#002.Wake Up People

 飛んできたものが頭だと認識するのにさほど時間はかからなかった。身体は未だ恐怖から抜け出せず固まっていたが、頭の中は冷静だった。

(近い。)

 シメオンの頭を吹っ飛ばしたであろうの気配を追いながらも、僕はこの状況の整理もままならないまま沸々とわいてきたドス黒い怒りを抑えることに必死だった。

「来いよ..っ!ぶっっ殺してやる!」

方法などなかった。でも大丈夫だと思った。この怒りさえヤツにぶつけられたらそれでいいと思っていた。

 シメオンと交わした言葉は少なかったが、いい男だった。彼と日光の下で馬の話をしたかった。またあの照れながら笑う彼を見たい。だがもう会えない。そう思うとより一層拳に力がこもった。


 馬たちがようやく異変に気付き、歩みを止めた。

(来たな。)

 闇夜の静寂に再び衝突音が轟いた。僕の目の前にシメオンの遺体を跨ぎ、男が御者席に立っている。その男は月光を背にじっくりとこちらを観察している。その梟の様な目は、僕の心の裡まで見透かしているようだった。するとその男は徐に足踏みをし、跨いでいた身体を蹴飛ばした。理性が体に指令を出す前に、反射的に飛び掛かろうとしていた。

 ヤツがこちらに掌を向けているにも拘わらず。

(!?)

気付けば僕の顔面はヤツの手の中だった。男の手は金属のように冷たく、硬かった。

「な、なに...?が...っ?ぐばっ!」

 ヤツはそのまま僕の顔面を馬車の荷台に叩きつけ、振りかぶった足を僕の顔に叩きつけた。理解も追いつかないまま、僕の身体は力なく荷台にへばりついていた。恐怖が再び僕の身体の支配権を握りつつあった。

 鼻が折れ、生暖かい血が喉へ流れ込み、呼吸を奪う。景色が渦を巻いている。馬のいななきが遠くに聞こえた。



 「..ああ、それで頼む。一人でいい。あと家族との連絡は?...そうか。分かった。」

 一つ、足音が遠ざかっていく。僕はいつ起きたのだろうか。ベッドで目を覚ました僕は大きな染みのできた木の天井を見上げていた。その染みがだんだんとシメオンの顔になっていく。

 夢だったのだろうか。そうか!夢だ!あれは夢だったのだ!あんな化け物みたいなヤツがいるはずがない!

「よかった...!」

「おい、おまえさん。何がよかったんだ?」

「うおっっ」

 誰かいた。寝たままの姿勢で顔を左に向けると、長髪の男がいた。精悍な顔立ちの青年で、猫のような目で僕を見下ろしていた。大きなフードのついた真っ黒のマントを羽織り、胸元は透き通るような肌と厳かな...宝玉だろうか?の赫い光がのぞいていた。

「あ~~、おい、意識は?」

「あ、っあある!...大丈夫だ!」

「大丈夫なもんかよ。人が死んでんだぞ。」


 夢なんかじゃなかった。あれは現実だった。

その事実にハッとして、好奇心のままに聞く。

「なあ。何があったんだ?」

「オレが聞きてえよ...おまえさん、自分の状況分かってんのか?」

「え?」

青年はわざとらしく溜息をつき、僕を指差し、力を込めてこう続けた。

があって生き残ってんだぞ?こっちが聞く側だ。」


 周りを見ると、僕が今いるのはベッドが六台ほど置かれた部屋で、窓の外を見る限り二階だ。簡素で清潔な部屋のよう見える。ただ一つ異常なことがあるとすれば、この部屋にたくさんの多種多様な植物が置いてあることだろうか。


 その植物たちは鉢に植えられ、騒ぎ立てるでもなく、ように感じた。



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