第22話 火の加護の聖戦士トモ

 僕はトモに促されて、森を離れることになった。

 ピアージオさんの遺体は荷馬車にばしゃ破片はへんを使って穴を掘り、簡単に埋葬まいそうを済ませる。

 遺体から取り外した形見かたみの品になりうる工作用のナイフやお守りのような装飾品の他、硬貨と少量の宝石が入った革袋かわぶくろだけを持っていくことにした。


「おっちゃんには悪いが、これは大事に使わせてもらお。形見は確実にとどけるさかいに」


 神妙しんみょう面持おももちで頭を下げるトモ。

 僕もそれにならったあと、形見の品は自分が子供──トビアとビアンカに手渡すと申し出て、自分の荷物と一緒に革袋へ入れた。


「よっしゃ、それじゃ皆のところにもどろか」


 ○


 僕とトモを乗せた馬は森林地帯を抜けた後、開けた草原を東に向かって駆け抜けていく。

 ただただ必死にしがみついている僕だったが、雨上がりの爽やかな風を頬に感じて、そっと目を開いた。

 雨に濡れた鮮やかな緑色の草原を疾走していく光景に、思わず声を漏らす。

 トモが笑った。


「お、少しは慣れてきたようやな」


 僕は少し考え込んでしまう。

 トモの話す言葉は、他の人たちと同じように頭の中で自動翻訳されているのだが、聞こえる言葉自体が、なんとなく日本語に近い気がしたのだ。なんというか、古めかしい古文の授業で聞いたような。


「あのさ、トモって、もしかして日本の人?」

「おお、そうや! なんや、キョウヤもそうか! こりゃ奇遇やのう」


 トモが豪快に笑う。


「正式に名乗るとな、ってゆうんやけど」

「む、武蔵守むさしのかみ──えっと、たいらの……って、平氏へいしのことかな」

「お、なんや、そこまでわかるんか!」


 嬉しそうに声が弾む。


「まあ、同じ日本から来たキョウヤなら大丈夫かもしれんけど、他の《ほし聖戦士せいせんし》たちは異国の者がほとんどやさかい、どうも発音しづらいっていうんで、トモでいいやってことにしてるんよ」


 トモが肩越しに振り返った。


「いろいろ話したいことはあるんやけど、《むこうの世界》のことは後回しや。とりあえず、他のみんなと合流して、目の前のことを片付けてからやなっ!」


 その言葉と同時に、トモは馬のスピードを上げ、僕は再び目を閉じて、今まで以上の力で馬とトモにしがみつく。


 ◇◆◇


 トモが馬に乗って河を越えていったあとの水車小屋すいしゃごや

 太陽が中天ちゅうてんを過ぎて、午後に入った頃。

 日陰から川下の方向を眺めていた金髪の少年ラースが、寄りかかっていた壁から背中を離した。


「……無事だったか」


 まばゆい日差しを反射する川面かわもを切り裂くように、一艘いっそうの船が一直線にさかのぼってくる。

 そのまま船は水車小屋に繋がる船着き場へと近づき、すんなりと横付けした。

 出迎えるラースに、船の上からシリルが怪訝けげんそうに声をかける。


「迎えに来るのは二人だったはずじゃね? トモはどうした?」

「新しい《ほし聖戦士せいせんし》を助けに行った。シリルたちには助けを呼ぶ声は聞こえなかったか?」


 シリルはチッと舌打ちして髪の毛をき回した。


「力を使っていたせいか……いや、それならアルバートが気づくはずだ。単純にアイツの力が弱かっただけか──悪い、手間をかけたな」

「いや、助けに行ったのはトモだからな」


 生真面目きまじめにそう応えると、ラースは軽く目を閉じた。


「……それに、もうすぐ近くまで戻っているようだ」


 そのラースの語尾ごびに重なるように、船の上の子供のひとりが河の対岸を指さして声を上げた。


「兄ちゃんたち、あっちからなんかくるよ」


 子供が指さす方に目を向けると、馬に乗って駆けてくる少年の姿があった。


「トモと──あれが、新しい八人目の《星の聖戦士》か。後ろでぐったりしているが、あれは大丈夫なのか?」

「おおかた馬に乗ったのが初めてとかなんじゃね? 苦労知らずのお気楽兄ちゃんってカンジだったからな」


 クックッと声を抑えて笑うシリル。

 その態度にわずかなとげを感じたラースだったが、あえてただそうとはしなかった。


「おお、救出組のみんなも無事に合流できたようだな」


 馬の背の上で明るく笑うトモ──だが、すぐに困ったような表情になる。


「スマンが、このキョウヤ兄ちゃんを降ろすの手伝ってくれんか。馬に乗るのは子供の頃以来っつーのに、少し無理させてもうたわ」


 シリルが「ほらね」と肩をすくめて見せた。


 ◇◆◇

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