#004.Ain't Nobody Know

 青年は死体でも見たかのように、言葉を失っていた。

「あぁ...、何か悪いことでも言った?」恐る恐る聞く。青年の反応は異常だ。まだよく知らないが、きっとちゃんとしたヤツだ。機嫌を損ねてしまったのだろうか。

 だとしたらなぜ?

 すると青年も腫れ物に触るように、ただ短く質問で返した。

「おまえさん...田舎モンか...?」

質問の意味がよくわからなかった。その気持ちのまま首をひねると、

「出身は?どこだ?」青年はそう続けた。

だが依然として青年の言いたいことは理解できなかったため、ありのままを伝えた。

「申し訳ないけど..僕自身もよく知らないんだよ。マジに。」

 その返事が心を落ち着かせたようで、青年は深呼吸をし、再び椅子に座った。

「そうかァ...一応信じるとするよ。特に名乗った意図はないんだな?」

青年の睨みつけるような視線に何故か疚しい気持ちになったが、本心から無い、と言えた。

「どうしてそんなに身構えるんだ?僕はただ君と話をしたかっただけなんだ。」

未だ心からの納得は得られていない様子の青年に、そう続けた。

青年は少し考え、思い切ったように、口を開いた。

「ホントに知らねぇんだな..まあいい...オレはメビウスで通ってる。」メビウスは少しだけ僕の顔色を伺い、そして取り繕うように

「今名乗ったのは公平のためだ...おまえさんだけってのは気持ちワルいからな。」と言った。彼は思いつめたような表情をしてそれ以上は口を開かなかった。


 僕の不安と疑問はより一層大きなものとなった。あの夜に起きたこと。部屋にある植物。僕が名乗った時の彼の反応。今僕はどこにいるのだろう。あの『馬車』からだ...理解が追い付かないままにいろんなことが起きている.....


 眠っていたようだった。体を起こし部屋を見渡すと、月明かりが床に窓の形で光を注いでいた。きちんと壁に背をつけられた椅子が、メビウスの不在を伝えていた。

 精神的な疲労から、今はこの部屋を出る気にはならなかった。だが、眠っているうちにいくらか頭の整理はついていた。


 (おそらくここは町だ。今まで気が付かなかったが、耳をすませば時々声が聞こえてくる。それなりに高頻度だな...そこそこの大きさはあるとみた。加えてあのメビウスの話...近くに大きな国でもあるのか?それに今の俺の状況だ。恐らくメビウス、あいつが『尋問』する気だな...いや、もうすでに始まっていると考えた方が自然か。しかし今は何よりあの植物の様子を見ておかなくては..)


 ぐるるると音が鳴り、ハイメは空腹を思い出した。ふとベッドの右にテーブルと、その上にパンと葡萄の果実酒だろうか、グラスに入った妖艶な液体を見つけた。蠟燭の光がグラスに映り込んでいる。

 食べたい、と思った時にはすでにバッッサバサに乾燥したパンを口に押し込み、グラスを逆さにして胃に流し込んでいた。いきなりの来客に驚いた胃が次は抗議の声を上げ、その芳醇な香りを押し返してきた。

 幸福感に包まれ、そっと目を閉じた。瞼の裏にシメオンの顔を映し出し、グラスに少しだけ残った葡萄酒を彼に捧げた。


(..少し、危なかった。“A”が一人だったのは幸いだったな。しかしもう勘付かれるとは...時間はないが、焦る必要もないか...だがいい、バレることは想定内だ。もう少し『ここ』でやり過ごせば問題は何もない。すぐにあいつが連れ出してくれる...きっとな。)


 まだ夜は長い。再び睡魔が身体を包んだ。

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