第5話 気をつけよう、上手い話には裏がある

 ──歌い終えた詩人さんが、一礼して壁際へと退がる。


聖戦士せいせんし様、これがこの国──いや、大陸に伝わる《星の聖戦士》様をたたえる聖歌せいかにございます」

「あ、はい、なんというか、綺麗な歌でしたね」


 僕は、とりあえず無難に返した。

 本当は、歌詞の内容も仰々ぎょうぎょうしいというか、それこそ中二病ちゅうにびょう的なフレーズで、背中がムズムズしてしまうカンジ。


「えっと……その《星の聖戦士》として、《こちらの世界》にばれたんですよね。それで、僕は何をすれば良いんでしょうか?」


 とりあえず、僕は現状を素直に受け入れることにした。そんな僕を正面から眺めながら、大司教さんはひげでてホッホッと笑う。


「《星の聖戦士》様、まずはそちらの絵図えずをご覧いただけますでしょうか」


 大司教さんが合図をすると、壁側に控えていた先ほどの詩人さんが芝居がかった動作でロープを引いた。

 すると、壁を覆っていた布が左右へと分かれて開き、巨大な額縁がくぶちつきの絵地図えちずが現れる。


「これが《ステラスブルートルム大陸図》にございます。そして、その北半分を占めているのが、《クラーラッド帝国》──我らの主、偉大なる《皇帝ラファエーレ陛下》が治める国にございます」


 《ステラスブルートルム大陸》には七つの国がある。

 一番の勢力を誇っているのが、この《クラーラッド帝国》。大陸の覇者はしゃといえる存在なのだが、昨今、残りの六カ国《テアネブリス連合国家》が帝国に対し、挑戦的な態度をみせてきているとのことだった。


「テアネブリスの蛮族ばんぞくどもは、こともあろうににせの《聖勇者せいゆうしゃ》をでっちあげるという愚挙ぐきょに出たのです」


 憤懣ふんまんやるかたないといったていで、大司教は大きなため息をついた。


「《聖勇者》──《星の聖戦士》と関係があるのですか?」

「この大陸には古来から《二つの聖者せいじゃ》の伝承でんしょうが語り継がれておりましてな。まず、キョウヤ殿が《天霊てんれい》の力により、《あちらの世界》から導かれた《星の聖戦士》。そして、もうひとつが《こちらの世界》の人間の中から《神》によって選ばれる《聖勇者》でございます」


 大司教は椅子から立ち上がり、窓際へと歩み寄って、中庭を挟んで対面にある荘厳な建物へと視線を向ける。


「あちらが、この皇宮こうぐう本殿ほんでんになりまする。その中にある《祭祀さいし》には二つの神具しんぐが安置されております」


 《神聖銀オリハルコンさかずき》と、《星霊銀ミスリルつるぎ》──大司教は声色こわいろを変えて敬うように言葉にする。

 聖なる杯は《聖勇者》の証、聖なる剣は《星の聖戦士》たちを統べる象徴。

 帝国を建国した初代皇帝が手にして以来、代々受け継がれていると言うことだった。


「いわば、そのことが、我らが皇帝陛下が《神》と《天霊》に認められていることの証ということでございます」


 現在の《皇帝ラファエーレ》は、まだ二十二歳という若さにも関わらず、代々の皇帝をしのぐ力を持っていると大司教さんが熱く語る。

 それは、武技や魔力といった物理的な力と、政戦両略せいせんりょうりゃくに通ずる深い知性。さらには人だけではなく、魔に属する存在すらも服従させる威光。

 それらこそが、神々から《聖勇者》と認められているゆえである、と。


「……それで、皇帝に協力して、その《テアネブリス》の《偽勇者にせゆうしゃ》に対抗しろ、と?」


 無意識のうちに僕の声のトーンが下がってしまったことに、大司教さんは気づいたようだった。

 穏やかな笑みを浮かべて、さとすように右手を振る。


「いや、そう先走る必要はございませぬ。確かに《テアネブリス》の《偽勇者》どもを排除できれば、この戦乱の危機もおさまりましょうが、我ら帝国には有能な《五大将軍ごだいしょうぐん》率いる強大な軍隊もございますし、《偽勇者》はあくまでまがいもの、そう遠くないうちに自滅することでしょう」


 だが、そうは言っても戦乱が終結するまでに、様々な被害を被ることは避けられない。そこで、《星の聖戦士》様の出番である。古くからの伝承にある《星の聖戦士》様が帝国に顕現けんげんし、真の《聖勇者》たる皇帝陛下の力となれば、《偽勇者》の立場も無くなり、《テアネブリス連合国家》の勢いをくじくことができるであろう──


「いわば、《星の聖戦士》様の存在ひとつで、戦乱も収まり、我らが《クラーラッド帝国》帝国の威光いこうも高まるというわけでございます。小生らが苦難の末にたどり着いた《聖戦士》様召喚の秘奥ひおう、これまで払われた多大な労苦ろうくが、ついにむくわれるときがきたのです!」


途中から、僕を置いてけぼりにして、感極まった様子で熱く語る大司教さんに、僕は正直少しひいていた。

でも、それを露骨ろこつに態度に出すわけにはいかない。

とりあえず、僕は適当に相づちをうちつつ、内心で小さく呟いた。


「これは額面通りに話を受け取ったら、あとでイタイ目をみるパターンだよね……」

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