第3話

 可愛く愛くるしい姿を見るのはとても微笑ましいものがある。その中でも個人的に一推しはすでに分かる通り、猫だ。全身で愛情を表現し、にゃーと言う独特の鳴き声で人を虜にする。その猫の寝る姿に遊ぶ姿が、モニターの中でたくさん映っていた。

「素敵な癒し」

 猫たちの微笑ましい姿で笑顔になっていると、カランッと扉が開いて次の物語が始まった。



 彼女――藤田このみがいつも通う猫カフェは、言わば保護猫カフェだ。ほとんどの猫は店長――山下恵やお福さんが保護して育てた子たちで、里親も募集していた。差はあれど猫たちは猫ミュケーションが高いため、里親が見つかる率が高い。今日もあの子は居るかなと、彼女は猫カフェの二重扉を開けた。

 レジ台の横でPCを触っていた店長が、笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃい、このみちゃん」

 彼女はこの猫カフェが大好きで、毎週のように通った。そうして店長とお福さんとも仲良くなり、今では個人的にも連絡を取り合う仲である。持病を持つ彼女にとって、猫と共に何かと気にかけてくれる店長はとてもありがたい存在だった。

 彼女が微笑みながら軽く会釈をする。一歩前に進むと、お福さんがするりと横を通り過ぎた。

「あ、お福さん。久しぶりに朝からいなかったから心配したのよ?」

 店長が困った笑顔を見せた。お福さんはレジ代に飛び乗り、そのまま座る。目を瞑りつつ、尻尾を大きく振って返事をした。

「もう、しょうがないわね。――お待たせしました。今日はどうする?」

「えっと…時間は2時間で、カフェラテをお願いします」

「は〜い、いつもありがとう」

 彼女は気恥ずかしそうに笑った。ここの利用料金は後払いである。終了時刻が書いてある紙を貰い、荷物置きの棚にバッグを置いた。そして、猫たちに気をつけながら奥の1人席に座る。一息ついてから彼女は思った。猫が少ない気がする。周りを見ると寝てる子もいるが、元気に遊んでいる猫が少ない気がした。春とは言え、急に寒くなることもある。体調が悪くなった子が多いのだろうかと考え、店長とカフェラテを待つことにした。しかしその時、1匹の子猫がオレンジ色の毛糸の帽子を咥えて歩いているのが見えた。加えている帽子が大きいためか、歩きにくそうだ。

――他のお客さんがいるのかな?

 そう思った彼女は店内を見渡した。そして、微笑ましいと言うか少し大変な光景を見た。

 店内には2人の青年がいた。正座している金髪の青年の背中から頭に子猫が3匹、黒髪の青年の両肩に子猫が2匹寝て過ごしている。金髪の青年に至っては、子猫たちから髪の毛や服を噛み噛みと遊ばれて大変なことになっていた。

――あー…流石に、これは店長さん呼んだ方がいいな。

 猫カフェでの子猫の抱っこは禁止だった。子猫の身に危険があった場合を除いて、ではあるが、何かあれば店長を呼ぶのがルールである。この場合は、子猫が人に悪戯をし過ぎているので店長を呼んだ方が良かった。そう彼女が考えて立ち上がる。すると、2人のか細い会話が聞こえてきた。

「先輩…こいつら、どうしたらいいっすか?」

「耐えろ」

「そう言って、俺たちもう1時間はこの状態っすよ?流石に恵さ――店長呼んだ方が良いんじゃ……」

「子猫が両足の上でも寝てるから呼びに行けねぇ」

「ええ……先輩、子猫足の上にもいるんすか」

「スマホの上でも寝てるぞ」

「マジっすか…子猫つえぇ……」

 その光景を見たい欲を抑えて、彼女は店長を呼びにレジへ向かった。しかしタイミング良く、店長が木のお盆にカフェラテが入ったカップを乗せて現れた。

「お待たせ、このみちゃん。ふわふわにゃんこのカフェラテです」

「あ、あのっ店長さん」

「あら、どうしたの?」

 彼女のちょっと困った様子に店長は首を傾げた。

「あちらのお客さんなんですが、子猫たちが……」

「うん――あら?あらあら、まあ」

 2人の青年を見て、店長は目をぱちくりさせた。歩き出そうとして、手元のカフェラテを見る。

「あ、いただきます」

「あぁ、ありがとう。今日もゆっくり過ごしてね」

 彼女が会釈すると、店長はにっこりと微笑んで2人の青年の元へ向かった。

まことくん、はじめくん、大丈夫?」

「恵さぁ〜ん」

 金髪の青年の少し情けない声が聞こえてきた。しかし、これ以上聞くのも野暮というもの。彼女は席に戻り、木のお盆をテーブルに置いた。椅子に猫がいない事を確認してから座る。猫に座る場所を奪われるのは、ここではいつもの事だった。

 彼女はスプーンを片手にカフェラテが入ったカップを目線の高さまで持ち上げる。ふわふわにゃんこのカフェラテ、と言うだけあり、3Dラテアートの猫が乗っていた。丸っこく可愛いフォルムに、にっこり笑顔のウィンクも可愛い。このカフェラテはここの看板ドリンクの1つだった。以前は3Dラテアートの飲み方に悩んだ彼女だが、結局は容赦なくスプーンでカフェラテごと少し食べてから全体を混ぜて飲むと言う事に落ち着いた。3Dラテアートはミルクの泡で出来ているので、混ぜる事でカフェラテのミルク感が増して美味しかったのである。見て楽しんだ後は、飲んで幸せ気持ちになった。

 彼女がカフェラテを堪能していると、太ももに小さな重みを感じた。視線を向けると、オレンジ色の毛糸の帽子を加えた子猫が太ももの上に登ろうとして見上げていた。彼女はカップをテーブルに置き、子猫のお尻にそっと手を添える。手が添えられた事で子猫は太ももに登ることができた。オレンジ色の毛糸の帽子をいい感じに敷いて毛繕いを始めている。彼女が頭を撫でると気持ちよさそうに子猫は喉を鳴らした。そして、オレンジ色の毛糸の帽子を口に加えて踏み踏みしだすと、彼女はもうニッコニコである。

―― 尊 い 。

 この一言に尽きた。彼女は子猫の可愛さに悶えている。ちょっと落ち着こうとカフェラテのカップに手を伸ばした。

「あー……すまん、ちょっといいか?」

 彼女が顔を上げると、金髪の青年がぎこちない笑顔で立っていた。その後ろのレジでは、黒髪の青年が料金の支払いを行なっている。彼女がきょとんとしていると、金髪の青年が話しかけてきた。

「さっき、恵さ――店長呼んでくれただろ?動けなかったから助かった、ありがとな」

「いえ…あの、大丈夫でした?」

「あー、大丈夫!これでも体は鍛えてるし、まあ、猫も可愛かったし?全然問題ない」

「そうですか。それは良かったです」

「あー。で、初対面の人に頼むのもアレなんだけど……」

 金髪の青年が困ったような表情で、彼女の太ももにいる子猫を指差した。

「実はその子猫が布団にしてる帽子、俺のなんだよね。さっき持ってかれちゃってさ〜…どこ行ったんだ?と思ってたら、君の所にいた訳で――帽子を回収出来たら回収しててほしいんだ。俺も先輩もまたここに来るし、店長に話はしてあるからさ。ね、頼むよ」

 オレンジ色の毛糸の帽子は金髪の青年の物であった。両手を合わせて頼んでいる金髪の青年と寝ている子猫を交互に見て、彼女は頷いた。

「良いですよ。――ただ、この子が帽子を離してくれたら、になりますが」

「うんうん!それで全然構わない。助かるよ、ありがとう!」

 花が咲きそうな笑顔である。つられて彼女も笑顔になった。

はじめ

 落ち着いた声が聞こえた。金髪の青年が振り返ったので、彼女も後ろを覗く。黒髪の青年が彼女に気付いて、会釈をした。彼女も会釈をする。黒髪の青年が微笑み、すぐに真面目な顔となり金髪の青年を見た。

「行くぞ」

「うーすっ。それじゃ、俺はこれで。――またな」

「あ、お気をつけて。――またな?」

 彼女が「またな」の言葉に首を傾げている間に、2人の青年は退店していった。

――また来店するって言ってたからかな?

 そう思い、彼女はカフェラテに手を伸ばした。


「ありがとうございました」

「こちらこそ、今日もありがとう。帰りは気をつけてね」

 彼女はお辞儀をして、猫カフェを後にした。

 猫たちから極上の癒しを貰った彼女の足取りは軽い。心の不安も無くなり、今日は安心して寝れそうだった。

 そういえば、オレンジ色の毛糸の帽子は子猫が気に入りすぎて離してくれなかった。まあ、彼はまた来店するとか言ってたから大丈夫だろう。店長さんとも知り合いのようだったし。猫カフェに行くのが更に楽しみになった。さて、もうすぐ家に着く。何もない。楽しい思いをしたのに、何かあるはずがない。人の、顔だけが、路地から出てくるなんて事は、ない。では、迫る顔は何だ。だらけた長い舌は。裂けて大きく開かれた口は、尖った歯は、自由に蠢く髪は、何だ。何だ。何だ。な ん だ 。

 彼女は理解した。

――あ、死ぬ。

 生臭い息が顔にかかる。尖った歯がスローモーションの様にゆっくりと狭まってきて、それが、ガキンッと眼前で閉じた。顔が離れていく。いや、彼女が後ろに引っ張られている。すごいスピードで空を飛び、ゆっくりと着地した。彼女がよろけると、優しい力で肩を抱かれた。顔を上げれば、見覚えのある青年が前を睨んでいる。猫カフェで出会った黒髪の青年だ。何故と思っていると、また聞いたことのある声が聞こえた。

「ようやく現れたっすね、先輩」

 すぐ横を、体を解しながら見覚えのある青年が歩いていった。あの、金髪の青年だ。少し先で止まり、両の拳同士を打ちつける。

怪物モノ退治の始まりだ」

 どこか楽しそうな声音に、彼女は何故か安心するのだった。

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