第8話 皇帝謁見

 同じ《九星きゅうせい聖戦士せいせんし》だと名乗った二人の少年と出会ってから、二日が経った。


「ん、なんか外から音、いや、音楽が聞こえる気がする」


 居室の窓から中庭を見下ろしていた僕は視線を上げた。

 それに気づいたカリーナさんが、昼食の後片付けの手を止める。


「おそらく、皇帝陛下がお帰りになったのだと思います。昨日から本宮ほんぐう付きの使用人たちも忙しそうにしておりましたので」


 皇帝が帰還したということは、ついに《こちらの世界》の最高権力者とあいまみえることになる。

 僕は身体が少し震えていることに気がついた。この震えは緊張なのか、それとも恐怖なのか──この時点では判断はつかなかった。


 僕は気持ちを切り替えようと両頬を叩く。

 すると、同じタイミングで、扉がノックされると同時に勢いよく開かれ、息を切らせた大司教さんが部屋の中に飛び込んできた。


「お待たせいたしました、キョウヤ殿! 明日の朝一番に謁見えっけんが行われることになりました!」


 この時の僕は知るよしも無かった。

《こちらの世界》に来てからの、最初の大きな転機が待ち受けていることを──



 僕は、大司教さんに先導される格好で《祭祀さいし》と呼ばれる謁見場えっけんじょうへと足を踏み入れた。

 中は《むこうの世界》でいう体育館くらいの広さがあるホールだった。正面に一段高くなったステージのような場所があり、中央に豪奢ごうしゃな金色の椅子──玉座ぎょくざが設置されている。さらに、その背後には琥珀金色こはくきんいろの光を帯びたさかずきと、青銀色せいぎんしょくに輝くつるぎ一振ひとふまつられている。


「あれが、《神聖銀オリハルコンさかずき》と《星霊銀ミスリルつるぎ》──代々の皇帝陛下に受け継がれている《聖勇者せいゆうしゃ》のあかしにございます」


 玉座へと続く絨毯じゅうたんの上を歩きながら、そっと大司教さんが教えてくれた。

 そのまま玉座から少し手前の位置まで歩み寄ると、大司教さんがゆっくりとひざまずいたので、僕もならって片膝をつく。


皇帝陛下こうていへいか御入来ごにゅうらい!!」


 大司教さんが、僕に頭を下げるように促す。

 同時に、周りの人々も頭を下げ、室内の空気が一段と重くなったように僕には感じられた。

 そして、一拍置いて、靴音高くひとりの青年が姿を現した。視線だけを上げてその姿を追いかける僕。

 獅子ししのたてがみを彷彿ほうふつとさせる見事な金髪に、透き通るような白い肌。宗教画に描かれた神の御使みつかいのように整った顔立ち。そして、冷たい光を帯びたサファイアの瞳には静かな威厳が満ちている。

 《皇帝ラファエーレ》は漆黒しっこくのマントをひるがえし、玉座へと腰を下ろした。

 僕よりも年上ということだが、年齢の差以上に容貌ようぼう、迫力ともに格が違う存在としか言いようがない。

 皇帝が着席したことを察し、廷臣ていしんたちが顔を上げる。

 その衣擦きぬずれの音が収まる前に、皇帝は前置きも何もなく、僕へと鋭く問いかけてきた。


「お前は何ができるのだ?」

「え?」


 反射的に僕は皇帝に正面から視線を向けたが、逆に皇帝の鋭い視線に射貫かれて、あっさりと圧倒されてしまう。


「武芸か、魔法か、それとも我々にはない知識をもたらすのか」


 僕は言葉に詰まってしまった。

 武芸どころか運動は人並み、魔法に至っては空想上の存在でしかない。一応、《こちらの世界》よりも文明的に発展していると思われる《むこうの世界》の知識を持っているが、それがそのまま《こちらの世界》に適用できる者なのかもわからない。

 そんなことを、困惑しつつたどたどしく口にする僕に対して、皇帝はあからさまな苛立ちの色を見せた。


「それで、お前はの役に立てるのか、といているのだ」

「って、言われても……正直、いきなり召喚されて、それでいて役に立てるかと聞かれても、答えようがないんだけどなぁ」


 いろいろ考えるうちに、逆に冷静さを取り戻せたのか、僕はぼやきを口にするくらいまで開き直っていた。

 だが、皇帝にとっては、そのことが気にさわったようで、表情が一段と険しくなる。

 その空気に慌てた大司教さんがフォローしてくれた。


「勇者殿は、まだ《こちらの世界》のことにはうとい状態でございます。まずは、《星の加護》の属性をあきらかにするところからはじめたいと思いまする──それでは聖具せいぐをここへ!」

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