第4話

 昔から不思議なモノたちは存在すると言われた。日本なら妖怪や八百万の神や幽霊とか、西洋なら妖精や精霊とか、まあ、名前があっても目に見えない存在として認識されている。それが認識できるということは、普通ではないということか。少なくとも、この状況は普通ではない。しかし、モニターの前の存在――怪物モノは血走った目と避けた口に尖った歯が生えた頭のみと言う形容し難い存在で、何かしらの名前があるようには見えない。

「今のキャストは気持ち悪いわね〜…前の姿の方が好きだわ、私」

 そこは暗闇。くうに浮かせたモニターを、かの者は同じく浮遊して見ている。指を回すと淡い光の小さな玉が出現し、それをパクリと食べた。甘い味が広がる。いつだって、物語を見ている最中は口寂しくなるものだ。

「さて、どうなるかしら?」

 モニターの中で金髪の青年が不敵に笑う。キャストとの戦いが始まるその瞬間、次の物語が始まった。



 静かな住宅街に緊迫した空気が流れていた。道路の真ん中で、金髪の青年が顔だけの怪物モノと対峙している。その後ろで、黒髪の青年に肩を抱かれた藤田このみがいた。目の前の恐ろしく非現実な状況に理解が追いつかない。彼女は、呼吸を整えることで手一杯だった。

 怪物モノが金髪の青年を見る。いや、彼女を見た。クツクツと笑いが漏れ、涎が溢れ出てくる。

「汚ねえなぁ」

 金髪の青年が冷めた目を怪物モノに向けた。拳に力を込める。

 怪物モノは一通り笑い終えると、体を震わせ、そして、耳を劈く咆哮を上げた。顔が割れ、無数の触手が出現し、グチュグチュと音を立てて何かの形を形成していく。ホラーゲームでしか見たことのない光景が、現実におこっている。恐ろしい。底知れない恐怖に、彼女は目を瞑って黒髪の青年にしがみついた。

速殺そくさつ

 金髪の青年が動いた。地面を蹴って弾丸の様に走っていく。その間、怪物モノの形が定まった。二足歩行――歪な猿の姿だ。それを見て、金髪の青年は的確に重たい一撃を当てていく。怪物モノも負けじと攻撃を繰り出すが、形を形成して間もないため動きづらいのだろう。大振りで隙のある攻撃では、金髪の青年には当たらない。動きが鈍い今が、討伐するには正に好機と言えた。金髪の青年は隙を突き、脆い箇所を突き、素早く確実に怪物モノを追い込んでいった。

「滅しろ」

 金髪の青年の拳に熱い力が宿る。爆発力を極限まで高めたちからは、怪物モノの上半身を一瞬で吹き飛ばした。残った下半身がよろめいて、地面にヒビが入る。その時、黒髪の青年が数珠を左手に構えながら言った。

「下だ」

 金髪の青年が下の何かに気づいた。同時に体が真上に引っ張られる。黒髪の青年だ。数珠が光り、金髪の青年に力を送っている。そこへ地面から顔が――怪物モノが大口を開けて突き破ってきた。だが、金髪の青年は不敵に笑う。その笑みに怪物モノが気がついた。金髪の青年との距離が一向に縮まらない、と。

「ナイス、先輩」

 その言葉の意味に、怪物モノはギョロリと左右に眼を向けた。視線の先で、黒髪の青年が数珠を掲げて呪を唱えている。これにより怪物モノはその場に拘束され、動きを封じられていた。怪物モノの前に炎の印が出現する。察した怪物モノが叫ぶが虚しく、金髪の青年が空中で拳を内側に体を丸めた体勢をとった。力を溜めている。

「マ・ジ・で、滅しろ」

 解放した力は爆発的な威力となって拳に宿り、力と呼応した印が煌々と熱を放った。それを見て、黒髪の青年が浮遊の術を解く。落下の勢いに更に回転で速度をつけ、金髪の青年は印へ拳を打ちつけた。力が込められた拳は起爆剤、印は苛烈な爆炎となる。轟音と共に怪物モノを消し飛ばした後、残ったのは何もない。金髪の青年がゆっくりと立ち上がった。

「――大丈夫だ。先輩、掃除屋に連絡入れてほしいっす!」

「もう入れた」

「流石っす!じゃあ、そろそろ来るっすね――あ〜…もう大丈夫なんだが、大丈夫か?」

「う、うぅ?」

 彼女の口から呻き声が出た。とても緊張しているらしい。ゆっくりと顔を向ける。いつの間にか、金髪の青年が心配そうな表情で立っていた。

「戦う怪物モノは倒したからさ。痛いのも怖いのも、もう大丈夫!だから、安心してくれよ」

 力強い笑顔を向ける金髪の青年。その笑顔に彼女は緊張が緩んだ。そして気がついた。洋服を、黒髪の青年の洋服を握りしめて密着していることに。黒髪の青年と目が合うと優しく微笑んんでくれたが、慌てて黒髪の青年から離れた。

「ご、ごめんなさい!」

 しかし、緊張で強張った体は上手く動かない。思いっきりよろけてしまったところを金髪の青年が受け止めてくれた。

「おっおい、急に動き出すと危ないって!」

「うぅ……ごめんなさい…」

 体勢を整えた彼女は、しょんぼりと肩を落とした。溜め息もとても深い。彼女の様子を見ていた黒髪の青年が口を開いた。

「――よし。すぐにここを離れるぞ」

「恵さんの所っすか?」

「そうだ」

「あ、あの……」

「ああ、すまない。混乱しているだろうが、詳しくは猫カフェで話しをしようと思う。いいか?」

「全然いいです。猫カフェに行きましょう」

 即決、即答で彼女は応えた。先程の恐怖と緊張は何処へやら。彼女の頭の中は、猫を眺めながら飲み物を飲む事でいっぱいである。ニシシッと笑いながら金髪の青年は言った。

「じゃあ、さっそく猫カフェに行くっすよ〜」

「はーい」

 彼女が元気に返事をした。金髪の青年について行く足取りはぎこちなくも軽い。その様子を黒髪の青年は微笑みつつ、彼女の様子を分析していた。

――緊張によって体の強張りがまだあるが、精神は安定している………大丈夫か。

 黒髪の青年がポケットからスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

「――俺です。予定通り、今から彼女を連れてそちらに向かいます。………………はい……はい、分かりました。よろしくお願いします、恵さん」

 黒髪の青年が電話を終える。前方をみると、二人が立ち止まって話しをしていた。黒髪の青年が駆け寄る。

「すまん、待たせた」

「いえ、大丈夫です」

「先輩、恵さんですよね?俺の帽子のこと何か言ってました?」

「何も言ってないな」

「マジかぁ……あの子猫ちゃんは何をそんなに気に入っちゃったんだか」

「……毛糸だからかな?」

 他愛もない会話をしながら、三人は猫カフェへと歩いて行った。



 三人が歩いて少し、黒髪の青年が誰にも聞こえない声で術を唱えた。すると、民家の屋根から彼女を見ていたネコが爆ぜてチリとなり消えたのだった。


 映像が途切れたのは、言うまでもない。

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