第3話 

 アスタリス・ノワーダルクが前世の記憶があると認識したのはいつだっただろうか。

 自我が芽生えてくるあたりで、「あれ?」と思うことは何度もあったのだ。

 それが前世の記憶だと認識したのはもう少し大人になってからで、さらにはここがプロフロの世界で、その悪役令嬢であったアステリア・ノワーダルクに転生していると理解したのは本当に最近になってからだった。


 それはアスタリスにしては仕方のないことだった。


 そもそもアスタリスはノワーダルク家の三男として生まれた。

 れっきとした男である。

 

 ただし、アステリアもそうであったように、宵星の巫女という夜の女王たる闇の大精霊の愛し子ではあった。

 闇属性の家系、特にノワーダルク家は男系家系であったが、巫女には女性が多かった。

 というのも、闇の大精霊はその子を我が子のように愛し庇護する。それは寵愛や溺愛でもあり、ただただ無条件の無償の愛をひたすらに注ぐ。

 そして、その愛を一心に受けた宵星の巫女はノワーダルク家、そして闇属性の安寧と繁栄をもたらすのである。


 他の属性にも大精霊がいて、愛し子はいるらしいが、闇属性ほどではない。

 それは闇属性が精神に働きかける属性であることが大きい。闇の大精霊の深い愛情は闇よりも深く真綿で包まれるように温かいのだ。


 しかし、騎士の家系でもあるノワーダルク家の男子は愛されるよりも愛し守る方に徹する。

 早ければ5歳くらいから訓練が始まる。

 もちろん愛を受け取ることはできるが、それでは闇の大精霊は満足しない。

 大昔の巫女であった男児は5歳くらいから騎士として守られることをよしとせず、大精霊の愛情を受け取ることを「申し訳ない」と思うようになってしまったため、ただひたすらに愛されるよう隠されてしまった事例があり、それ以降、巫女が男子の場合、少なくとも15歳までは女子として育てられる。

 それ以降は、大人になったと闇の大精霊が子離れするようなのだ。


 アスタリスも宵星の巫女の特徴であるキラキラと星を内包したような輝きを持つ黒髪、黒目であった。

 アステリアと違ったのは、その黒髪が縦ロールのロングヘアではなく、ふわふわなウェーブヘアであった。


 本来ならアステリアもたっぷりの愛情を受け取っていたのだが、ライオネルとの婚約により学園へ入学したことで、孤独や無能感などの負の感情が止まらなくなり、ラスボスとなってしまったのだ。


 しかしプロフロではすでに悪役令嬢というポジショニングされたアステリアしか描かれていなかった上、アスタリスは家族や領民にもたっぷりと愛され守られたため、アステリアの鋭さも感じる凛とした佇まいはなく、穏やかでのんびりとした子どもに育っていた。


 さらにはプロフロ自体は前世の姉の影響でアニメや映画を見たくらいで、ゲームをプレイしたことはなく、その内容は姉からしか聞いていなかったということも大きいかもしれない。


 まだ前世の記憶があるということをわかっていなかったアスタリスに転機が訪れたのは10歳の時だった。


 闇属性の公爵家というだけで他の属性からは敬遠されるため、基本的にこちらからの誘いも向こうからの誘いもないのだが、初めてお茶会の招待状が届いた。

 とある伯爵家が合同で開催するというものであった。


 せっかくなので行くというアスタリスに家族たちは大いに戸惑った。

 アスタリスも闇属性の現状を知らないわけではない。しかし、直感で行った方がいいと思ったのだ。

 

 そこで主催者のご令嬢であったミモザとエシェリー、そしてグラハムとウォーレンという侯爵令息と伯爵令息と仲良くなることができた。

 なかなか会えるものではなかったが、手紙のやり取りをしたり、五人でお茶会をすることもあった。


 その後、ミモザ、エシェリー、グラハム、ウォーレンとのお茶会は一年に一度以上は開かれていくことになる。

 少し経った頃にはアスタリスが宵星の巫女であることは四人には伝えられていた。だからと言って特別な存在ではないこともアスタリスの口から伝え、四人はそれをさも当たり前のように受け入れて、彼らはアスタリスを公爵令息だからというわけでも闇属性だからでもなく、とても大切な友達として接していった。


 四人との邂逅から少しして、王宮からお茶会の招待状が届く。


 わかりやすくいえば、王子とアスタリスの婚約締結のためのものであった。


 この国の慣習である王位継承者と公爵家の婚姻を踏襲したものだった。

 アスタリスは男であったが、どうしたものか宵星の巫女の男性というのはこの国に限っては公爵家以上の家格であれば男性でも妊娠可能であるのだという。

 第一王子であるライオネルとアスタリスは同い年であり、他の相手となる公爵家令嬢はだいぶ上の年齢に一人いるくらいであった。

 今後生まれてくる可能性もあるが、そんな不確かなことも言っていられないということなのだろう。


 アスタリスは宵星の巫女で闇の精霊王から溺愛されていても、男性であることを捨てたわけではなかったため、抵抗があった。


 そして、アスタリスは、お茶会当日ひどく体調を崩し欠席することとなる。

 それでも王家は何度も機会を改めては招待状を送ってきたため、アスタリスだけでなくノワーダルク家は戸惑いを見せた。


 これまで関わろうとしない、むしろ敬遠していたのになぜ?


 その疑問は解けないまま、そしてアスタリスはお茶会のたびに体調を崩し出席できぬまま、14歳になっていた。


 四人から聞いていた学園のこと。もし王子との婚約が締結されれば自分も行かなくてはならなくなる。楽しそうではあるが、学園で学ぶことが必要かといえば不要である。

 学園で学ぶことのほとんどをすでにアスタリスは学び終えていたし、学園に行くのはどちらかというと交流の目的が大きくなると理解していた。

 

 四人がいたとしても、他の学生がいる中でこれまで通りに仲良くしてくれるのだろうか?他の人の目があるところだといつものような接し方は難しいのではないか。


 まだ学園に行くことも決まってないのに、アスタリスはそんなことを想像して胸を痛めていた。


 それよりも王子との婚約の件は何も解決していなかった。

 そろそろ15歳になろうという時、ノワーダルク家は王家に対してこれ以上、婚約の話を先延ばしにする必要はないこと、さらに別の公爵家に10歳以上年下ではあるが女児が生まれたこともあり、アスタリスである必要もなくなったことを伝えた。


 しかし、王家はそれに対しノワーダルク家に訪問という形で否を唱えたのだった。


 アスタリスはやはり体調を崩して床に臥せってしまう。

 これでは会えないから最後にという公爵に対し王子は、一目だけでもと申し出た。


 体調不良が事実であるとはいえ、顔合わせのお茶会のたびに約束を反故にしていた後ろめたさもあり、公爵は承諾する。

 

 アスタリスはライオネルの顔を見た途端、女性の声が頭に響き渡り意識を失ってしまう。


 それが前世の姉の声であり、プロフロの話を捲し立てるように話してくれていた時のことだとわかったのは、意識を失っている間にはっきりと前世の記憶が自分の中に明確に流れ込んできたからだった。

 

 意識を取り戻したのは2日後であり、目を覚ました時の専属メイドのメイの泣きそうな顔は忘れられない。


 しかし、もっとインパクトを与えたのは、王子との婚約が締結されていて、家族がそれを受け入れていたからだった。

 しかも、王子がどうしてアスタリスと結婚したいかを、そしてしなければいけないのかを熱弁したというのだからアスタリスは驚いたのだ。


 プロフロではライオネルは義務だろうが慣習だろうが、アステリアとの婚約を嫌がっていたのだから。


 ただ、ライオネルが「結婚しなければいけない」と言ったからには政略的意図があるのだろうと思い、ライオネルとの交流は最低限になるだろうと考える。

 そして、どうせ主人公であるイオが現れれば、自分は不要となるののだから、おとなしくしていればいいと結論づけた。


 そこで気がつけばよかったのだ。

 悪役令嬢であったアステリアが転生者で男になったアスタリスである違和感。

 闇属性が呼ばれるはずがないお茶会に呼ばれた上、四人の友人ができたこと。

 数年に渡って自分との婚約を諦めなかったライオネル王子。

 

 自分を生きるのに精一杯でこの世界がプロフロの世界であるということがわかっても、それらの違和感に気が付かなかったのだ。


「これからアスと一緒に学園生活が送れるなんて、嬉しいな」

「レオ様?」

「いっぱい思い出つくろうね?」

 柔らかな微笑みを浮かべ、見つめるライオネルに戸惑いながらもアスタリスは頷いた。

「俺たちも一緒ですからね!」

「ウォーレン、うるさい」

 友人だと思っていたウォーレンは水属性の伯爵家ですでに王宮魔導士としても活動している上ライオネルの最初の友達だというし、グラハムは火属性の侯爵家で幼い頃からライオネルの侍従として仕えていたという。

 

 それを聞いたとしても、五人でのお茶会は楽しい思い出しかなく、アスタリスは頭を下げた二人に対してもただこれからも仲良くしてほしいとだけ伝えたのだ。


 ミモザとエシェリーにしても、当初はアスタリスは宵星の巫女の関係で女児の格好をしていた。今でも制服こそ男子のものであるが髪の毛は背中を隠すほど長く、それをハーフアップにまとめているのだが、性別を超えて仲良くしてくれていると思う。


「……ありがたいな」

 プロフロの記憶がなければきっと何も思わなかったかもしれない。

 この先、どのようなことが起ころうとも、今、この瞬間孤独ではないことはアスタリスに勇気を与えてくれていたのだった。




 

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