第15話 洗濯物に紛れて皇宮脱出

 僕はカリーナさんに連れられて、前庭に集まった人だかりの間を抜け、使用人たちが出入りする通用門つうようもん前の広場へと向かっていた。

 広場には数台の荷馬車にばしゃと、出入りの商人や使用人っぽい人たちが、混乱の中で足止めをくらって、不安といらつきを隠せない様子だった。

 その中の荷馬車の一台に、カリーナさんが声をかける。


「ピアージオ! よかった、間に合ったようね」

「おう、カリーナか、無事だったんだな、よかった」


 御者台ぎょしゃだいの上であぐらをかいていた青年が驚いたような声を上げる。

 ピアージオと呼ばれた御者の青年は、身軽に地面へと飛び降りて、いまだ煙を上げる皇宮こうぐうを親指で指し示す。


「この有様ありさまではな。通用門の衛兵たちも混乱していて、外へいつ出られるかわからん状況だ」


 皇宮が火事になろうと、俺たちの仕事はやらなきゃならないんだけどな、と青年がぼやく。

 カリーナさんはいったん苦笑しかけた表情をあらため、ピアージオさんに目配めくばせをしてから、そっと耳打ちをする。

 心得こころえた、とうなずいてから、ピアージオさんは一連の様子を後ろから眺めていた僕に笑いかけてきた。


荷台にだいに上がってください」


 カリーナさんの指示に従って、僕は馬車の中へと身体を押し上げる。

 荷台の中には大きな木箱がいくつも載せられており、カリーナさんがそのうちの一つのふたを開けた。

 その中には大量の衣類や布が詰まっている。


「これは皇宮で働く私たち召使いや使用人たちの洗濯物です……」


 カリーナさんの表情が申し訳なさそうになる。


 「その……ちょっとだけガマンしていただけますか? キョウヤ様」


 激しく恐縮しているカリーナさんに、僕は苦笑というか諦めめいた笑いを向けた。


「あ、うん……要するにこの中に隠れろってことだよね、はは、大丈夫……たぶん」


 僕は木箱へと歩み寄り、中の布類にそっと触れる。

 それらはシーツや衣類……というより下着で、蒸れた汗の臭いがもあっと拡がってきた。


「……けっこうキツイかも」


 中の洗濯物を掻き分けて、なんとか中に入りこむ僕。

 カリーナさんが、その上へ別の洗濯物をかぶせるようにして、僕の姿を完全に隠す。


「少し臭いがキツイと思いますが、帝都の外へ出るまでのガマンです、こらえてください」


 そう言い残して蓋を閉めようとするカリーナさんに、僕は慌てて声をかけた。


「カリーナさんも一緒に脱出するんだよね」


 一瞬の間。


「……いえ、私は皇宮に残ります」

「え、それって危険でしょ」


 ゴトンと音を立てて木箱の蓋が閉められ、僕の視界が一気に暗くなる。

 箱の外からカリーナさんのくぐもった声が聞こえてきた。


「……ご安心ください、私がキョウヤ様を手引きしたことは誰にも見られていないはずです」


 そのために危険な経路を選んだので、とカリーナが謝った。


「それに、私には、まだ皇宮で《ほし聖戦士せいせんし》様たちのためにできることがあるはずです」

「カリーナさん……」

「そんな声をお出しにならないでください……キョウヤ様。帝都から脱出できたとしても、本当に大変なのはその後です。他の《星の聖戦士》様たちとともに、どうか人々をお救いください……」


 カリーナさんは小声ながらもハッキリと僕に意志を伝える──引き続き、自分は皇宮に残って、外で戦う《星の聖戦士》たちの力になる、と。


「あとのことはピアージオにお任せください。シリル様たちとの合流場所までお送りいたします」

「ああ、任せてくれ」


 ピアージオさんも荷台に上がってきたのか、木箱の外からコンコンと叩く音がした。


「皇宮から出るまで、まだ時間がかかりそうだ。いつもはいちいち洗濯物の確認なんてしないが、状況が状況だけに油断できない。一応、手は打ってあるが、できるだけ深く潜っていてくれ」


 僕はカリーナさんのことが気になってしかたなかったが、なんとか感情をねじ伏せた。

 ピアージオさんに了解、と返事をした後、カリーナさんに向けて声をかける。


「声を出すのはこれを最後にするね。カリーナさん、無事で。そして、また必ず会おう……」


 カリーナさんの返事は聞こえなかった。

 そして、幾ばくかの時間が経った後、荷馬車がゆっくりと音を立てて動き出す。

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