶に水を貯めて、身体を洗ったり、洗濯に使うのだ」


 そう言うと、ツァーシュは目を閉じて、筒が泉に落ちている部分へと手をかざした。

 すると、一拍置いてから水が静かに逆流して筒を上りはじめ、高い位置にある桶へと注がれていく。


「もしかして、加護かごの力……!?」

「ああ、これが我の力、《みず》の加護ということらしい」


 その後、口をつぐんでしまったツァーシュの横顔を見つめながら、僕は、昨晩の食事の後に交わした会話を思い出す──


 ──かんという国から召喚されたというツァーシュ──最初、僕は漢と言われても中国の結構古い時代だよな、くらいのことしか思い出せなかったが、ツァーシュが父親の名前を出した瞬間、僕の頭の中で光が弾けた。


曹孟徳そうもうとくって、曹操そうそう!? あの《三国志さんごくし》の!』


 《三国志》と言えば、中国の古典として、僕の時代の日本でも知名度が高い物語だ。


『え、曹操の息子って、曹丕そうひとか曹植そうしょくとか……』

『それは兄上たちだ、我は男子の中では一番末になる』


 僕は頭をフル回転させて、曹操の末っ子に関する情報を思い出そうとしたが、結局は果たせなかった。そのため興味を抑えきれずに、さらに話を聞こうと食らいついたが、ツァーシュは面倒だと言い残して、無理矢理話を打ち切って座を外してしまった──


 ──たしかに、自分のことを興味本位きょうみほんい根掘ねほ葉掘はほかれるのは愉快ではないだろう。

 水を操る黒髪の少年の背中を無言で眺めつつ、僕はその場にゆっくりと腰を下ろす。

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