第2話 ベルニーニの失念

『ああ、この失念はなんとしたことだ!私は仕事ばかりにかまけて世の中を、世の人々のことを忘れていた。神の意を地上にあらわす人間と自負していたのに、悪疫や悪政に苦しむ人々のこの姿はどうだろう!私の仕事はなにか彼らの役に立ったのか?彫刻が、教会が、形が、それがいったいなんだと云うんだ?!一切無力だ!』

「ベルニーニ様、お身体に障りませんか?」

「…バチッチャか。だいじょうぶだ。なにか用か」

「はい。教会の方がまた…。例のあの、あなた様のカタファルコ(棺台)の原図といただきたいと…」

「そんなものはない。考えもしていない。床の墓碑版へ名を刻んでくれればいいと前に伝えたはずだ。その旨を云ってお引き取り願いなさい」

「で、ですがベルニーニ様…これほどの名誉がありましょうか。マッジョーレ教会の中にカタファルコを置いていただけるなんて。ご先祖様のためにもぜひ…もしお身体がきついようなら、不肖このバチッチャめが代わりに…」

「ならぬ!父同様に名だけを床に記してくれればいい。これは遺言だ。そう伝えて来なさい」

「はい、では…。あの、ベルニーニ様、ひとつだけ…な、なぜ、なぜ…望まれないのですか?」

「バチッチャよ。私は…懺悔したいのだ。父や、母や、世のすべての人々に。形は…教会や彫刻は、なにか用を為したのか?私は自分の価値を世に知らしめる為にのみ、仕事をして来たような気がしてならない。せめて、自分の墓に彫刻をなさぬことで、これを私は、最後の彫刻としたいのだ。‘心’を残したい。さあ、行きなさい。バチッチャ」

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