第24話 隠れ村で出会う八人の聖戦士

 水車小屋すいしゃごやから上陸した僕たち一行は、そのまま進路を東方へと向けて進んだ。

 一行の大半を子供たちが占めるため、移動速度は必然的に遅くなる。

 途中で野営やえいを挟み、次の日の昼下がりくらいに目的地へとたどりつくことができた。


「おつかれ、キョウヤ!」


 赤毛のアルバートが笑いながら、ギリギリの状態で歩いてきた僕の肩を叩いた。

 子供たちの足に合わせたとはいえ、《こちらの世界》の子供たちは予想以上に健脚けんきゃくだった。《むこうの世界》でも運動不足気味だった僕にとっては、ついていくのがやっとというペースだったのだ。


「おかえりなさい、皆さん。無事で良かった」


 《かくむら》に入った僕たちをひとりの少年が出迎えてくれた。

 夏の太陽の光を思わせる流れるような黄金色こがねいろの髪、人の心を奥深くまで見通すような濃いサファイア色の瞳を持つ、穏やかな微笑みを浮かべた貴公子然きこうしぜんとした美少年だった。

 先頭を歩いていたツァーシュと二言三言ふたことみこと言葉を交わすと、その少年は、子供ひとりひとりの頭を撫でながらねぎらいの声をかけていく。

 僕の横でアルバートが手を振った。


「おーい、アストル! 新しいお仲間が増えたよ!!」


 その声に振り返る少年の顔に満面まんめんみが浮かぶ。

 《むこうの世界》でいうところの天使のような美しい容貌ようぼうに、僕は思わずどぎまぎしてしまった。


「ようこそ、私たちの《隠れ村》へ。私はアストルといいます。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「あ、あの、その……僕は鏡矢きょうや須雅原すがはら 鏡矢きょうや、です」


 アルバートが面白そうに僕の顔を覗きこもうとするのを手で押しやる。

 その様子にくすりと笑うと、アストルと名乗った金髪の少年が僕の手を取った。


「キョウヤ殿、とお呼びしてもよろしいですか? お見受けしたところ一番年長のように思えます。私たちは若輩者じゃくはいものばかりでしたので、心強い限りです」

「あ、えっと──」

「そうとは限らないと思うぜ」


 いつの間にか近くに来ていたシリルが意地悪げに口を挟んできた。

 アルバートが呆れたようにシリルの頭を小突く。


「まーた、そういう憎まれ口を叩く」


 抗議の声を上げるシリルをスルーして、アルバートはアストルに向き直った。


「とりあえず、皆を休ませてやってくれ。詳しい話は夕食の時にでも」

「そうですね」


 アストルは、そう微笑むと一行を村の中央にある泉の側へと案内した。

 集まってきた村の住人たちに、子供たちの世話を指示するアストル。

 その様子を横目で見ながら、僕はゆっくりと水辺の草むらに腰を下ろす。


「……いい村だな」


 水が湧き出る泉を中心に、粗末そまつではあるがしっかりとした木製の家が何軒も建てられている。

 住人たちも身なりは良くないが、表情は明るく、アストルやアルバート、シリルたち《ほし聖戦士せいせんし》たちとも気さくに声を掛け合って協力しているようだった。


「ん、眠気が……」


 さすがに疲労のピークに達していたのか、僕は身体がずん、と重くなるのを感じた。


 ○


「お、起きよったか」


 その声に目を開くと、こちらを覗きこんでくるざんばら髪の少年、トモの顔がぼやけて見えた。


「え……?」


 僕は頭を動かして周りを見る。

 すると、いつのまにか建物の中で、毛布にくるまっていたことに気づいた。

 近くには勢いよく炎を上げる焚き火があり、それを囲んで少年たちが食事をっている。


「おい、キョウヤ兄ちゃん起きよったで」

「あれ、ここは……」

「キョウヤ兄ちゃん、疲れすぎたのか何度起こそうとしても目が覚めんくてな。とりあえず、村人の手も借りて、俺とラースとでここまで運んだんやが……大丈夫か? どこか痛んだりはせえへんか?」


 僕は、大丈夫、ありがとうと声をかけて立ち上がる。


「……ここにいる皆、全員が《ほし聖戦士せいせんし》、《むこうの世界》から召喚された人たちなの?」


 そう問いかけながら僕が座ると、火を挟んで対面にいた金髪の貴公子きこうしアストルがニッコリと笑った。


「はい、そうです」


 その返事を受けて、僕はあらためて周りの少年たちに視線を向ける。

 アストル、シリル、ツァーシュ、アルバート、ラース、トモ、そして、もう一人、はじめて顔を合わせる黒髪の少年。

 この中のリーダー格なのだろうか、アストルが代表して言葉を続けた。


「事情はこちらのシリル殿から伺いました。あの、キョウヤ殿……と、お呼びしてよろしかったでしょうか?」

「あ、そんなにかしこまられると、なんというか、こちらもやりにくいというか……」


 戸惑う僕に、シリルが小さく笑った。


「アストルは誰に対してもこんな調子だから、気にしてもしかたないさ」


 その言葉に苦笑するアストル。


「なにはともあれ、ご無事で良かったです。聞けば危ないところだったとか。シリル殿とアルバート殿も本来の目的とあわせて、良く対応していただけました」


 赤毛のアルバートが、ぱたぱたと手を振った。


「いやぁ、キョウヤに関してはおれたちの手柄っつーわけでもないっしょ。帝都ていとのレジスタンスっつーか、カリーナとピアージオのおっさんのおかげじゃん?」


 あっけらかんとした口調だったが、その二人の名前が出たことで、座の空気が少し重くなってしまう。

 僕は声を押し出した。


「ピアージオさんは僕のせいで……それに、カリーナさんもひとり皇宮こうぐうに残って、大丈夫でしょうか……」


 アストルが僕を正面から見据えてきた。


「ピアージオ殿のことは確かに残念ではありますが、キョウヤ殿がずっと気に病まれても誰も幸せにはなれません。これからのことを考えるべきです」

「カリーナだって、頭は良いし度胸もある。女にしとくのがもったいないくらいのタマだぜ、そう簡単にくたばらねーよ」


 ぶっきらぼうに言い放つシリル。

 一見わかりにくいが、彼なりに僕を慰めてくれているのかもしれない。

 それに気づいたのか、トモとアルバートがニヤニヤと視線を交わす。


「とりあえず、この話はいったん置きましょう」


 軽く手を打つアストルに全員の視線が集中した。


「そうですね、キョウヤ殿もまだわからないことだらけでしょうし、あらためて自己紹介をしておくべきだと思うのですが、その前にひとつだけお尋ねしたいことがあります」


 金髪の貴公子の顔から笑みが消えた。


「キョウヤ殿は、これからどう行動されるおつもりですか?」


 全員の視線が、今度は僕へと向けられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る