第2話
「始まってしまった」
ため息と共に吐き出した声は誰の耳に留まることなく、虚空に消えてくれたようだ。
アーステイル学園の正門を潜った瞬間にフッと身が引き締まるような気持ちになって思わず足を止め空を見上げた。
前世で何度も見た「プロミス・フローリア」のオープニングであり、最初のチュートリアルの部分が始まったところと同じ風景が広がっている。
原作であるゲームではどうだったかをふと思い出す。
アーステイル学園があるのはフェルエンデ王国といい、建国に携わった光属性のライトフォース家、火属性のエムブレイズ家、水属性のウォーフローター家、風属性のテンペスト家、土属性のグランランド家、そして闇属性のノワーダルク家の六大勇者たちの血族を頂点とした王政国家である。
ライトフォース家を王家とし、他は公爵家として国を支える。
本来光属性と双璧を成していた闇属性は時代の流れとともに恐れられる存在となり、ノワーダルク家を初めとした闇属性の家系は騎士や暗部として戦場などを駆け巡っていた。
闇属性は攻撃が得意ではないが、精神に働きかける魔法が得意であるため、それを有効利用しながら剣術などの物理攻撃系を磨き上げた結果が現状のあり方である。
闇属性の男性はそうして騎士の地位を確立し、戦場では敵の戦意を喪失させながら薙ぎ倒して行く姿から死神と称される。
女性はその精神に働きかける能力を遺憾なく発揮し、暗部の諜報を担っているものもいる。また、「闇」というイメージから闇属性の女性たちは暗躍する魔女と呼ばれた。
属性が髪の色や目の色に現れるため、闇属性の人間は皆、黒目黒髪であるというのもその呼び方が定着してしまった要因である。
属性は名に縛られる。つまりノワーダルクをはじめとした闇属性の家系の名を持つものは全て闇属性である。
そしてそれが髪に現れる。両親のどちらかが別の属性であればそれが目に出ることもあるが、闇属性の人間はほぼ目に出ることはない。
それを不思議と思う人も多いが、闇属性の家に外から入ってくるものたちにとっては不思議ではなかったし、それでいいと思っている。
公には闇属性を必要以上に恐れ忌避する風潮にあるが、闇属性の人間と婚姻を結ぶものたちは皆、それを望んでくるのだ。一定数闇属性に憧れる人たちがいるのである。
闇属性の人間たちはそもそも精神へ働きかける魔法を使うことからか実際にはどの属性よりも精神性が高く、穏やかで愛情深いため、一度闇属性の家系に入ってしまうと、安寧の地を得たとばかりに彼らは出て行くことはない。
つまり外から闇属性の家系に入ることはあるが、出て行くことがほぼないのである。
それも闇属性を誤解する人間たちが闇属性の人間が精神的に縛り付けているなど色々な尾鰭をつけてさらに誤解を深めているだけなのであるが。
闇属性が表舞台に公に出てくるのは戦時や緊急時のみであり、普段は自領で全て賄えてしまっていたため、他の属性との関わりもかなり少ないのも誤解を深めてしまう原因ではある。
アーステイル学園があるが、闇属性は貴族であってもそこに入学することはほぼなかった。
というのも、自分たちがどう見られているのかわかっているため、自領で独自で学ぶカリキュラムを構築していた。それがアーステイル学園のカリキュラムよりも優秀で、学園入学に到達する年齢時には卒業時程度の知識は知恵となり使えるようになっているのが闇属性の当たり前であり、下手な混乱を起こさないため過去の王家も学園入学を免除してここまで来てしまったという背景がある。
ゲームではその設定中の「闇属性は忌避される存在」という部分だけが色濃く反映されていた。
闇属性の人間が穏やかで他の属性への混乱を避けるためにと独自にしていたことが全て裏目に出ていたというのがわかったのはアステリア・ノワーダルクに転生してからだったが。
原作のアステリア・ノワーダルクは闇属性の公爵令嬢であり、公爵家から王家への輿入れが通例であったこの国で、久方ぶりにライトフォース家の長子であり、王位継承権第一位のライオネル・ライトフォースと同い年ということも重なり、8歳の時には婚約が結ばれていた。
原作ではすでに六大勇者の血族であるはずの王家も残りの四家も闇属性の性質を誤解したまま認識しており、ライオネルとアステリアの婚約は実際のところ通例であるという理由以外望まれたものではなかった。
ゲームでは描かれなかったアステリア視点で描かれた映画では、アステリア自身も外での闇属性の悪評は知っていた上で、国のためとライオネルと婚約を結び、そのためと通う必要もなかった学園に通うことにしたのだ。
それは彼女にとって針の筵でしかなかったが、その中で彼女は気高く生きてたのだ。
原作のゲームでは主人公に対してキツく当たる高圧的な美しき悪役令嬢として描かれていたが、彼女が主人公に言ったこと全ては貴族にとって全て必要な立ち居振る舞いであり、攻略対象たちが甘やかすせいで身につかないためにアステリアは厳しく伝えていたのだと、気づくプレイヤーも多かった。
それでも、原作のアステリアはいつも孤独の中で凛としていなければいけなかった。
忌避される存在として学園に入学し、3年間その命を散らす時まで、家族たち以外に愛されることなく、自分を律しながら悪役令嬢アステリア・ノワーダルクを生き抜いたのだ。
学園入学から始まるゲーム。
主人公はワクワクとこれから何が始まるのかと胸を高鳴らせていたはずだ。しかし、アステリアはひたすら一人で耐え抜く3年が始まるのだと覚悟を決めて、それを微塵も見せず公爵令嬢としての矜持でこの門を潜ったに違いないのだ。
原作のアステリアのことを考えると心が潰れそうになる。
「アス?どうかしたかい?」
優しくそれでいて艶やかなバリトンの響きで自分の名前を呼ばれ、現実に引き戻された。
そうだ、自分は一人ではなかったと息を吐く。
それでも、ここからニューゲーム開始かと思うと強制力やらゲームの流れやらが気になり力が入る。
「大丈夫だから、アスタリス。おいで」
今度は愛称でなくしっかりと名前を呼ばれ、それと同時に手に温もりが宿る。
手を掴まれ引っ張られたと思ったら、ポスンと自分と同い年なのにがっしりとした胸元に顔が収まった。
「で、殿下っ!?」
柔らかく抱きしめられたと理解して、彼の腕の中で解き放たれようともがくか、その拘束が解けることはない。
「アス、俺のことはなんて呼ぶのだっけ?」
通常では一人称「私」のライオネルがアスタリスと二人きりの時だけ「俺」になる。
「……ライオネル様」
「ん〜、もう少し」
「……レオ様」
「ふふっ、呼び捨ては難しいか。うんいいよ」
軽やかに笑ったと思ったら、額に柔らかく口付けを落とす。
「レオ様っ!?」
「行こう、アス。大丈夫だから。みんないる」
驚いて声を上げた瞬間に腕は解かれるが、その代わりしっかりと手を繋がれてしまった。
「あ、はい!」
クンッと引っ張られるようにライオネルに手を引かれアスタリスは歩き出す。
そこには原作にはなかった、アスタリスを待つ友人たちが笑顔で立っていた。
不安はある。そして原作のアステリアには申し訳なく感じるが、アステリアの立ち位置に生まれてしまったアスタリスは一人ではないという心強さを得て、ライオネルの隣を歩く。
すでにかなり原作のゲームとは違う流れになっているから、ここからどうなるかわからない。
強制力によって原作の流れに戻されるのか、それともこのまま全く違う流れになるのか、予想が立てられない中、アスタリスの頭の中では「ニューゲームスタート」のコマンドが光り輝くイメージが浮かんでいた。
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