第19話 もうひとつの脱出行

 ◇◆◇


 二つの月に照らされた静かな海の上を、一艘いっそうの船が進んでいる。

 その船は屋根のない一本マストの帆船はんせんで、中央には三十人ほどの子供が並んで座っていた。


「夜が完全に明ける前に河に入りたい、急げ」


 船尾せんびに立つ淡い茶色の髪の少年──シリルが、隣にいる長い黒髪の少年を急かす。


「……わかっている。というか、おまえたちを拾ってから、夜の間ずっと力を使っているんだからな、少しくらいいたわってやろうという気持ちくらいみせたらどうだ」


 黒髪の少年はぶつくさ呟きながら、海面へかざした手を動かす。と、同時に鈍い音を立てて船体の向きが変わり、速度を上げた。


「さすがは《みず》の加護ってヤツか。船を自由に操ることができるのは助かるぜ」


 シリルの言葉に不満げな表情を浮かべる黒髪の少年──《水》の加護を持つ《ほし聖戦士せいせんし》ツァーシュは、小さく鼻を鳴らした。

 船は皇宮こうぐうの水門から救出した子供たちを乗せたあと、そのまま北の海に出て東に進み、帝国東部の大きな港町《ロゼ・ポルトゥーム》へと向かっていた。

 《ロゼ・ポルトゥーム》は帝都ていとに次ぐ規模の商業港湾都市しょうぎょうこうわんとしで、内陸部から流れる大河の河口に位置している。

 彼らは、その河口から河に入り、内陸の奥地にある隠れ里へと向かうつもりだった。

 ツァーシュがシリルの顔を見上げて文句をつける。


「何を他人事ひとごとのように言っているのだ? ここから先は河に向かって進むのだからな。潮の向きも変えてもらわねば──《殿》」

「……オレの力は目くらましに残しておきたいんだけどな」


 シリルはぶつくさ言いながらも、ツァーシュの横にしゃがみ込んで、海面に手をかざした。

 すると、しばらくして船に押されるような力がかかり、さらに速度が上がる。

 船首せんしゅで見張りをしていた赤毛の少年──アルバートが声をかけてきた。


「なんとか明るくなる前には河に入れそうだ。さすがに、夜に船を動かしているヤツはいないっぽいな」


 その声に、ウトウトしていた子供たちのうち、何人かが目を覚ましたようだった。

 アルバートの近くに居る、トビアとビアンカという兄妹きょうだいと、フルヴィオという少年が彼を見上げる。


「起こしちまったな、わりぃ」


 片手を挙げて謝る赤毛の少年に、笑いかける兄妹。

 この兄妹は、今現在、別行動でキョウヤを逃がしてくれているピアージオの子供たちだ。キョウヤをたくす見返りとして、この二人は確実に父親に会わせてやらなければならない。


「大丈夫か、疲れていないか?」


 二人の頭をでてやろうとアルバートがかがんだとき、隣の少年──フルヴィオの肩で一羽の小鳥が羽を休ませていることに気づいて、慌てて手を引っ込める。


「うお、そんなところに鳥が──」


 声を上げかけて、慌てて口を押さえるアルバート。

 そんな彼にフルヴィオが小さくうつむいた。


「子供の頃からずっと一緒で……どこにいても、ぼくのことを見つけてついてくるんです。兵士に捕まったあとも……あぶないのに」

「そっか、いいな。家族みたいに思われてるんだな、大事にしてやれよ」


 小鳥を刺激しないように、そっとフルヴィオの頭を撫でる赤毛の少年。

 そんなアルバートと子供たちのやり取りを横目に、ツァーシュがシリルに声をかける。


「ところで、おまえは新しい《九星きゅうせい》に会って話をしたのだったな。どのような人間だったのだ」


 シリルは肩をすくめた。


「たぶん、年はオレらの中で一番上っぽかったけど、なんつーか、お気楽というかお坊ちゃんというか、世間知らずってカンジだったかな」


 そう言いながら、ツァーシュの横に並ぶようにして腰を下ろす。

 たぶん、アイツは平和なところに住んでいたんだろうな、と、シリルは呟いた。

 キョウヤ本人から境遇を聞き出したわけではないが、短い時間に会話しただけでも、なんとなくわかった気がしている。


「まあ、この先で合流することになってるから、楽しみにしてればいいんじゃね?」


 ツァーシュは返事をしなかった。


 ◇◆◇

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