第一部 九星の聖戦士──八人しかいないけど

序章 異世界転移するまでの話

第1話 まずは異世界転移する前の話

 夏真っ盛りの首都東京──この日も厳しい熱波に襲われていた。


「待ち合わせ場所、建物の中にするんだったかな……」


 僕──須雅原すがはら 鏡矢きょうやは恨めしそうな表情で空を見上げる。夕方にもなれば、すこしは気温も下がるだろうと思っていたのだが、完全に読みを外してしまったようだった。

 僕は今年大学に入学したばかりの十八歳、だけど年齢より幼く見られることが多い。それ以外は、これといった特徴のない容姿の持ち主である。


「──鏡矢兄ちゃん、ゴメン、待った?」


 ブレザーの制服を着た少年が、僕の姿を見つけて手を振りながら駆け寄ってきた。

 須雅原すがはら 戒理かいり──僕にとっては兄の息子、おいにあたる中学二年生。


「取材の人とかに捕まっちゃってさ、出てくるの遅れちゃったんだ、ゴメン」

「おーおー、人気者はツラいなぁ。まあ、今日の試合もスゴかったし、当然か。個人戦も団体戦も優勝、しかも、全試合二本先取勝ちとか完璧すぎて、逆に呆れるわ」


 そう言いつつ、僕は戒理の頭をでた。

 今日は戒理が出場する剣道の全国大会があり、僕は応援のために朝から会場に詰めていたのだった。

 戒理は僕にとって自慢の甥っ子である。戒理の父親──僕の長兄よりも戒理との年齢が近いということもあって、昔から兄弟の様なつきあいが続いている。


「そんなに楽勝ってワケでもないんだけど」


 そう無邪気に笑う戒理は、同世代の男子たちに比べると、やや細身で小柄ではあるが、剣道だけでなく、弓道、躰道たいどうといった武道を幼い頃から叩き込まれている。しかも、武道と並行して、囲碁、将棋もたしなみ、両方ともプロ棋士から弟子入りの引き合いが来るほどの腕前だったりもして。さらにさらに、当然のように学業の成績も非常に優秀、都内で一、二を争う進学校である有名私立校に通い、常に首席を譲らず、二年生ながら中等部の生徒会長も務めているという万能ぶり。

 最近では、剣道界の王子様とかいうカンジで、テレビや雑誌、インターネットメディアに取り上げられたりすることも増えている。


「それはそうと、前から気になってたんだけど、試合では竹刀しないを一本しか使わないの、なんで? どっちかの腕を痛めてたりするのか?」


 僕の何気ない問いかけに、戒理は呆れたようなため息をついて首を横に振る。


「中学生の試合では、二刀流にとうりゅうは使えないんだよ」

「へぇ、そうなんだ。戒理は二刀流の方が得意だろ? 強いのもそうだけど、見てる僕としても、中二病ちゅうにびょうっぽくてカッコいいと思うし」

「リアル中二に向かって、それ言う?」


 戒理がお腹を押さえて屈託くったくのない笑顔を浮かべる。

 芸能界出身の母親譲りの整った顔立ちに、人懐ひとなつっこい表情。さらに武道で培った整った姿勢や、流れるような所作しょさもあいまって、学校の内外でアイドル扱いされていることも不思議ではない。


 僕と戒理は二人並んで歩き出し、駅へと向かう。

 このまま渋谷へ向かって、事前の約束通り、焼肉をおごるということになっていた。


「全国大会で優勝したんだから、それ相応の焼肉のお店ってことで、よろしくね!」

「一応、バイト代が入ったばかりだけど……頼むから剣道とは違って手加減してくれよ」


 ○


 ──僕が生を受けた須雅原すがはら家は、代々政治家や、医師、大学教授など名士を輩出はいしゅつしている由緒ゆいしょある家だった。


 父の雷次郎らいじろうは、閣僚経験もある元衆議院議員で、現在、長兄の雄斗おとが地盤を継ぎ、次代を担う若手政治家として地歩を固める日々。

 母の小百合さゆりも元官僚から政界へ転身した政治家で、現在は東京都知事として名声を日々高めている。

 次兄の索弥さくやは東京大学医学部を卒業後、准教授の地位に就き、医療界のエリートとして名をせており、僕の双子の弟、飛鳥あすかは高校三年の時に司法試験予備試験に合格、有名私立大に進学後、司法試験へむけて勉学に励んでいる。


 そんな優秀な家族たちの中、僕自身は子供の頃から目立たない存在だった。

 もちろん、決して努力をおこたっていたというワケじゃない。高校生までは学業も運動も平均以上、上の下というくらいのレベルで頑張っていた。兄弟たちほど派手な目標を示すことはできなかったが、将来の進路を教師に決めて両親の了解も得ることができ、順調に大学受験へ向けて準備を進めていた──


 ○


鏡矢きょうや兄ちゃん、そこの肉焼けてるよ!」


 戒理かいりのマジメなツッコミに、僕は我に返った。


「せっかくの高級焼肉なんだから、がしたりなんかしたら、もったいないだろ!」

「……戒理って、たまに貧乏性びんぼうしょうなところあるよな」


 僕は苦笑しつつ、ひょいひょいっと食べ頃に焼き上がった肉を取り皿へと取る。

 戒理は少しだけ考え込むような表情を浮かべた後、ためらいがちに口を開く。


「兄ちゃん……もしかして、この前なんかあったの? ひいお祖父さまの誕生会の時……」


 その問いかけに、僕は言葉を詰まらせてしまった。


「……やっぱり、そうだったんだ。父さんが、また、鏡矢兄ちゃんとあまりつきあうなって言ってきたから」

「そっか……なんか、ゴメンな」


 僕は意志の力を総動員して表情をつくろったが、戒理には見透みすかされてしまっていたようだった。

 戒理は親たちへの不満をぶちまけはじめる。


「今日みたいに普段から応援してくれたり、話を聞いてくれたりするのは鏡矢兄ちゃんだけなのに、あの人たちは全然わかってない!」

「ありがとな、戒理にそう言ってもらえたら、僕も嬉しいよ」


 僕は店員を呼んで、追加の注文を頼む。

 戒理も言いたいことを吐き出したせいか、落ち着いたようだった。

 少しの間を置いて、話題は戒理の学校のことへと移っていく。

 おそらく、家では誰にも聴いてもらえないのだろう、それだけに、楽しげにあれこれと話す戒理だった。

  

 だが、それに並行して僕の心の裏側では、さっきの戒理の言葉にあった、祖父の誕生会の時の光景が再生されていく。

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