第25話 この世界で生きるという決断

「今回はキョウヤ殿の身に危険が及んだこともあり、半ば流れでシリル殿がキョウヤ殿を帝都ていとから脱出させた形になります」


 アストルはそう切り出した。


「我々は《ほし聖戦士せいせんし》として、《こちらの世界》に勝手にび出されたわけですが、《むこうの世界》へもどることを最優先とは考えていません」


 まず、やらなければならないことは《こちらの世界》に迷い込んだ自分たちを助けてくれた、貧しいながらも優しい人々の力になることだ、とアストルは語った。


「そのために作ったのが、この《かくむら》です」


 この《かくむら》には、帝国の横暴おうぼうや、魔物まものたちによって村や家族を失った人たちが身を寄せている。今はまだ小さな存在でしかないが、少しずつでも手を広げて、より多くの人を救いたい、と。

 シリルが言葉を継いだ。


「ってことは、必然的にオレたちは帝国や《魔皇まおう》に噛みつくことになるワケで、そのカクゴがあるかっていう話だな」


 トモが頭を掻きつつ、ニヤリと笑う。


「俺たちは、みんな《むこうの世界》から弾き出されたようなもんなんや。せやから、逆にそんな人間たちが集まって、《こっちの世界》で新しい国をおこすのもおもろいと思うんよ」

「そこまで先走らないとしても」


 再びアストルが穏やかな笑顔を浮かべて、やんわりと制する。


「運命とか《天霊てんれい》の意志とやらに、漫然まんぜんと流されるつもりはありません。そのために平穏な生活を捨てて、戦いの日々に身を投じることになるとしても」


 否応いやおうなく、どんな形であれ戦いに巻き込まれていくだろう。

 自分たちと一緒に行動するということは、そう言うことだとアストルが淡々と続ける。

 僕は天井に視線を向けて考え込んだ後、ゆっくりと周りの少年たちと視線を交わし、最後にアストルと正面から向き合った。


「──結論から言うと、一緒に行動させてもらいたいと考えています」


 そう口にしてから、目を閉じて半ば自分自身に語りかけるように言葉を続ける。

 僕は戦いという行為とは無縁の人生を送ってきたひ弱な人間で、正直、そういう現実を突きつけられると怯んでしまう。たとえば、誰かを守るために敵と戦え、殺せといわれても、たぶん何もできない。

 そして、そんな僕が一緒に行動することで、君たちの足を引っ張るお荷物になってしまいかねない。

 一言一言、噛みしめるように口にする僕の言葉に、少年たちはそれぞれの表情を浮かべて聞き入っていた。


「逆に、こんな僕でも受け入れてくれますか?」


 我ながら情けないとは思うが、僕はそう問いかけてしまう。

 シリルが短く笑って肩をすくめた。


「やっぱり、お人好しのボンボンじゃねーか」


 その言葉にいくつかの笑いが続く。だが、それはあざけりではなく、穏やかな感情で、僕は自分があなどられたとは一切感じなかった。

 ラースが口を開く。


「確かに人が良すぎるかもしれない、それも危ういくらいに」


 まだ、互いの素性すじょうをあきらかにしていない中でも、自分たちを信用して、言葉を飾らずに本心をさらけだしている。

 それが本人にとって不利になる可能性が大きいとしても。


「──だが、そういう存在が、俺たちには必要だとも思う」


 ラースの言葉を受けて、ツァーシュが小さくため息をついた。


「ここにいる奴らの大半が猪突猛進ちょとつもうしんやからだからな。ぎょするのがわれひとりというのではちすぎる」

「……一緒にされるのはいささか不本意だが」


 憮然ぶぜんと呟くラースに続いて、隣に座っている、まだ唯一名前を教えてもらっていない少年も同感というように小さく頷いた。ボサボサに伸ばした黒髪で目が隠れていて表情がイマイチ読み取れない。


「はぁ……脳筋のうきんバカって、どの時代にもいるもんなんだね」


 ボサボサ髪の少年が呟いた言葉に僕は驚いた。彼が口にした言葉が、僕が知っている日本語とまったく同じだったからだ。脳内での変換が無く、ダイレクトに理解できた。


 立ち上がったアストルが、そっと僕の横に膝をついた。


「……私たち《星の聖戦士》と呼ばれる存在が、こうやって一箇所に集まったのも、なにかしらの導きめいたものを感じます」


 そう言って、アストルが差し出してきた手を反射的に取る僕。

 アルバートが口笛を吹いた。


「よっしゃ、これで《星の聖戦士》も八人目やな。《九星きゅうせい》全員集合まであと一人ってことだな」


 《九星》──皇宮こうぐう伝承でんしょうを調べていたとき、また、カリーナさんや大司教だいしきょうさんとの話の中にも出てきた九人の《星の聖戦士》たちの物語。


「私が《よう》のアストル」


 胸に手を当てて金髪の貴公子が僕に頷いて見せる。

 続いて、他の少年たちも彼に続いた。


「《つき》のシリル」

「おれは《》のアルバート」

「あらためて、《》のトモや、よろしゅう」

「《かぜ》のラースだ、歓迎する」

「我はツァーシュ、加護は《みず》だ」

「……《そら》の加護ってヤツ、名前はとりあえずピーノってことで」


 最後の一人、ボサボサ黒髪の日本語を話す少年の名前も判明した。

 ……本名かどうか怪しいけど。


「僕は須賀原すがはら 鏡矢きょうや、キョウヤと呼んでください。加護は《》ということで、正直皆の役に立てるかどうかは自信がありません……でも、できる限り頑張りますのでよろしくお願いします」


 そう言い終えてから一呼吸置いて顔を上げると、少年たちはそれぞれの表情で僕を受け入れてくれた──

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