第17話 新たな協力者は気の良い行商人のお兄さん

 ──僕を乗せた馬車が帝都を脱したのは、完全に日が落ちてしまったあとだった。


 ちなみに、後で知ったことだけど、このあとすぐ、皇宮こうぐう帝都ていと内の軍兵ぐんぺいすべてを五大将軍筆頭ごだいしょうぐんひっとうのベルトランドが掌握しょうあくし、帝都と外を繋ぐすべての門が封鎖されてしまったそうだ。

 まさに、間一髪のところで僕を乗せた荷馬車は虎口ここうを脱することができたのだった。


 ○


「《聖戦士せいせんし》様、もう少しの辛抱ですぜ、この先のつじから少し南に下ったところで休憩にしますんで」


 御者席ぎょしゃせきのピアージオからかけられた声に、僕は力なく応える。

 僕は大小様々な木箱の間に、クッションに埋もれるような格好でうずくまっていた。


「馬車ってキツイ……」


 《むこうの世界》で僕は馬車に乗ったことがない。そのため、猛スピードで激しく揺れる馬車の振動にこっぴどく打ちのめされていたのだ。

 しばらく進んだ後、ピアージオさんが河のほとりに馬車を止め、身体を洗うよう勧めてきた。

 皇宮から抜け出した際についた臭いが、まだ身体にまとわりついていることを指摘されたのだ。

 服を脱ぎ、ピアージオさんからもらった布を水に濡らして、身体のあちこちを拭いていく。河の水は冷たかったが、逆にそれが火照ほてった身体を冷やしてくれて気持ちよかった。


「ああ、生き返ったカンジだ……」


 着ていた服や下着も石鹸せっけんで水洗いして、借り物の行商人ぎょうしょうにんの服に身を包んでから僕は荷馬車の近くへと戻っていく。馬車の近くでは、すでにピアージオさんが火をおこしてくれていた。


「洗った服はそのあたりに干しておきやしょう。《聖戦士》様の大切な服ですから大事に扱わねぇと」


 勧められるままに、僕は温かい飲み物が入ったカップを受け取り、火のそばに腰を下ろす。

 あらためて周囲を見回してから、ため息を漏らした。


「……赤と青の月、紫の色の光。やっぱり異世界なんだな」

「《聖戦士》様の世界は違うんですかい?」


 僕は苦笑した。


「あ、その《聖戦士》様って、やめてくれないかな。やっぱり、何か落ち着かなくて」

「そんなものですかね──では、キョウヤ様」

「呼び捨てでかまわないんだけど……」

「なら、キョウヤ殿、ですな。このあたりが妥協点だきょうてんですぜ」


 互いに笑い合い、一息つくとピアージオさんが話題を元に戻す。


「それで、キョウヤ殿の世界の月の話ですが」

「ああ、そうだね、僕の世界……《むこうの世界》の月は一つだけで、色白いんだ」

「へぇ……」


 感心したような表情を浮かべるピアージオさん。


「おれはこの紫の夜が好きですけど、白い夜も見てみたいもんですね」

「といっても、僕が住んでいた街はあかりが多くて、月の光は届いていなかったけどね」

「それは、大きな街だからですかい? それとも、魔法の光──って、いけねぇ」


 ピアージオさんはしまった、と、顔に手を当てる。


「キョウヤ殿には休んでもらわねぇといけねぇのに、いろいろ聞き出そうとしてすんません」


 そう言って毛布を僕に手渡してきた。


「ありがとう」


 僕は礼を言って、毛布を地面に敷いて横になった。

 皇宮からの脱出とか、いろいろあって、まさに疲労困憊状態ひろうこんぱいじょうたいである。あっさりと、眠りに落ちるかと思っていたのだが、そうはならなかった。


「……ピアージオさん」

「へい」

「ちょっと寝付けそうにないみたい」


 僕がそう言うと、ピアージオさんはキョトンとしたあと、噴き出すように笑い出した。


「ああ、いろいろありやしたしね。気持ちがたかぶっているんでしょう。子守唄こもりうたでも歌えればいいんでしょうが、残念なことに、おれは音痴おんちでしてね。子供たちを寝かしつけるどころか、逆に泣かせちまうって、女房にょうぼうから何度叱られたことか」


 そこまで言って、話が逸れたことに気づいたピアージオさんは、照れたように後ろ頭を掻く。


「そうですな、ついでと言ってはなんですが、おれの話を聞いてもらえますか? なに、退屈な話でしょうし、聞いているうちに眠くなるかもしれませんぜ」

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