第35話 蓮見雪葉Ⅲ
怒りを込めた尻尾でテントを横から叩かれた後を狙い、作戦会議を終えた雪葉と世那、結衣はバトルに復帰する。香奈は意識を失っていて無防備すぎるうえ、目を覚ましても操られてしまう為、テントの中に避難してもらったままだ。凜然とした顔つきで自分を睨めつける三人を見て、黒幕は好戦的に双眸をギラつかせて嗤った。
「我輩に恐れて逃げたわけではなかったようだみゃ。その度胸だけは褒めてやるみゃよ、あの世で自慢するといいみゃ!」
「あの世に行くのはお前の方だっつーの!」
「ぐっ」
雪葉は余裕を孕んだ瞳でニヤリと口角を上げ、異世界に繋がるポーチから用意した巨大扇子を構える。相手を嘗め腐って真っ直ぐ突っ込んできた悪霊が、焦燥に駆られ表情で立ち止まろうとするも時既に遅し。真正面という最高に狙いやすい敵に狙いを定め、雪葉は巨大扇子でストーカーの真正面に強風を発生させた。
勝ち誇った傲慢な態度で迫ってきたストーカーが、大風を巻き起こす巨大扇子によって派手に吹き飛ぶ。悔しそうに顔を歪めて体勢を整えようとした刹那、人間離れした跳躍力で先回りした世良に背中を強く蹴り飛ばされる。為す術なく落下する黒幕の着地地点に立ち、雪葉は入れた敵を浄化する玩具箱に閉じ込めた。
軽やかに地面へと降り立った世良と入れ替わった世那が、刀印を胸の前で構え広げた巻物で玩具箱の周りを包囲する。まるで自我を持っているみたに渦を作る巻物は、どうやって巻いていたんだとツッコミたくなるほど長い。霊力を込める世那に視線を向けた刹那、悪霊が額に青筋を浮かべて玩具箱から飛び出してきた
「くっ、こんなくだらない霊力で、我輩を浄化できると思うみゃ!」
「お前のお陰で無駄に悪霊の耐性がついたんだ。見るからにヤバそうなオーラを纏った相手に、そんな単純なこと思うわけねぇだろ」
「巻物は完全に貴方の魂を捉えました。もう逃げられませんよ」
「なっ!? こ、これは……封印術か!?」
巻物の隙間から見えた殺意を装填した双眸を見据え、雪葉は口元に弧を描いて呆れを含んだ半眼でツッコむ。巴江家の道具はどれも強力で大変お世話になっているが、こんなに見るからにヤバそうな奴を浄化できるなどと過信するわけがない。どれだけ経験を積んだと思っているのだ。
世良により蹴りで玩具箱に押し込んだ理由は、出ようと藻掻いている隙に封印を発動する為である。案の定、外の様子に気付いていなかった悪霊は、周囲を取り囲む巻物の渦に泡を食ったような声で驚いている。命の危機を感じたかすぐに脱出を試みるが、悪霊の登場と同時に光を帯び始めた巻物に触れた途端、振り回した尻尾からジュッと焼けたような音が聞こえた。
「ぐあああっ、わ、我輩が……こんな巻物如きに――――ッ!」
想像を絶する痛みなのだと伝わる大絶叫を上げると、それを合図に巻物がどんどん渦の大きさを縮めていき、悔しそうに憎らしそうにギリリッと歯を食い縛る悪霊。その間も巻物は渦に囚われた対象とジリジリと距離を詰め、遂に隙間もない光の柱により悪霊の姿を完全に覆い隠す。瞬間、更に眩い光を放ち、白い靄が天に昇り始めた。
「くっ、悪霊の力が強すぎて、巻物を維持する霊力が足りない……ッ」
しかし、そんな簡単に莫大な力を蓄えた悪霊を浄化できるはずなどなく、苦しそうに眉間に皺を刻んだ世那が砂を噛むような思いで忌々しげに呟く。テントの中で雪葉の霊力卵を全て託したうえ、道具を連続使用できる世那の全霊力を注ぎ込んでいるのに、ストーカーを浄化するにはまだ足りないらしい。
「結衣、俺の魂は任せたぞ!」
『……分かった。絶対に死なせない』
「雪葉くん、何を……ッ!?」
「おい、巻物! 俺の十七年分の魂さえありゃ、こんなストーカー野郎、封印できるだろ!? 全部くれてやるよ!」
これ以上、世那を苦しめたくない。雪葉は渋々と頷いた結衣に補佐を任せ、決意を固めた表情で少し緩み始めている巻物の方へと近付く。口から心臓を飛び出しそうな声で驚く世那に視線だけで大丈夫だと告げ、強気な態度で啖呵を切った後、彼女の真似をして刀印を作った。刹那、物凄い勢いで何かを吸い取られる感覚に陥る。
案の定、十七年の時を過ごして成長した魂は、世那の不足分を補うのに十分だった。解けかけていた巻物が一気に絞まり、更なる強い光を放ちながら白い閃光を空に走らせる。結衣が何とか現世に繋ぎ止めてくれているお陰で、ギリギリ生きているものの骨を抜かれたみたく身体に力が入らず、霞む視界で光の終息を見届けた雪葉は膝から崩れ落ちた。森閑とした夕方の屋上に声を響かせ、世那が駆け寄ってくる。
「雪葉くん、君はなんて無茶をするんです! 体調は大丈夫ですか!?」
「無茶して悪かったな、世那。具合は悪くねぇけど、スゲェ寒い。あと、視界が霞んでて、あんま見えねぇ」
「当然ですよ。結衣さんが現世に留めてくれたお陰で、ギリギリ死なずに済みましたが、巻物に魂のほとんどを持って行かれていたんですから」
震天動地の大事件を目撃したみたく青ざめた顔で、嘲笑した雪葉の手を両手で包み込み涙を落とす世那。ぼんやりとした双眸故、輪郭ぐらいしか認識できないが、手に垂れた温かく優しい水滴はきっと世那の涙だろう。幼馴染を泣かせてしまった罪悪感で、雪葉は申し訳なさ溢れる胸を締め付けられた。
『雪葉は本当に馬鹿。無鉄砲、見切り発車で動きすぎ』
「悪かったって。あとで愚痴なら聞くから」
どうすれば泣き止んでもらえるか悩んでいると、結衣にまで涙目で罵倒され、慌てて二人を宥める。大切な人の危機を状況を目の当たりにした時、どれほどの得体の知れない恐怖と絶望が胸を焦がすのか、先程の自身の行動を世那に置き換えれば瞭然だ。気持ちが分かってしまうからこそ、余計に自罰的な感情にドンドン支配される。
すると、琴吹恋夜の魂から強引に引き剥がされ、封印の巻物にほとんどの力を吸われ、成猫ほどまで縮んだストーカーが空から落ちてきた。それと同時に、まるで成仏したみたいに、恋夜の身体が徐々に消えていき解放される。
ようやく、天国に逝けることになった病死した少年が、清々しい表情で雪葉達に一礼して完全に天に消えた。その間、悪霊は地面に打ち付けた腹部を摩っていたが、思い通り動く身体に気付いて勝ち誇った表情で高笑いをした。
「みゃ、みゃははははっ! どうやら我輩を完全に封印しきるには、霊力が足りなかったようだみゃ!」
仲間の大切さを実感できる感動的な雰囲気を邪魔された雪葉は、猫の手で器用に人差し指を突き刺し煽ってくる悪霊を半眼で睨む。世那と結衣を泣かせたくないし心配させたくないが、正直、涙目で説教されるのは満更でもなかったのだ。もう少し浸っていたかった温かさを一瞬で消され、不機嫌を顕にジトッとした目で毒を吐く。
「空気読めよ」
「空気読んでくれます?」
『復活するタイミングが最悪すぎる』
「三人がかりの精神攻撃はやめるみゃ! まあ、いいみゃ。また力を蓄えて復讐してやる、我輩が襲ってくるのを怯えて待っていろみゃ!」
舌打ちまでお見舞いした雪葉に続いて、世那と結衣にも辛辣な言葉を浴びせられ、悪霊が苦しげな泣きそうな顔で叫喚した。かと思えば、何度か深呼吸をして傷付いた精神を休め、得意満面に口角を上げて宣戦布告。そのまま、一時撤退しようと三人に背を向け、フェンスに飛び乗ろうと足に力を込めた。
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