第11話 ゲームオーバーはすぐそこに

 本宮ほんぐうから別館へと戻ってきた僕は、モヤモヤとした感情を持て余して、行儀悪ぎょうぎわるくソファに寝転んでいた。

 これから何をすべきか、それが今回の謁見えっけんであきらかにされるどころか、逆に無能者の烙印らくいんを押されてしまったのだ。

 もともと、周囲から期待されないことには慣れていたので、そのこと自体は気にならなかったが、次の行動の目的を見失ってしまい、気持ちが宙ぶらりんになってしまったカンジだ。


「……本当にノンキなヤツだな」


 突然、窓際の何も無いところからひとりの少年が姿を現した。

 さすがに驚いて、僕はソファからずり落ちかける。

 その様子に、心底呆しんそこあきれた、というようにため息をつく少年──クセのある淡い茶色の髪に、野良犬を思わせる好戦的な光を帯びた緑色の瞳。


「オマエさ、立場が危なくなっていることに気づいているのか?」


 少年はそう言うと、向かい側のソファに腰を下ろして、無造作むぞうさに卓の上にある菓子をつまむ。


「……」

「オイ、なんとか言えよ」

「……名前を教えてくれないような相手の言うことを素直に聞いてもいいのかな、って、思って」

「はぁ? この前のこと根に持ってるのかよ!? 大人げないヤツだな」


 あきれたような表情を見せてから、少年は茶色の髪の毛を搔き回した。


「シリル──オレの名前だ。おまえと同じ《ほし聖戦士せいせんし》ってことになってる」

「シリル君……あの時、もう一人いたよね。彼も同じ《星の聖戦士》なの?」

「君づけはやめろ、呼び捨てでいい」


 シリルはむず痒そうな表情を浮かべて訂正する。


「もうひとりはアルバート、今は外で誰か来ないか見張ってる」


 そう言うと、シリルは卓上の菓子を全部つかみ取ってポケットへとしまい込んでから、ポットを取り上げて勝手にカップへお茶を注いで口に運ぶ。

 僕はその振る舞いには触れずに、身を乗り出して尋ねた。


「二人とも加護かごの力って持ってるの?」

「加護の力……ああ、オレは《つきの聖戦士》らしいぜ。でもって、アルバートのヤツは《の聖戦士》」

「そっか……」


 そう呟きつつ僕が考え込むと、シリルは少し気遣きづかわしげな表情を浮かべる。


「あー、まー、加護の力については気にしてもはじまらないからな。今はとりあえず、生き延びることを考えた方がイイぜ」

「──って、生き延びる、ってどういうこと?」


 「ようやく本題かよ」と、小さくどくづいたシリルだったが、真面目な表情になると大司教だいしきょうの部屋で盗み聞きしたという内容を話してくれた。


「次の《聖戦士召喚》のにえ……?」

「ああ、どうせ役立たずなんだから、生贄いけにえとして利用してやるってさ」


 僕は、小さくため息をついてから、真面目に考え込む。


「……まだ死にたくはないんだけどなぁ、どうしたらいいのかな」


 口を開きながら、思っている以上に思考が冷静になってきたことに僕は驚いていた。自分はそんなに度胸がわっていただろうか。そもそも、平和な社会で生活していた僕にとって、生贄という言葉に具体的なイメージがついてこなかったことが、殺される恐怖という感情に繋がらなかった理由なのかもしれない。

 もっとも、シリルの方は、そんな僕の内心を知るすべもないので、素直に驚いたようだった。


「意外ときもふといんだな、逆よりも何倍もマシだ」


 そう言うとシリルは立ち上がり、座ったままの僕を見下ろすようにして片手をかざす。


「とりあえず、そこにある本を開いて読む振りをしろ」


 シリルの意図いとがわからなかったが、とりあえず僕は言われた通りにした。


「そのまま立ち上がって、こっちにこい」

「あ、ああ……って、ええ!?」


 シリルの言う通りに立ち上がると、座っていた場所に、もう一人の本を読んでいる僕の姿が残っていた。


「こ、これって……」


 動揺する僕に、シリルが淡々たんたんと答えた。


「これがオレの加護、《月の加護》ってヤツ。ついでにいうと、今、オレとアンタの姿は他の人から見えなくなってる」


 その言葉に僕は両手を目の前に挙げてみた。言われてみると、なんとなく表面にうっすらと奇妙な光が見えるような気がする。

 ふと、思い出して、部屋にある鏡へ視線を向けると、そこには僕とシリル、二人の姿は映っていなかった。


「すごい……これなら誰にも見つからずに逃げ出せる」

「そんな簡単な話じゃねぇ」


 僕の感嘆かんたんの言葉をシリルは一蹴いっしゅうする。


「姿を消すのも無制限ってワケじゃない。それに、そこに残したアンタの幻影げんえいも、つのはせいぜい夜までだ。だから、ここからは時間との勝負だからな。とりあえず、後についてこい」

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