転生者たちは悲劇の悪役令嬢を救いたい〜我ら悪役令嬢強火担です〜
和水
第1話
『全てはここから始まった』のテロップから、オープニングムービーが始まる。
日本の文化を色濃く反映した中世ヨーロッパ風の世界。
それに合わせたような荘厳かつどこか懐かしさのあるBGMが流れてくる。
そんな世界にある大国の一つである「フェルエンデ王国」唯一の高等教育機関である貴族のための学校「アーステイル学園」の正門。
そこに佇む肩までのセミロングのピンク色の髪の少女の後ろ姿。
不安そうに足元に視線を落としていたが、フワッと風が起こり、光と花びらが少女を包むと、ぐっと拳を握って顔を上げる。
その目には決意が宿っており、その勢いのまま一歩踏み出す形で正門を潜っていった。
すると、金色、赤、緑、青、ブロンズの髪を靡かせるタイプの違うイケメンたちが手を差し伸べてくる。
少女はその手を取るために駆け出すが、その先には闇が待っていた。
腰ほどまである縦ロールの艶やかな漆黒の髪の少女が後ろ向きで立っている。
そして、その少女が両手を上へ伸ばすと、そこには口元までしかわからないのに、美しくも恐ろしさが見事に表現された悪神の姿が現れ、ニッと笑うと黒髪の少女を闇が取り込んでしまう。
それを切り裂くように、5人の少年たちが次々と剣や魔法で応戦し、最後にピンクの髪の少女が胸の前で手を組み祈りを捧げると、光と花びらが嵐のように舞い全てを包み込んだ。
それが収まると同時に、ピンクのカーネーションを取り囲むように5色で彩られた花草木のロゴに「プロミス・フローリア〜始まりの物語〜」というタイトルが浮かび上がり、最後にその文字を浮き上がらせるように黒い影がスッと入った。
そうして曲がフェードアウトすると『はじめから』と『つづきから』の選択肢が出てくるのだった。
ゲームやアニメ化した映像で何度も見た正門を見上げながら、感慨に耽ってしまうのは致し方ないことと察してほしい。
そのオープニングから始まるのは一つの乙女ゲームの物語である。
本来はゲームであり、どれだけVRが進んだとしてもここまでの没入感は得られないものだったであろう。
異世界転生というものはエンターテイメント、虚構の世界だったはずなのだ。
しかし、今、自分はまごうことなくこのゲームとして見知っていた世界に実在して立っている。
死んだ人間がどこにいくかというのは誰もわからない。あの世というものがあるという話もあるし、輪廻転生という話もある。
異世界転生は輪廻転生の一つの形なのかもしれない。
前世の記憶がある。そしてその最後の記憶は高速バスでとあるイベントへ行く途中に大型トラックに追突され、その前を行く大型トラックと玉突き事故になったということ。その衝撃しか覚えていないところを見ると、それを最後に死んだんだと思う。
そして、この世界に今はいる。
人生とは何が起こるかわからないなと途方もないことを考えてしまいそうになった。
しかし少しだけ現実逃避をしたところで、現実は変わらない。
目の前にはあの『プロミス・フローリア』、「プロフロ」や和訳の「花の約束」から「はなやく」などと呼ばれた乙女ゲームの舞台となった「アーステイル学園」があるだけだ。
もし、この世界にゲーム特有の強制力があったとしたら……
その行く末は国の崩壊だ。
冒険と恋のアクション恋愛ゲーム『プロミス・フローリア』がある意味問題作だったと言われるのは、三部作で構成されたうちの第一部の結末がどう足掻いてもバッドエンドだからである。
第一部だけならば一見普通の乙女ゲームである。攻略対象の好感度によってトゥルーエンド、ハッピーエンド、ハーレムエンド、ノーマルエンドという王道のシナリオが展開された。
しかし第二部は第一部のシナリオ全てを否定するかのようにフェルエンデ王国の荒廃しきった姿から物語が始まるのだ。
しかも、そのオープニングは第一部で結ばれたヒロインとヒーローが抱き合うシルエットがガラガラと崩れ去り、BGMも物悲しげなもので始まる。
そして、そこからヒロインが復興の中で奮闘しながら恋の花を咲かせていく。それが次代につながる希望になるという物語となっている。
「絶望に灯る希望の物語」と題される。
最後の第三部は第一部に繋がる話となる。
繁栄の道を辿ってきたフェルエンデ王国だが、再び厄災の影が忍び寄る。そこで過去の厄災を紐解き、王国崩壊を防ぐために攻略対象とヒロインが奔走する話である。
ここで第一部の過ちと贖罪が描かれる。
「未来へ繋ぐ物語」と題される。
第一部だけだとシンプルな乙女ゲームであるが、これは栄枯盛衰そしてそこから立ち直る循環の物語なのである。
しかし、シンプルな乙女ゲームだと思って始めたプレーヤーたちの多くが第二部の始まりで大きな衝撃を受けた。
第二部の発売と同時に第一部はアニメ化をした。
そこでもプレーヤーたちは大きな衝撃を受けることになる。
ヒロインに全く共感ができなかったのだ。
乙女ゲームの醍醐味は、プレイヤーがヒロインに没入できることだ。
ゲーム自体はヒロイン視点で進められたため、オープニング以外では姿はほぼ出てこない。
性格も明るく優しく真面目で一生懸命で思わず手を差し伸べたくなってしまう愛らしい少女という如何様にも捉えられる王道ヒロインだった。
しかし、アニメ化に際してヒロインの顔が出ることにより、個性が付いた。明るく優しく一生懸命な点が、楽天的で向こう見ず、悩む割に困りごとは攻略対象が全て解決、悪役令嬢に対しても自分でなんとかするのではなく涙目になれば攻略対象が退ける。
あざとくて、なんか小賢しい。
そして第二部をプレイすれば、このヒロインと攻略対象たちの浅はかさのせいで国が崩壊しているとわかる。
ヒロインと攻略対象の好感度は下がっていった。
それと同時に上がったのが悪役令嬢の好感度である。
彼女はいつも独りでヒロインに対峙していた。ゲームをやり直せば、彼女が言っていることは令嬢として当然の振る舞いについてのことなのだ。
その言い方が鋭いのと、彼女の属性が完全に悪役にさせるためのものだった。
第一部のアニメ化はほぼ失敗と言っていいだろう。しかし、この時すでに第二部以降のアニメ化も決まっていたのだろう。
公式は次の一手としてキャラクター設定ブックを出版する。
そして、同時に悪役令嬢視点で描かれた第一部の物語が映画化された。
公式はこうなるようにアニメ化を「恋愛脳のヒロインたち」にし、悪役令嬢に好感度が集まるように誘導したのではないだろうか。
第一部のヒロインたちは結局のところ、第二部以降のヒロインたちにとっては王国崩壊を招いた犯人たちなのだから。
ゲームの流れはそういう感じである。
しかし、今ここにいる自分にとってゲームだからは意味をなさない。
この世界が現実であるということをここまで生きてきて痛感しているのだ。
今、この瞬間から第一部の物語が始まろうとしている。
これを前世の知識のままに正攻法で進めようものなら、物語が完結する学園卒業後、この国は滅びの道を行く。
強制力というものがあろうとなかろうと、生き抜かねばならない。天寿を全うしたい。
滅びるとわかっている道をのうのうと進みたくはない。だったら足掻くし踠く。
そのためにできることは一つだ。
第一部のゲームの中では秘匿された第三部のストーリーに大きく関わる重要な公式設定を持ち、映画化した際には悲劇のヒロインと言われるようになり、人気投票を行えば三部作通して首位を独走するような悪役令嬢をゲーム通りに孤独にさせてはいけない。
ゲームでは第二部に繋ぐためにどんな理由があれど、強制的に悪役令嬢は散らなければならなかった。
しかし、何度でも言うが、今、この世界は自分にとって現実となっている。
だから、たとえヒロインとの恋を促されようとも、救うべきは悪役令嬢なのだ。
愛おしくてたまらない、悲運にもゲームの世界では疎まれ身を滅ぼした悪役令嬢の彼女を幸せにするのがこの国が救われる唯一の方法である。
大丈夫だ。彼女を幸せにする算段はいつだって考えていた。
画面越しではない、助けられない存在ではなくなっている今、彼女を幸せにしようと決意を胸に、物語の始まりを感じるのだった。
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