カタファルコ(棺台)
多谷昇太
第1話 天井から父ピエトロが…
私の名前はピエトロ、すでにこの世の人間ではない。あの薄暗いアトリエで一心不乱にキリストの胸像を彫っている男、彼が私の息子、ジャン・ベルニーニだ。私が云うのもなんだが彼の大彫刻家にして大建築家の、天才ベルニーニである。類まれな才能と強靭な意志を持ち、八代におよぶ歴代の教皇たちから重用され続けた彼に怖いものはなかった。自信に満ちあふれ、芸術と政治を混同視した彼はまるで一国の宰相のようにしていた。一介のマニエリストに過ぎなかった私は、わが息子ながら彼をひがんでさえ見たものである。私のような小彫刻家や技工士たちを何百人も使いこなし、尊大にふるまっていた彼に私の妻は「この世の主のようにしている」などと諌めてもみたが、彼に聞く耳はなかった。おのれの有能さと有用性が次々と世に認められ、重用され続けるなら、それも無理からぬ話だったろう。地位と権力を得た彼に運命の女神は生涯を通して微笑み続けたのである。
しかしその彼がいま年老いて別人のごとくなり、自信を失っている。なにかに恐れおののいてさえいるようだ。どうやら彼は自分の芸術の主題としていた‘変容’を、みずからのうちに為さしめる時に至ったらしい。それならば私は再び彼の父として、かつて私の工房に見習いで入って来た可愛い彼を迎えたごとく、いま再び彼を迎えに地上に降りて行かねばならない。
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