第7話

 朝を、普通に起きたのは何年ぶりだろうか。何度も瞬きをして、彼女――藤田このみはベットから起き上がった。薄暗い室内。カーテンを開ければ、ようやく見慣れてきた景色が朝日に照らされて彼女の目の前にあった。しばらく外を眺めて、後ろを振り返る。朝日がゆっくりと室内を照らしていき、室内にはいつもの見慣れた家具たちがあった。ただ、前の家より部屋が広い。家具の配置を新たにして、彼女は新生活を始めていた。彼女がこの部屋に引越しをして、三週間は経とうとしている。日数的にも片づけは終わり、そろそろアクセサリー制作も再開しようと考えていた。引越しでアクセサリー制作をできなかった分、アイディアはメモ帳に描き込んでいる。

――よし、今日はあのアクセサリーを作ろ!

 そう決めた彼女は、まずは顔を洗うことにしたのだった。



 朝ご飯を食べ終えれば、次は薬を飲まなければならない。彼女はテーブルに一つ一つ薬を並べて数を確認していく。数の減った薬を見て、彼女は嬉しくなった。

 引越し後、吉田まこと、津田はじめの二人と医療の知識のある女性とともに、彼女が通院している病院へ向かった。診察室には女性と入り、持参した手紙を主治医に渡す。彼女の不可思議な体質をどの様に伝えるのか、一抹の不安があったが主治医は手紙を読んで、納得してくれた。どうやら暗黙の了解があるらしい。それも、とても強い効力を手紙は持っていたようだ。吉田が言うには、組織は古くからあり、規則に則った書面があれば病院や国の機関さえも有効だとのことだった。怪物モノと関わらなければ、普通は無縁の事である。という事は、彼女の治療もこの病院では終わり、とはならなかった。彼女が飲んでいる薬には、急に止めると副作用が出てしまうものがあった。故に、病院の転院はせずに彼女の体調を診つつ薬の分量を減らしていくとになったのだ。病院での治療は命に関わることが多い為、転院をするかしないかは彼女が選択できた。実は幼少期よりこの病院で主治医に診察してもらっている。長年の信頼がある為、彼女は病院の転院は選択しなかった。その方が、精神的にも安心できると思ったからである。

 彼女は飲む分の薬を確認し、水で一気に飲みこんだ。コップの水も全部飲み干し、いざ、アクセサリー制作!とベランダ側に設置した作業机を向けば――お福さんがベランダにちょこんっと座っていた。

「お福さん?」

 彼女は小走りで近づき、ベランダの窓を開けた。

「おはよう、このみ。お邪魔するぞ〜」

 そう言って、お福さんはするっと室内に入ってきた。周りをキョロキョロと見渡して、すんすんっと匂いを嗅いでいる。彼女は微笑んでウェットティッシュを手に取った。

「おはようございます、お福さん。今日はどうしたの?」

「いやな、引越しもひと段落ついたかと思っての。様子を見にきたんじゃ。どうじゃ、ここにはもう慣れたかの?」

「うん、なんとか」

「そうか。ちなみに、あやつらはどうじゃ?何かポカをやらかしてはおらんか?」

 あやつら、とはもちろん吉田と津田の二人のことである。彼女の部屋の両隣に住んでおり、彼女を護衛するために外出するときは必ず連絡をして一緒に行動する。また、部屋で何か危険があれば壁を破壊して助けに来てくれるとのことだった。流石に壁の破壊はしてほしくはないと彼女は思ったが、部屋で怪物モノに襲われたことがある。破壊してでも助けてくれると言ってくれた事に彼女は感謝をした。彼女はもう、死にたくはないのだ。

 彼女はお福さんの両手足をウェットティッシュで拭きながら良い笑顔で応えた。

「全然!とても良くしてくれて、頼りになるし、とっても助かってる」

 二人は買い物で重たいものを率先して持ってくれたり、献立の助言や料理のレシピをたくさん教えてくれた。彼女の生活は前と違い、とても楽しく充実しているのだった。

「ほっほっほっ!そうかそうか、それなら良いんじゃ」

 お福さんの手を拭き終わると、彼女は床も手際良くササッと拭いていく。すると、

「ん?」

「あ、失敬」

 お福さんがウェットティッシュの端っこをペシッと捕まえて、離した。横を向いて目を瞑っている。尻尾もフリフリ、とても可愛い。彼女はウェットティッシュをゴミ箱に捨てると、お福さんに向き直った。正座である。

「お福さん」

「なんじゃ?」

「抱っこしていい?」

「ん?かまわんぞ〜」

「ありがとう。よいしょー」

 言うが早く、彼女はお福さんを抱っこした。むきゅ〜っと軽く力を入れる。お日様の匂いがした。

「ほっほっほっ。あ、そうじゃ。今日からしばらく泊まらせてもらおうかのぅ――良いかな?」

 その提案に彼女は驚いた。

「私はいいけど…店長さんとお店は、子猫たちは大丈夫なの?」

「なに、ちょいと連絡を入れれば恵も店も大丈夫じゃ。それに子猫らも長いお留守番に慣れておいた方がいい頃合いじゃて。……とても怒られそうじゃがな」

 容易に、帰ってきたお福さんに群がる子猫たちの姿が想像できて、彼女は笑ってしまった。

「そう言う事で…電話を貸してくれんかのぅ?」

「うん、いいよ」

 彼女は一旦、お福さんを床に下ろした。テーブルに置いているスマホを操作してお店――猫カフェに電話をかける。お福さんがひょいっとテーブルに乗ってきた。

「あ、藤田です。おはようございます。あっあの、今日は来店予約じゃなくて私用で……はい、その、お福さんがうちに泊まりたいと………はい、あっはい、替わります。どうぞ、お福さん」

「うむ。――恵かの?そう言うわけで、このみの家にしばらく泊まりたいんじゃが……ん?んん?しばらくは、しばらくじゃよ」

 スマホのスピーカー機能をオンにしているので、店長の声が聞こえてくる。店長はお福さんの言った「しばらく」を聞き出そうとしていた。しかし、お福さんはのらりくらりと店長の言葉をかわしている。

「ほっほっほっ……ほぅ――うむ、わかっておるぞ。では、な。このみ、恵からじゃ」

「あ、はい――もしもし、藤田です。………はい、私は大丈夫です。そっちは――そうですか、わかりました。いいえ、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします!…はい、では」

 結局は店長が折れる形でお福さんは彼女の部屋に泊まることになった。彼女が電話を切ると、お福さんがゴロンと横になる。

「と言うことで、しばらくよろしくなのじゃ〜」

 お福さんはさあ撫でるのじゃ、と言わんばかりに見上げている。

「うん!よろしくね」

 頬を緩めて彼女はお福さんを撫でた。

 しばらくお福さんと生活できるのは嬉しかった。ただ、猫グッズが無いので吉田と津田に連絡を入れて買い物に行かないといけない。早速、連絡を入れようとスマホの連絡用アプリを開いた。と、ここでふと彼女は思った。

――ここって、ペット可の部屋だっけ?

 急な引越しかつ自分の事で手一杯だったのもあり、その辺りを確認していなかった。やばいかもしれない、と内心ヒヤヒヤしながら彼女はお福さんを撫でつつ、吉田にメッセージを送信するのだった。

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