第12話 逃げ出そうと思ったら──爆発炎上

 シリルと僕は居室いしつを後にして、回廊かいろうとは反対の通路へと入った。

 迷いなく進むシリルに、僕はそっと声をかける。


「……皇宮こうぐうの内部にくわしいの?」

「ああ、別件でいろいろ調べていたからな……しっ、そこの部屋に入るぞ。問題ないと思うが、声は出すなよ」


 シリルは音を立てずに、そっと扉を開けて身体を滑り込ませた。

 部屋の中には寝具や衣類が整然と収納されており、こちらに背を向けてメイド姿の少女がひとり、黙々と作業を続けている。

 僕に扉を閉めるように指示をしてから、シリルは加護かごを解除して、少女へと声をかける。


「カリーナ」

「きゃっ!? ……あ、シリル様! それにキョウヤ様も」


 驚いたような声を上げたカリーナだったが、すぐに何かを察したような様子で声を抑えた。


「……ここから脱出なさるのですね」

「ああ、例のルートを使って、コイツを合流地点まで運んでくれ」


 事前に打ち合わせでもしていたかのように、会話を続けるシリルとカリーナ。

 シリルが顔だけキョウヤに向けた。


「詳しいことは言えないけど、カリーナはオレたちの協力者だ。あとはすべて彼女の指示に従え」

「え? 君は一緒に来ないの?」

「オレはもともと別件で、ここに忍び込んでたんだ。そっちの用事を済ませたあとに合流──」


 ──ゴォオオオオンンッ!!


 不意に激しい轟音ごうおんが響き、建物が揺れた。


「なんだ!?」


 驚いたような声を上げつつ、窓際まどぎわへと駆け寄るシリル。

 窓越しに見える皇宮の本宮ほんぐう、その一角の窓が次々と音高く砕け散り、中から激しい炎が噴き出していた。


「これ、シリルたちがやったのか……?」

「違う!」


 強く否定したシリルは、それ以上、言葉を続けず片耳に手を当てて、何やら独り言のように呟きはじめた。

 声は聞こえなかったが、なんとなく誰か、他の仲間と連絡を取っているのでは無いかと思えたので、僕は声をかけるのを躊躇ためらってしまう。


「悪いがオレは行く──カリーナ、状況が変わったが、なんとかしてやってくれ、頼む」

「わかりました、お任せください」


 力強く頷く少女にニヤリと笑ってみせると、シリルの姿はスウッと消えてしまった。


 ○


 煙が充満じゅうまんする回廊を、僕はカリーナさんの先導に従って走り抜けた。

 僕はいつもの服の上に外働きの小間使こまづかいの外套がいとう羽織はおらされている。

 兵士たちと行き交うことも多いが、怪しまれることはなかった。緊急事態で皇宮こうぐう内が混乱していること、そもそも一般兵士に僕の存在が知らされていなかったということが助けになった。


「こちらです」


 カリーナさんは僕の返事を待たず、火勢かせいが強まっている一角へと進んでいく。


「申し訳ございません、最短距離で向かうにはここを通る必要が……」

「大丈夫、カリーナさんに全部任せた」


 僕は完全に腹をくくっていた──と、いうより、皇宮のこともシリルたちの計画のことも何もわからないので、自分で判断しようがない。


「これって、普通の火事……っていう雰囲気じゃないよね。自分たちはやってないって、シリルは言っていたけど……」

「その通りだと思います」


 短く肯定するカリーナさん。


「今回、皇宮に潜入されている《聖戦士せいせんし》様は、シリル様とアルバート様、それにツァーシュ様の三人と聞いています。それぞれ、《つき》、《》、《みず》の加護かごをお持ちの方々なので、このような炎や爆発を起こすことはないと思います」

「あ、そうなんだ」


 思わず、間の抜けた反応をしてしまう僕。


「今、さらっともう一人の《星の聖戦士》の名前でたよね──」


 ──刹那せつな


 ──ドゴォォォンッ!!


 激しい爆発が起き、僕はカリーナさんと共にまとめて吹き飛ばされた。


「うっ、ぐうううっ!?」


 反射的に身体を縮めたが、もろに壁に打ちつけられて、一瞬気を失いかけてしまう。

 薄れようとする意識を必死に引き戻し、上体を起こして、先導してくれていた少女の姿を探す僕。


「……カリーナさんっ! カリーナさんっっ!!」

「……キョウ……キョウヤ様!」


 崩れた床の下からかすかに声が聞こえ、僕はい寄るようにポカリと開いた大きな穴へと近づく。


「カリーナさん、そこにいるの? 大丈夫!?」


 穴の下は灯りもなく、煙と粉塵ふんじんで見通すこともできない。

 だが、少女の声はハッキリと聞こえた。


「わたしは大丈夫です。ただ、登るのもこちらへ降りていただくのも難しいようです」


 度々せながらも、カリーナさんの声はハッキリとしていた。

 彼女が言うには、下の通路も先に進めば、僕が今いる通路と合流できるらしい。なので、そのまま先に進むようにとのことだった。


「わかった、言う通りにする」


 僕は、そう応えて乱れた外套がいとうを直す。

 そして、爆発音が続く通路の先へと足を進めた。

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