第一章 異世界で底辺に叩き落とされる

第4話 ようこそ異世界へ!

 目を開けると、見たことのない天井が視界に入った。

 まだ、ぼうっとする頭を振りながら、僕はゆっくりと身を起こす。

 その途中で気づいたのだが、最初に天井だと思ったのは寝台についている天蓋てんがいだった。


「ちょっと待って、これって……あ、そっか、まだ夢を見てるんだな、たぶん」


 僕はポンと両手を打ちつけて、目の前の現実から目をそらす。


「……くしゅん」


 小さくクシャミをして、その時、僕は自分がパンツを身につけただけの、ほぼ全裸に近い姿であることに気づく。


「えっと、服はどこかなー」


 わざと間延まのびした口調で呟きながら、周りを見渡す──その時。

 不意に視界の端にあった扉が、静かに開いた。


「あっ」

「えっ」


 扉から姿を現したメイド服の少女と、僕のマヌケな声が重なる。

 続けて、部屋の中に降りる沈黙。

 先に我に返ったのは少女の方だった。


「お、お気づきになられたんですね、よかった!」


 少女はそう言いながらソファーの方へと移動し、腕に抱えていた袋をテーブルの上に下ろす。


「ちょ、ちょうど、お召しものをお持ちしました。あ、その、大変汚れておりましたので、勝手に洗濯させていただきましたことをお許しくださいませ」

「あ、そう言えば!」


 僕は慌てて自分の腹へと視線を落とす。

 ナイフのような刃物で刺された場所をそっとでたが、そこには何もなかった──いや、よくよく見ると、うっすらとだが傷跡が残っている。


「お腹の傷は神官様たちの術によって治療されました。《聖戦士せいせんし》様が瀕死ひんしの状態で召喚しょうかんされたと、昨晩、皇宮こうぐう内は大騒ぎになったんです。でも、良かったです、《聖戦士》様が無事に目をお覚ましになって。皆が喜びます」

「え? ちょっと、待って」

「はい?」


 僕は頬を引きつらせながら、スルーすることができなかった単語を再確認する。


……?」

「はい、聖戦士さまはこの皇宮に召喚された《星の聖戦士》さまですわ。無事にお目覚めになったことを城の者たちにさっそく伝え──」


「はい、これは夢! けってーいっ!!」


 僕は少女の言葉を最後まで聞かずに、勢いよく薄手の毛布を頭から被って寝台に横になる。


「せ、聖戦士さま……!?」


 戸惑いながらも、少女メイドがおそるおそる声をかけてくるが、僕は両手で耳をふさいでかたくなに「これは夢だ、これは夢だ」と自分に言い聞かせ続けていた。


 ○


 ──《ステラスブルートルム大陸》


 それが、僕が迷い込んだ世界の名前だった。


 目の前の現実をかたくなに受け入れようとしない僕に対して、少女メイドは根気強く言葉を重ねた。

 その情熱についに折れてしまった僕は、とりあえず服──《現実世界》で着ていた半袖のシャツとジーンズに着替えると、案内されるがまま、別室へと向かう。


「これはこれは、《ほし聖戦士せいせんし》殿。ご無事に目覚められたようで、何よりでございます」


 僕が目覚めた寝室より、さらにひとまわり大きな部屋に僕が入室すると、床に届かんばかりの白い髭を伸ばした老人が満面まんめんの笑みを浮かべて立ち上がった。


「ささっ、どうぞこちらへ」


 その老人は、僕の手を取って席へと案内すると、深々と頭を下げて自ら名乗った。


小生しょうせいはアニチェト・クゥワールタ、皇宮こうぐう付きの大司教だいしきょうつとめているじいでございまする」

「あ、どうも、えっと──僕は須賀原すがはら 鏡矢きょうやといいます」


 なんとなく流れで、つい名乗ってしまう僕。


「ほう、キョウヤ・スガハラ殿と申すか。うむ、珍しい響きの名でございますな。異世界から導かれた《星の聖戦士》殿に相応ふさわしい御名みなかと存じます」


 大司教さんが、大げさな動作で目の前の大テーブルを指し示す。


「《星の聖戦士》様も目覚めたばかりで、右も左もわからない状態でしょうしな。よろしければ、食事をしながら、小生の講釈こうしゃくにおつきあいくだされ」


 僕は素直にその申し出を受け入れた。

 パンや果物、スープと言った食事がテーブルの上に並べられるのを待って、大司教さんはコホンと小さく咳払いをした。


「《星の聖戦士》様、まずは一曲いかがですかな?」


 大司教さんが合図をすると、壁側に控えていたひとりの男が立ち上がる。手にはギターというか琵琶びわのような弦楽器を持っている。

 皇宮付きの詩人だと大司教さんが紹介してくれた。

 詩人さんは、一礼してから弦を掻き鳴らして、朗々と歌い始める。



 ──《星霊樹せいれいじゅ》に九つの星が舞い降りる


 ──そは光と闇をべるもの

 ──そは神と魔の申し子なり

 ──この世の希望の導き手


 ──王よ民よたたえたもう

 

 ──ここのつ星は世の救い

 ──その煌めきはあらゆる存在を守る聖なる刃

 ──その審判は神々の意志

 ──この世に住まう蒼生そうせいの心を統べる光と知れ


 ──我らそらに願う

 ──我ら宙に請う


 ──《星霊樹》に星々の光が宿らんことを

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