第二章 追われ追われて逃避行

第16話 解き放たれる狂犬

 ◇◆◇


「──状況を報告せよ」


 重々しい声が、荒れ果てた《祭祀さいし》に響いた。

 火は消されていたが、豪華な装飾の大半が焼け落ち、まつられていた《神聖銀オリハルコンさかずき》と《星霊銀ミスリルつるぎ》もなくなっていた。

 皇帝は黙して語らず、代わりに横に控える親衛隊長しんえいたいちょうベルトランドが指示を出している。

 そんな中、口を開いたのは、ベルトランドの横に並んだ大将軍だいしょうぐんのひとり、女将軍ディシデリーアであった。


「とんだ失態しったいですわね」


 長い黒髪を腰まで垂らした美女だが、表情と声は氷のように冷たい。


「正体不明の一団の皇宮への侵入を阻止できなかったことは、失態以外のなにものでもありません」

「それに、まさか最奥部さいおうぶのこの部屋まで侵入を許したあげく、《聖具せいぐ》を奪われちゃうなんて、最悪だよねー」


 もうひとりの大将軍──まだ、幼さを残した顔立ちの少年カルミネが悪戯いたずらぽく肩をすくめて見せる。

 さすがに皇帝自身と大将軍たちは力の桁が違った。

 侵入したぞくの大半は彼らによって討ち取られた。しかし、肝心の首魁しゅかいについては《聖具》と共に逃亡を許してしまう事態となってしまったのだ。


「ホント、ウザイヤツらだったよね。無駄だっていうのに、《テアネブリスの偽勇者にせゆうしゃ》ってヤツ? そいつを逃がすためにザコが必死になって陛下や僕たちに群がってくるんだもん」


 まあ、結局皆殺しにしてやったけどね、と、無邪気に笑うカルミネ。

 皮肉っぽい笑みを浮かべながら、皇帝がようやく口を開いた。


「《聖具》については捨て置いてかまわぬ。《偽勇者》にしても良い退屈しのぎにはなった──だが、《ほし聖戦士せいせんし》については、いささか気に喰わぬ」


 その言葉に《三神殿さんしんでん》の司教しきょう達が体を震わせる。

 加護かごが無いはずだった《聖戦士せいせんし》が、あろうことか皇帝に刃向かい、皇宮内から失踪したこと。

 さらに、混乱の中、司教達が管理していた奴隷どれいの子供たちが、何者かの手引きによって皇宮内から脱走してしまったという事件も発覚していた。

 文官たちの中から、マルツィーニ大臣が進み出る。


「奴隷どもの脱走にあたっては、皇宮北苑こうぐうほくえんの一部で大規模な地面の陥没かんぼつの発生が確認されておりまする。さらに逃走する子供たちの姿が突然消えてしまうなど、《精霊術せいれいじゅつ》や《神聖術しんせいじゅつ》では説明できない現象も目撃されております。これらは《星の聖戦士》の伝承にある、《》や《つき》の加護によるものではござらぬか」


 マルツィーニは甲高かんだかい声をさらに高めた。


「これは《無の聖戦士》以外に《星の聖戦士》が召喚されていたこと、そして、その《聖戦士》どもが薄汚い抵抗勢力ていこうせいりょくと自称する《偽勇者》たちと手を組んでいたということになりませぬか!」


 《祭祀の間》の中にどよめきが拡がる。

 《三神殿》の司教達の中から、アニチェト大司教だいしきょううように進み出る。


「恐れながら、確かに、あの《無の聖戦士》を呼び出すまで七回の召喚のを試みております。結果、残念ながら召喚には至らず──」

「それは、果たして失敗だったのか」


 大将軍ベルトランドが重々しく口を挟む。

 さらに、ディシデリーアが侮蔑ぶべつの色を隠さずに言葉を放つ。


「八回も同じことを繰り返す中で、なぜ、そのことに思い至らなかったのか。まさに、無能のきわみ」


 ディシデリーアの言葉を受けて皇帝は冷たく笑い、カルミネへと視線を向ける。

 少年将軍は天を仰ぐようなしぐさを見せた。


「ということは、今回逃げ出した《無の聖戦士》を含めて、いるかどうかわらない八人の《星の聖戦士》ってヤツを、僕が探さないといけないワケ?」


 ベルトランドが小さくため息をつく。

 とりあえず、逃亡した子供たちを乗せたと思われる船は東方へと向かったという報告がいくつかもたらされている、と、ベルトランドが話したところで、カルミネは手を振って言葉をさえぎった。


「それで、東域軍政官とういきぐんせいかんの僕の出番ってワケなんだね──陛下、《聖戦士》や奴隷どれいたちは殺しちゃっていいんだよね。まさか、無傷で捕まえろとか面倒なこと言ったりする?」


その物言いに、大司教や廷臣ていしんたちの方が恐怖に身をすくませるが、皇帝はいっさいとがめようとはしなかった。


「捕まえても末路は変わらぬ。お前の好きなようにするがいい」


 皇帝の言葉に、カルミネはたりと嬉しそうに笑う。

 続けて皇帝は、ディシデリーアの名前を呼んだ。


「お前は逃げ出した代わりの奴隷を調達しろ。そこの老いぼれどもに最後の機会をくれてやらねばならんのでな。《九星きゅうせい》と言うからには九回目、次の一度くらいは猶予ゆうよをやろう。どの《聖戦士》が現れるかはわからないが、同じ《星の聖戦士》同士を殺し合わせるのも一興いっきょうであろう」

つつしんで拝命はいめいいたします」


 深々と頭を下げるディシデリーアとは対照的に、うきうきとした調子でカルミネが声を弾ませる。


「これから逃げた《星の聖戦士》や奴隷たちを狩り出すわけでしょ、普通にやっても面白くないよね。だったら、逃げたことを後悔するくらい追い詰めないと」

「……カルミネ」


 さすがに、大将軍筆頭の立場にあるベルトランドが少年将軍に釘を刺す。

 だが、カルミネはまったく意に介さない様子だった。


「オモチャ程度にしか考えてなかったけど、アレも使えるかなー。ちょっと、おもしろくなってきたかも」


 ◇◆◇

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