第6話

 時は、彼女が猫カフェに通い始めた頃に遡る。

 当初は猫の生態を記録しようと猫カフェにネコ――を設置していた。順調に記録も増え、ネコカメラを撤退させようと外に出したその時、暴走したキャストがネコカメラを襲ったのだ。ネコカメラは沢山ある。破壊されても気にも留めないのだが、彼女はそうじゃなかった。ネコカメラは猫の姿そのままである。彼女はネコカメラを庇い、食われた。猫カフェに住む猫又がキャストを倒したが、明らかに彼女は死んでいる。そう、死んだ。死んだ、はずだった。突如、彼女の止まった心臓が動き出したと思えば、食われた肉が元に戻る。ただその時は意識だけは完全には戻らず、夢遊病のように動き出した。しかし、数日の内に完全に元通りとなったのだ。普通の人には起こりえないその光景を、見てしまっては彼女の一生を追いかけたくなる。そう、かの者は彼女のファンになった。



 黒髪の青年――吉田まことが静かに話している。時折、猫カフェの店長――山下恵が補足を加えてくれた。内容は、こうだ。

 吉田が最初に言った『ある人』というのは店長とお福さんのことだった。猫カフェ前で彼女――藤田このみが怪物モノに襲われたネコを助けて死んだその日から、彼女のあらゆる情報を記録し続けていたそうだ。そして今日ようやく怪物モノ退治専門の組織から護衛が派遣される事になったと言う。お福さんが言った。

「このみ。お主の肉体の治癒力は不死の力に近いようじゃ。生きておれば、大なり小なり治癒力に差はあるというもの。しかし、長年生きておる我でも死んでから蘇るというのは始めて見る。妖怪との混血かとも思い、血液も調べたんじゃがな。何にもなく、お主は普通の人間じゃった」

「で。俺らと同じように力があるのかと見ても…ねえんだよなぁ〜これが」

 金髪の青年――津田はじめが考えながら答えた。全員が難しい顔をしている。彼女がふと思い、言った。

「呪いですか?」

「「「「それはない」」」」

 四人の声が見事にハモった。

「呪いの『の』の字もないのじゃよ、これが…」

「かと言って祝福でもないのよね…」

「本当に純粋な肉体の治癒力…」

「俺らの力とも違うし、マジでなんで状態…」

 四人が唸って考え込んでしまった。彼女も考える。

――私の体、とっても面倒くさいんだなぁ…。

 一歩引いた他人行儀な思いを抱きつつ、彼女はカフェオレを飲んだ。

「まぁなんじゃ、調査しても考えても分からんもんは分からん。結局は、怪物モノに襲われておる現状を何とかせねばならぬ。その結論が、護衛じゃ」

「そうね。死んで蘇った代償が、意識の混濁や記憶の欠如に繋がっているのは確か。死ぬことがなくなれば、病院に通わずに普通の日常生活を送れるはずよ」

「え…」

 普通の日常生活が送れる、と聞いて彼女は驚いた。

「病気…じゃな、いの??」

「そうよ。貴方は病気ではない。怪物モノに殺されることが無くなれば、今以上に健やかに暮らせるわ」

「――病気じゃない」

 彼女は、意識が曖昧な状態が死に戻りの影響で病気ではないと言うことに不思議な気持ちになった。肩の荷が降りたような、ずっと疑問に思っていたことが分かって安堵したような、とても不思議な気持ちだ。

「ただ、護衛に伴って重要なことを言うぞ」

「…重要なこと?」

 吉田が頷いた。

「まず、護衛は俺と一が行うんだが、何があってもすぐに対応出来るように俺たちの近くに引越しをしてもらう必要がある。怪物モノに襲われる頻度も多くなっている。正直、君の家が遠いと護衛は難しい」

――あれ?そういえば……。

 ここで、彼女は疑問に思った事を口にした。

「あの、怪物モノでしたっけ?そいつはさっき倒したんじゃないんですか?」

「残念だが、怪物モノはさっきの奴以外にもいるんだ」

「あ……そうなんですか……」

「今日の一体を倒しても、また別の怪物モノが襲ってくるわ。それに貴方の家もバレている。だから、すぐに引っ越した方がいいの」

 確かに彼女は家でも襲われた。それを考えれば、引っ越しは必要なことだろう。下を向いて彼女は考えていた。吉田は話しを続ける。

「引越しの費用は全額こちらが負担する。男の俺たちだけじゃなく、女性も数名手伝いに来るから心配はいらない」

 どうやら決定事項のようだ。それもそうだろう。拒否れば、怪物モノに殺され続けるだけなのだから。しかし、何故こんなに親身になってくれるのだろうか。そう目を瞑って考えている彼女に、津田の声が聞こえた。

「よくある話になっちまうが……俺の両親、怪物モノに食われたんだ」

 津田を見ると、コーヒーを見つめていた。

「他の組織の連中も大体が似たようなもんで…助けれるなら助けたいんだよ」

 津田の言葉に店長が悲しい表情を浮かべた。

「貴方が目の前で死んで蘇った時は驚いたわ。でも――それ以上にずっと死に続けて…それでも生き続けなければならない姿を見て、絶対に何とかしないとと思ったの」

 店長が彼女に向き直る。その眼差しは嘘をついておらず、決意に満ちていた。

「お願い……私たちを信じて」

 その言葉を聞いて、彼女はゆっくりと目を閉じた。

 考えるのは、いつもそうだ。

「――自分が、生きてるのか…死んでいるのか…分からなくなってました。所々、記憶が無くて……自分がどうやって生きているのかも、曖昧で怖い」

 微笑みながら、ぽつり、ぽつりと彼女は呟いていく。

「どうして、と原因は今も分からないけど…ずっと、薬を飲まなくて良くなるなら……その方がいい」

 今飲んでいる薬も彼女の症状に合わせて処方されている。間違ってはいない。ただ、症状の根本的な原因が『死んで甦った代償』という、薬ではどうしようのないことだった。ならば、取るべき行動は一つだ。

 彼女は顔を上げた。

「みんなを、頼らせてください。――お願いします。」

 頭を下げる彼女に、津田はニカッと笑った。

「任せろよ!その為に、お前のところに来たんだからさ!」

 力強く、安心できる言葉だ。吉田も店長も、お福さんも津田の言葉に笑みを浮かべている。暖かい空気に彼女は安心して、微笑んだ。

「ありがとう」

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