第9話 無能の烙印を押されてしまった僕は

「──それでは聖具せいぐをここへ!」


 大司教さんが横に控える神官のひとり──《空霊神殿くうれいしんでん》の司教さんに合図を送る。

 すると、司教さんは後ろに控えていた従者じゅうしゃさんから青色の豪奢ごうしゃな布の包みを受け取り、僕の前へと進み出てきた。

 包みがほどかれ、銀色の樹をかたどった水晶の彫刻ちょうこくがあらわれる。


「これは《星霊樹せいれいじゅ聖具せいぐ》、いわゆる《星霊樹せいれいじゅ九星きゅうせい》の属性を判定する聖具にございます」

「属性……?」


 初めて聞く単語に、僕は大司教さんに疑問を投げかけると、それを見た皇帝は「まだ済ませていなかったのか」と短く叱責した。

 大司教さんは恐縮した面持ちで、皇帝に深々と頭を下げる。


「おお、恐れ入りたてまつりまする。ですが、《建国帝けんこくてい》以来の秘技ひぎにございますれば、ぜひ、皇帝陛下の御前おんまえにて披露させていただければと愚考ぐこうした次第にこざいます」


 皇帝の許可を得て、大司教さんは《星霊樹の聖具》を手に取って、僕に触れるように促した。


「《星霊樹の九星》には、それぞれ《こちらの世界》の源でもある九つの《星の加護》が与えられるといわれておりまする。《》、《みず》、《》、《かぜ》、《よう》、《つき》、《そら》、《やみ》……そして、《》。それらの加護に応じた力を行使することができるのです」


 大司教さんは周りに集う人々にも聞こえるように声を高めた。


「キョウヤ殿は、いわばこの世界の救世主きゅうせいしゅたれという願いから召喚されました。おそらくは、この帝国を照らす《陽の聖戦士》でしょうぞ。もしかすると、穏やかな人となりから《水》や《風》の加護を受けられているかもしれませぬ。もちろん、どんな加護の力でも、この帝国の大きな力となりましょう!」


 差し出された《星霊樹の聖具》を僕が受け取ると、水晶がぶつかりあうような澄みきった音が響きはじめる。


「これぞまさしく《星霊樹の聖戦士》という啓示けいじにございます! このあと加護に応じた光で樹が染まりますぞ!」


 興奮こうふんの色を隠せない大司教、周りの列席者たちも色めきはじめる。

 だが、気は一向に光を放たなかった。

 しばらく、《祭祀の間》に澄んだ音色だけが鳴り響き続ける。


「……よりにもよって《無》の勇者か。余は外れクジを掴まされたというわけだな」


 皇帝が失笑しっしょうを漏らす。

 「お待ちを!」と声を上げる大司教さんを一顧いっこだにせず、これ以上は時間の無駄とばかりに戻っていってしまう。


「お待ちくだされ!」


 焦りの色を隠せず、狼狽ろうばいしつつも皇帝のあとを追う大司教さん。


「えっと……これはどうすれば……」


 僕は音を鳴らし続けるだけの樹を抱えたまま、呆然と立ち尽くす。

 《空霊神殿》の司教さんと、もうひとり、《月霊神殿げつれいしんでん》の司教さんが、憐れみを込めた表情で僕の手から水晶の樹を引き取った。


「無の聖戦士……って」

「正直に言うと我らにも良くわからないのです。《無》の聖戦士に関しては記録や伝承でんしょうが、ほとんど残っておりませぬ。そのため他の加護と比べて不明な点が多いのです──」

「陛下がおっしゃるように外れクジ、《聖戦士》とは名ばかりの無能者ということですな!」


 そう嘲りの声を上げたのは、文官ぶんかんと思われる恰幅かっぷくの良い男だった。

 苦々しげに《空霊神殿》の司教さんがたしなめようとする。


「マルツィーニ大臣……」

「このあとも予定が詰まっております。用済みの方々には早々にご退出いただきたいものですな」


 そういうとマルツィーニ大臣は、すれ違い様、これ見よがしに僕の肩へ身体をぶつけてきた。


「無の勇者、能なし……」


 僕はしばらくの間、その場から動くことができなかった。

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