第6話 召喚した者、された者

 この日から、僕は賓客ひんきゃく待遇で皇宮こうぐうの一角で生活することとなった。

 ただ、賓客といっても行動は制限されているけど。

 皇帝に謁見できれば、その後の待遇も確定して僕も自由に行動することができるようになる。

 大司教だいしきょうさんはそう説明してくれた。


「ま、なるようにしかならないか」


 寝台の上でいろいろ考えた結果、翌朝スッキリと目覚めた状態で至った結論がこれだった。

 僕は寝癖ねぐせのついた髪の毛をき回しながら、もそもそと起き上がる。


「……あ、替えの服や下着のことも考えないとな」


 鏡の前でそう呟いたとき、控えめに扉がノックされた。


「あ、はい、どうぞ」


 慌てて扉の方へ向き直ると、昨日と同じメイド姿の少女が姿を現した。


「もうお目覚めでしたか、朝食をご用意してもよろしいですか?」


 そう微笑む少女に、僕は思わずどぎまぎしてしまう。

 突然、挙動不審きょどうふしん状態におちいった僕に、メイドさんは少しだけ首をかしげたようだったが、気を取り直して部屋の外から銀色のワゴンを押して戻ってきた。


「さあ、冷めないうちにどうぞ」

「あ、はい、いただきます……」


 僕は我ながらぎこちない動きでテーブルの上の食事に手を伸ばした。

 寝起きで空腹だったということもあり、僕はテーブルの上の料理を順調に胃の中へと放り込んでいく。


「あ、そういえば」


 メイド少女さんが食後のお茶を新しいカップへれ直しているところへ、僕は躊躇ためらいがちに問いかける。


「あの、もし、失礼じゃなかったら、その……名前を聞いてもいいかな」


 キョトンと僕を見つめてから、噴き出してしまうメイドさん。


「し、失礼いたしました。これは、その……なんというか、勇者様が思っていたよりも気さくな方で安心したというか、その……」


 そこまで言ってから、コホンと小さく咳払いをすると、背筋を伸ばして小さく一礼する。


「わたくしはカリーナと申します。この来客用の別館付きの召使めしつかいです。《聖戦士せいせんし》様──その、キョウヤ様の身の回りのお世話を言いつかっておりますので、何かありましたら遠慮無くお申し付けくださいね」


 ◇◆◇


「……《聖戦士せいせんし》殿の振る舞いに怪しげな素振そぶりは見受けられませぬ。私が見る限り、能なし貴族の若造わかぞうといった印象しか感じませなんだ」


 錫杖しゃくじょうを手に窓際に立つ大司教だいしきょうの脇に、複数の人間がひざまずいている。


「確かに、あの腑抜ふぬけた表情に貧弱な体つき、到底《聖戦士》と呼ばれる人間とは思えませぬ」

「だが、逆に見知らぬ世界にたったひとりで召喚されたにも関わらず、あの落ち着き払った態度。その点では、ただ者では無いとも言えるのではないですかな」


 錫杖で床を強く突く音が響き、その音で男たちの会話が中断される。


「重要なことは、我らがようやく召喚の儀式を成功させたということだ」


 大司教は、そう言い放つとローブのすそひるがえして窓から離れ、豪奢ごうしゃな椅子に腰を下ろす。


「多大な生贄いけにえを消費して、ようやく八回目にして成功にこぎつけたのだ。この結果を最大限に利用して、我らの影響力の拡大に繋げる必要がある。人物鑑定など、皇帝陛下にお任せすれば良い」


 その言葉に、男たちは恐縮したように頭を垂れた。

 正直なところ、大司教──アニチェトにとっても召喚した《聖戦士》キョウヤという人物に対しては拍子抜ひょうしぬけという印象が強い。

 もちろん、その見立てが誤りで、なにかたぐまれなる能力を持っていて、皇帝にとっての大きな力となれば万々歳ばんばんざいだが、そうならないにしても、召喚成功という功を押し立てて、最大限の利益を確保する必要がある。そうしないと、文字通り生き残れないのが、この《クラーラッド帝国》の権力中枢《皇宮こうぐうルクシンドルム》という場所であった。


「《天霊神てんれいしん》の存在を軽んじる忌々いまいましい取り巻きどもよ」


 皇帝の周りには五将軍を筆頭とする武官ぶかん宰相さいしょうや大臣たち、さらには対立関係にある《聖勇者せいゆうしゃ》の系譜けいふである《リヴェイル真教しんきょう》など、複数の権力者たちがいる。その中でも大司教が率いる《天霊神殿勢力》は、最近とみに遠ざけられている状況だ。


「なんとしてでも《天霊神》の威光を取り戻さなくては──!」


 ◇◆◇

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