第6話 白色ロシア海軍太平洋艦隊

=ウラジオストク軍港=


 ウラジオストクは極東の要衝と知られた。


 シベリア出兵時は日本軍に占領されたが、反革命の白色ロシアの成立すると、日ロの防共協定から穏便に共用へ移行する。特に日本海軍はアメリカとイギリスに次ぐ海軍国なのだ。白色ロシアは是が非でも仲間に引き入れたい。彼らは海軍をソ連に持って行かれ、ウラジオストクの良好な環境が用意されたにもかかわらず、肝心の軍艦が哨戒艇や駆潜艇程度だった。ソ連に対抗できる海軍の整備は急務だが、ひとまず、国家間同士の友好を糧に日本海軍を引き入れる。


 ソ連は伝統的に陸軍国家なのだから海軍は捨て置いた。そんなことは絶対にあり得ない。ウラジオストクから北極海航路(北方航路)を通りソ連の主要港であるアルハンゲリスクやムルマンスクを脅かした。それ以前に海軍の整備は国内の国威発揚に繋がる。日本海軍と手を組むことは欧米に対する牽制にもなった。


「扶桑型と伊勢型を購入して太平洋艦隊の主力艦に充てる。ロシア海軍は一刻も早く主力級戦艦を入手したい。日本海軍は中途半端な戦艦を排して新造艦の枠を確保したい。両者の利が一致して互いに旨味のある取引になりました。私的ですが感謝申し上げます」


「日本海軍にとって中途半端な戦艦でもロシア海軍には貴重な戦艦です。全く気にしておりません。駆逐艦や軽巡も売却して頂き感謝申し上げる」


「金の取引で代価を得て代替戦艦と新造戦艦の枠を確保しました。軽巡と駆逐艦も新しい物がたくさん手に入るでしょう。代替戦艦は本年と来年に全4隻が揃う予定であり、新造戦艦は本年から起工して完成が待ち遠しかった」


「もし、よろしければ」


「もちろん、ご招待しましょう」


 日ロの海軍関係者がウラジオストク軍港で密会の場を設けた。ウラジオストクは海軍の閉鎖都市に変更されて関係者以外の対外向けはナホトカに移転する。本格的に海軍都市化を推し進めて日ロ海軍の共用が一層に強化された。この密会で白色ロシア海軍太平洋艦隊の主力艦である戦艦4隻は日本海軍の扶桑型戦艦と伊勢型戦艦であることが判明する。


 扶桑型と伊勢型は日本の戦艦建造を確立した殊勲艦と評した。


 しかし、日本海軍は扶桑型と伊勢型は中途半端と持て余す。主砲の14インチ連装砲6基12門は強力だが時代は16インチだった。さらに、最高速力は25ノットの低速が中途半端を加速させている。同じく16インチ砲の金剛型は艦齢30年を迎えるが大改修を受けて最速30ノットを発揮した。同じく25ノットの長門型は16インチ砲を振り上げる。


 つまり、金剛型の速力は無い上に長門型の火力も無いのだ。


 これが中途半端の表向きの原因である。


 白色ロシア海軍は扶桑型と伊勢型に注目した。自前で戦艦を用意できない以上は外国から導入せざるを得ない。海軍強国にして同盟国の日本から購入することが最も手早かった。扶桑型と伊勢型を持て余している事情を知り、日本海軍に扶桑型と伊勢型の売却を打診する。購入の代価に金を提示して代替戦艦の資金に変えた。


 なるほど、決して悪くない取引だろう。


「25ノットの低速は気になりません。14インチ砲が12門もあれば十分です。我々は北方航路を通ってソ連を北から叩く。ソ連海軍に真っ当な戦艦はありません。ならば艦砲射撃に精を出すことになり、25ノットの低速は問題なく、14インチ砲12門の砲門数が物を言う」


「要は使い方次第ということ」


「そういうことですかな」


 白色ロシア海軍は扶桑型と伊勢型を中途半端と評価しなかった。25ノットの低速は特段気になることでない。むしろ、14インチ砲12門の火力を高く評価した。満足な戦艦を持たない赤色ソ連海軍を牽制するに足り、実戦投入される際は対艦よりも対地が重視され、14インチ砲12門の砲の数を歓迎する。


「扶桑は『ウシャコフ』に山城は『セニャーヴィン』に伊勢は『アプラクシン』に日向は『レトヴィザン』と復帰した。これも過去の戦争のことは洗い流して日本とロシアの繋がりを強固にしている」


「正直言って驚きましたよ。我々は黙って見守っていましたが、想像以上に好意的に受け入れられ、胸を撫で下ろした次第です」


「こちらは戦艦4隻を売却することに暴動が起きないか心配でしたがね」


「そこはご安心ください。ちゃんと説得しておきました」


 白色ロシア海軍は扶桑型の扶桑は『ウシャコフ』と山城は『セニャーヴィン』と名付けた。扶桑型と同様に伊勢型の伊勢は『アブラクシン』と日向は『レトヴィザン』と名付けた。日露戦争において日本海軍に沈められた又は降伏した戦艦から名前が採られている。日露戦争という過去は洗い流して関係を強化する意図が込められた。日本海軍からロシア海軍に戦艦をお返しする。日露戦争を彷彿させる命名は反発が予想され、実際に反発は確認されたが、両国海軍が抑え込んで関係悪化は回避した。


 日本海軍から中途半端な扶桑型と伊勢型と雖も一気に4隻も消えることは一定の反発を呼んでしまう。扶桑型と伊勢型の穴を埋める代替戦艦4隻の建造と新造戦艦2隻の建造が補償された。しかし、大型の戦艦建造は数年を要して即効性に欠ける。白色ロシア海軍の憂慮したことが現れた。


 日本海軍は「これは扶桑型と伊勢型の配置換えである」と説得を試みる。


 日本海軍は白色ロシア海軍と協同する際に旧扶桑型と旧伊勢型は事実上の日本海軍の駒に含められた。海軍という所属先は異なれど、実際は一緒に行動するため、手駒に変わりないという解釈である。かなりねじ曲がった解釈であるが強引に納得させた。


「日本海軍は悪巧みを思いつきました。海軍軍縮条約があってもロシア海軍の戦艦と称して戦艦を建造する。こうすれば制限を無視して建造できてしまう」


「無茶苦茶なことですが、まぁ、作ってしまえばよろしいか」


「一応は英国から了承を得ています。フランスとイタリアは無視します。アメリカから物言いが入りましたが、ナチス・ドイツの拡大に加えて、参加国のイタリアが破棄した」


 扶桑型と伊勢型を売却することは国家間の取引と介入を許さない。もっとも、社会主義の蔓延を嫌う資本主義のイギリスは暗に認めた。代替戦艦と新造戦艦の建造も日英同盟復活の模索から黙認する。海軍軍縮条約に加入しているフランスとイタリアは海軍力の差から無視した。


 こうして残ったアメリカが厄介で面倒である。


 実際にアメリカから物言いが入ったものの、イタリアがエチオピア侵攻のため、ロンドン海軍軍縮条約から脱退した。風向きは一変する。海軍軍縮条約の参加国同士で制限の緩和を確認し合ったエスカレータ条項が発動した。本来の制限が緩められた下で各国は軍艦を建造することになる。


 日本海軍は「白色ロシア海軍向けである」の看板を崩さなかった。同国は条約に参加していない。よって、自由な設計を汲み上げて建造することが可能である。日本海軍向けを白色ロシア海軍向けと偽ることで、緩和後の制限も超過した新鋭戦艦の建造を確保できた。


 非常にブラックに近いグレーだろう。


「ウラジオストクが生きていればです。日本と中国から多量の物資を鉄道輸送できる。ソ連海軍がここまで来ることは考えにくいが、バルチック艦隊が北極海を回って来ることは否めず、本気で南下してくるかもしれません」


「ナチス・ドイツが西方にソ連が極東に進出する。本当に現実味を帯び始めました」


「最悪はナチス・ドイツとソ連が手を組むことです。こうなったら世界は二度目の大戦に突入しましょうに」


 この会話は世界情勢の正鵠を射ている。


続く

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