第10話 知らないところで僕ピンチ

 ◇◆◇


 ──皇帝の執務室しつむしつ

 

 無言で窓際に立つ皇帝ラファエーレに、大司教だいしきょうアニチェトが汗を拭きつつ、必死に弁明していた。


「《聖戦士せいせんし》とはいえ、《星の聖戦士》であることには変わりありませぬ。間違いなく陛下へいかのお役に立つはずでございまする」

が求めているのは結果だ。最低でも《五大将軍ごだいしょうぐん》並の働きができる者でなければ、存在する意味は無い──違うか?」


 皇帝は脇に控える《五大将軍》筆頭──歴戦の武人といった風貌の親衛隊長しんえいたいちょうベルトランドを一瞥いちべつしてから、大司教を鋭い視線で射すくめた。


「お前たちの求めに応じて召喚用のにえを与え続けてやったが、その結果がアレだとは」


 苛立いらだちを隠そうとせず、重厚な執務机の椅子に腰を下ろして脚を組む。


「──陛下」


 今まで沈黙を守っていたベルトランドが、不意に口を開いた。


何故なにゆえ、そのようにご気分を害されていらっしゃるのですか? あのキョウヤという《無の聖戦士》との謁見えっけん。確かに拍子抜けではございました。しかしながら、それは陛下にとって取るに足らぬ存在だということでもございます。無視して良いのではありませぬか?」


 腹心の将軍の言葉に、皇帝は意表を突かれたような顔をした。

 ベルトランドの指摘通り、あの《無の聖戦士》は毒にも薬にもならない、意に介する必要の無い人間なのかもしれない。だが、実際に皇帝は苛つき、感情を持て余している。

 身を縮こまらせて恐れ入る大司教が、吹き出る冷や汗を拭きながら、私室へ退出しようとする皇帝へ絞り出すように声をかける。


「へ、陛下、その、あの《星の聖戦士》の処遇しょぐうはいかがしたらよろしいかと……」

「お前の好きなようにしろ。適当にごろすもよし、神殿奴隷しんでんどれいとして扱うもよし、どのような末路まつろにも興味はない」


 ○


「皇帝陛下は、我々に次こそは有益な聖戦士を召喚せよと申し渡された」


 アニチェト大司教は目の前の二人──《月霊神殿げつれいしんでん》と《空霊神殿くうれいしんでん》の司教に重々しく告げた。

 皇帝の執務室から這々ほうほうていで退出したことなどおくびにも出さず、大司教は自らの私室に、他の二神殿の司教を呼びつけていたのだ。


「今度こそ失敗は許されぬ。ゆえに、次の儀式では、さらに多数のにえを費やすとともに、あの《無の聖戦士》も贄とする」

「なっ──!?」


 《月霊神殿》の司教が絶句し、《空霊神殿》の司教は困惑の表情を浮かべながら、辛うじて声を押し出した。


「それは、さすがに……」


 だが、大司教は自信ありげに二人を手で制する。


「落ち着け、なにもわしとて自暴自棄じぼうじきになっているわけではない」


 そう前置きして、大司教は冷静に説明をはじめた。

 真っ先に挙げたのは、無の勇者が、すでに《こちらの世界》に現れた以上、次に召喚される勇者は、それ以外の加護を受けた使える聖戦士であるということだった。

 それを踏まえた上で、今回召喚した《聖戦士》が《無の聖戦士》であったというのは、召喚の儀式の捧げ物とした贄の量か質、もしくは、その両方が足りなかったということも考えられる。量は五大将軍の協力も仰いで、今まで以上のを投入すれば良いとして、そこに《無の聖戦士》も加えることで、質の大幅な向上も見込めると考える。


「それに、だ。おぬしたちは知っておるだろうが、《星の聖戦士》召喚にあたっての禁忌きんきがある」

「──《真の聖歌ヴェルン・サンクトカンティーク》ですな」

「うむ。我ら、一部の聖職者せいしょくしゃにしか伝えられていない召喚の秘奥ひおう──その一つが『《九星きゅうせいの聖戦士》を一箇所に集めてはならない』といういましめだ」


 大司教はニヤリと笑う。


「次の召喚の儀に《無の聖戦士》を贄として使ってしまえば、今後、いくら《星の聖戦士》を召喚しても九人揃うことはなくなる」


 二人の司教は不安そうに顔を見合わせた。

 だが、結局二人の司教も消極的しょうきょくてきながら賛同の意を示す。

 そして、今後のことについて話に夢中になっていった彼らは窓際のカーテンが小さく揺れたこと、さらに近くの豪華な絨毯じゅうたんの上に足跡が残っていたことに気づくことはなかった。


◇◆◇

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