第13話 炎の中で遭遇したのは美少年剣士とラスボスでした

 ◇◆◇


「いったい……どうなっておるのだ!」


 本宮ほんぐう内の廊下、数人の神官たちに囲まれて避難していたアニチェト大司教だいしきょうが恐怖の色を隠せずに声を荒げる。

 そこへ、神殿付きの兵士が駆け寄ってきた。


「申し上げます! 賊どもの姿が確認されました。どうやら《祭祀さいし》付近へ侵入を図っている様子です!」

「祭祀の間──」


 大司教の顔色が青ざめた。


「いかん! 祭祀の間には《聖具せいぐ》が、《星霊銀ミスリルつるぎ》が! 《聖具》に何かあっては一大事ぞ!」


 そう叫ぶと、神殿付きの兵士たち全員で《祭祀の間》へ向かうように指示を出す。


「なんとしても、《聖具》を確保するのだ!!」


 神官たちを叱咤しったし、大司教自ら煙の奥へと突き進みはじめた。


◇◆◇


「……えっと、こっちで良いはずだよね」


 カリーナさんの指示通り進んできた僕だったが、不安が高まっていくのは抑えきれない。

 だんだん煙が濃くなり、視界が心許こころもとなくなっていく──


「うあっ!?」


 突如、目の前に現れた人影に驚き、不様ぶざま尻餅しりもちをついてしまった。

 そこへ間髪入れずに、鈍い光を放つ刃が突きつけられ、僕は身体をこわばらせてしまう。


「……兵士、じゃないみたいだね」


 澄んだ声が響くと同時に、火災の熱で温められた空気が巻き上がり、煙がふわりと二つに割れて、ひとりの少年の姿が現れた。

 太陽に照らされた紅玉ルビーのような赤毛に深く澄んだ青色の瞳──少しきつめに見えるが生命力に溢れた美少年だ。

 身にまとう衣類や防具は薄汚れたみすぼらしいモノだったが、逆にそれが彼の容姿を引き立てているようにも思える。


「見逃してやるから、とっとと逃げるんだね。《魔皇まおう》の下僕げぼくなんか斬ったら剣が汚れるだけだ」


 僕の姿を一瞥しただけで、突きつけてきた剣を引く美少年。

 その背後、渦巻く煙の奥から複数人の声が聞こえてきた。


「クレース! やっぱり、これを二つとも運び出すのは難しいぞ! 重すぎるし、追いつかれるのも時間の問題だ!」


 クレースと呼ばれた少年は、僕に背を向けて煙の向こうへと声を飛ばす。


「なら、《聖杯せいはい》だけでいい。もうひとつは捨てちゃって! とにかく、早くここから脱出するよ」


 そう言って、僕のことはもう眼中にないというていで歩き出した。


「あっ……」


 僕はおそるおそる立ち上がると、辛うじてクレースと呼ばれた少年の姿を認識できる距離で後を追うことにする。

 視界が良くない中、壁に手をつきながら進むうち、不意に何かにつまずいてしまい声を上げてしまう。


「これって、剣? どこかでみた記憶が……」

「おい! なんのつもりだ?」


 その声に慌てて顔を上げると、先を進んでたはずの少年が目の前に立っていた。


「あ、えっと、僕もここから逃げ出さないといけなくて、だったら君たちについていけば──!?」


 そこまで言いかけた瞬間、少年が剣を振り下ろしてくる。


「うわっ!?」


 本気で斬りつけるつもりではなかったんだと思う。それでも、僕は必死に身体ごとごとして、そのままよろめいて再度尻餅しりもちをついてしまう。


「なんのつもりかはわからないけど、得体えたいのしれないヤツに『はい、そうですか、じゃあついてきなよ』なんて言うとでも思った──!!」


 本当に一瞬のできごとだった。少年の表情がいきなり豹変ひょうへんし、横を向いたかと思うと、まばゆい《光の盾》を展開させる。


 ──バシバシバシィッ!!


 一瞬遅れて、炸裂音さくれつおんと共に幾筋もの激しい《黒い稲妻いなずま》が《光の盾》へと襲いかかってきた。


の宮殿に土足で侵入して火を放ち、あまつさえ《聖具せいぐ》を盗み出そうとは、身の程知らずの盗賊よな」


 二つに割れた炎の間から姿を現したのは、皇帝ラファエーレだった。謁見の時とは違い、鎧は身につけていなかったが、精巧な装飾が施された大振りの剣を無造作に構えている。炎による上昇気流により、金色の髪が舞い上がり、本物の獅子ししたてがみのように見える。


「《魔皇まおう》──っ」


 少年が忌々いまいましげに声を押し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る